らいおんの小ネタ劇場
2004 年 6 月 8 日
第 53 回 : その後の乗り物
イリヤスフィールがシロウに自転車を買ってもらいました。
今も彼女はその自転車で、機嫌よく買い物に出かけていきました。いつもなら『めんどくさーい』などと言ってなかなか動かないというのに、それがよほど嬉しかったのでしょう。
少々うらやましく思わないこともないですが、素直に微笑ましいと思える。彼女が手伝ってくれるというのなら私やシロウの負担も減りますし。
――が。
そのせいで逆に暇を与えられてしまった人物がいました。
「■■■■……」
そう、バーサーカーその人です。
彼はイリヤスフィールが自転車を手に入れるまで、彼女を肩に乗せて商店街へ藤村組へ、そして時には新都にまでと、八面六臂の活躍で以ってイリヤスフィールの足役として己の勤めを果たしてきました。
だがここに、自転車という存在が台頭したことで彼は彼の役目を失ってしまったのです。
しかし、他人事ながら恐ろしいことです。
ギリシア神話最大の英雄と言われ、十二の苦難を乗り越えた伝説中の伝説とも言える彼が、たかがバーゲンセール10,290円(税込)の品にこうも容易く敗れ去るとは……恐るべしは時代の進歩と言うべきか。
この私とて、下手をすれば明日は我が身である。そうならない為にも、常に我が身に精進の心を忘れないようにしなければ。
「■■、■■■……」
「む、なんですかバーサーカー?」
私が決意を新たにしているところに、肩を落としてうなだれていたバーサーカーが何かを訴えるような視線を向けてきた。
「■■■■、■■■■■■ーー」
「うむ……私には貴公の言葉を理解することができないのだが、何か用なのですか?」
そう問い返すと、バーサーカーは一瞬、眉間に大きな皺を寄せて考え込むと、
「ほう……ぱんとまいむですか。なるほど、これならば私にも理解できるはずだ」
以前、テレビを大河たちと一緒に見ていたときに私も覚えたぱんとまいむ。確か身振り手振りだけで言葉を使うことなく芝居する、無言劇であったはず。
バーサーカーはその巨体のわりに軽い身のこなしを見せて、私の己の意思を伝えようとしてくる。
「ふむ、肩に? 叩く? いや、乗る、乗せる? それから歩く……ああ、散歩ですか。私と一緒に、貴公が」
つまりこれを全て繋げると。
「私を、肩に、乗せて、一緒に散歩する」
「■■■■ーーーー!!」
そう言うとバーサーカーはしたりと頷き、天に向かって雄叫びを上げた。ああ、近所迷惑になるのでそんな大声は出さないでください。
――と、そんなことはどうでも良いのです。
「待ってください、バーサーカー。何故、私と貴公が」
「■■、■■■■■■ーー!」
「いや、寂しいというのはわかります。私もシロウに構ってもらえないのは寂しいですし。だが私は」
「■■■ーー! ■■■■■■ーー!!」
「――その、私は、だから……貴公に乗ると、乗り物酔いが……」
などと言ったところで泣く子と吼えるバーサーカーに勝てるわけもなく。
「■■■、■■■■■■−−−!」
「あの、できればその……もう少しゆっくり、揺らさないようにしていただきたいのですが……うっ」
結局私は、延々二時間もたっぷりと、彼の肩の上で町内の散歩をする羽目となったのでした。
とりあえず……差し当たって私はこの乗り物酔いの癖を直す必要があるようですね……うぅっ。