らいおんの小ネタ劇場

2004 年 6 月 6 日


第 51 回 : お金は大事だよ

「凛、そろそろ夕食の時間です……と」
「ちゅうちゅう、たこかいな……」
「――何をしているのですか、凛?」

 シロウから頼まれて凛を呼びに彼女の部屋に来たのですが……彼女はいったい何をしているのでしょうか。
 薄明かりの下、自分の机の上で何かを数えているらしいが、いったい何を数えているのでしょう。時折、小さく金属の触れ合う音がするのですが――

「凛?」
「ん……ああ、セイバー。なに、ご飯の時間?」
「はい、その通りです。が、なにをしているのですか、凛?」

 振り返った凛は机仕事をしているときにいつもかけている眼鏡をかけていた。彼女が丸めていた背中を猫のように伸ばすと、その体重を一身に支えた椅子の背もたれが軋んで小さく声を上げた。
 そんな彼女の元に近づいて、その手元を覗き込むと、

「……お金?」
「うん。先月はちょっと色々使っちゃったからね。今月のお小遣いはどのくらい使えるか数えてたのよ」
「はあ……」

 お小遣い、といえば私などは自分のアルバイトのお給料から生活費を差し引いた分と、大河の手伝いで雷画から頂く分なのですが、そういえば凛はどうやってお金を稼いでいるのでしょうか。
 少し気になったので、素直にそれを聞いてみることにした。

「お金? まあ、基本的には父さんが残してくれた遠坂の財産と、あとは株とか宝石の転売で儲けかな」
「カブ? テンバイ?」

 初めて聞く言葉に思わず首を傾げる。
 遠坂の財産というのはわかりましたが、後者の二つはいったいなんなのでしょう。
 特にカブとは……? 時折、お味噌汁の具になったりお漬物になったりするカブとは違うのでしょうか。そう、あれは確か煮物にしてもとてもよろしいものなのですが、凛の言うカブとは……食べられるのでしょうか。

「セイバー……言っとくけど、多分、今あなたが考えているのとは全然違うシロモノよ」
「そうなのですか? ではいったいどういうものなのでしょう。教えてください」
「話すと長くなるからまた今度ね。せっかくの夕飯が冷めちゃうし、先にご飯にしましょ」
「む。それはその通りです」

 危ないところであった。そもそも私は夕飯の支度ができたことを凛に伝えに来たというのに、このようなところで別のことに気をとられてしまっては本末転倒ではないか。それでは私たちのために食事の支度をしてくれたシロウと桜に申し訳が立たない。

「凛、あなたのおかげで私は己を見失わずに済んだ。礼を言います」
「あー、はいはい。別にそんなことでお礼言われたって嬉しくないわよ。ったく、ほんと真面目なんだから、あんたって娘は」

 なにがおかしいのか、凛は肩を揺らして笑いながら、机の上に広げていたお金を手元の貯金箱に片付けていく。

「では、凛。それが終わったら早くきてくださいね。貴女がきてくれなければ、夕食を始めることができない」
「はいはい、わかってるわよ」

 ひらひらと片手を振りながらも、ちゃりちゃりとお金を片付けていく凛。
 そして私が彼女の部屋をあとにするその直前、

「ふふ……お金、結構あるのね……フフ」

 貯金箱に耳を当てて、じゃらじゃらと音を鳴らす凛のか細い笑い声が部屋に響く。

 そういえば……アルバイトのお給料を初めていただくとき、シロウに言われたことがありました。

『いいかいセイバー。お金には魔力があるんだ。いや、魔術とかじゃないけれど、簡単に人の心を惑わしてしまう力があるんだ。セイバーは大丈夫だと思うけど……そうなっちまったらある意味悲惨だからな。十分気をつけるように』

 言われたときは何のことか良くわからなかったのですが……なるほど、こういうことですか。

「ふふ……ふふ、ふふふふふ……」

 いまだ響く凛の笑い声とお金が踊って奏でる音をあとにして――私はそっとその部屋の扉を閉じるのでした。