らいおんの小ネタ劇場

2004 年 6 月 7 日


第 52 回 : 満員御礼

 今日はシロウと二人で新都に出かけました。
 空も良く晴れていたので行きは歩いてきたのですが、さすがに帰りともなると少々疲れていたこともあり、バスを使うことにしました。
 青かった空もすっかり橙色に色づき、太陽もビルの向こう側に消えかけて、幾つも連なった長い影を地上に投げかけている。

 私もシロウも、そんな街の風景をぼんやりと眺めながらバスに揺られていたのですが――

「休日だというのに今日は結構込んでいるのですね」
「そうだな。でも新都はむしろ休みの日のほうが人が多いから、これくらいで当たりまえだと思うけど」
「ふむ……そういうものですか」

 まあ、込んでいると言ってもせいぜい私たちが座る座席がなく、立っている人で吊革が埋まっているというくらいです。この程度ならたいしたこともないのかもしれませんね。

 ――と、思っていたのですが。

『次は新都中央会館。新都中央会館前です』

 そのアナウンスの後で止まったバス停には、

「!? シ、シロウ、あの人だかりはいったい!?」

 言うが早いか、扉が開いた途端にバス停の前で並んでいた人だかりが一斉に雪崩れ込んできました。

「きゃっ……」
「セイバー、掴まれ!」

 私がその人波に流される直前、シロウが素早く手を掴んで自分のほうに引き寄せてくれた。
 車内はあっという間に重箱さながらに人間で埋め尽くされ、空調が聞いて涼しかった空気もひしめき合う体温と吐息とで熱気に塗り替えられてしまった。

「い、いったいこれは何事ですか!?」
「わかんないっ、けど、さっきのとこで何かイベントでもあったんじゃないのか!?」

 こんなに近くにいるというのに、車内は雑多な音に支配されてそれなりに声を張り上げないと聞こえなくなっている。
 おまけにこんなに狭くては、私のように小柄だと人に潰されて……

 と、そう思ったところで気がついた。
 こんなにも混雑していて、ともすれば人の壁に押しのけられて潰されてしまうかのような車内だというのに――

「……シロウ?」
「……ん?」

 下から見上げるシロウの顔は平静を装っているようで、実のところ微妙に歪んでいた。ごまかそうとしたところで、私にそんなものが通じるはずがないというのに、彼はそう見せかけようとしている。
 壁について、間に私を挟みながらも必死に支えているその腕は、小さく震えているというのに。

 まったく、なんて愚か――

 私のことなどかまう必要などないというのに。
 だがそれを言ったところでシロウが素直に頷くはずもなく、いつものように『女の子だから』と、そんな理由で私を守ろうとする。
 これでは互いの立場がまるで逆ではありませんか。

 だけど。

「シロウ――」
「んー?」
「――ありがとうございます」
「……うん」

 今だけは、それでも。