らいおんの小ネタ劇場
2004 年 6 月 5 日
第 50 回 : 吸血
その光景を見た瞬間、あっさりと私の沸点は限界を突破しました。
「な、なにをやっているのですかあなたたちはーーーっ!」
道の真ん中で抱き合っている二人の間に割り込んで、引き剥がす。
「せ、セイバー!?」
「なにを、なにをしているのですかシロウ! このような屋外で、このような……は、はれんちな!」
「あ、いや、その……」
シロウの襟首を掴み、事の次第を問いただす。場合によってはシロウといえど容赦することはできない。
我がマスターがこのような人物であるなどと、もちろん看過できることではない。こうなれば、一度シロウの性根を叩き直してやる必要が……
「待ちなさい、セイバー」
「! ライダー……そうですね。シロウの前に貴女に詳しく話を聞かなければならない」
考えてみれば、そもそもの元凶は彼女であると考えるほうが妥当だ。ライダーはどうもこの間からシロウのことを毒牙にかけようと狙っているようですし。
「ライダー、貴女がシロウをそそのかしたのですか? ……よもやシロウを無理に従わせたなどとは言うまいな」
「愚かな。士郎が無理に従わせようとしたところで唯々諾々と従うような人物ではないと、貴女が一番良く知っているでしょう、セイバー」
「む……」
確かにその通り。いかにライダーと親しくしているとはいえ、シロウは己の意に沿わぬことに軽々しく頷くような芯の弱い人間ではない。
「ではいったい、なんだというのですかライダー。その……お互い、全て承知の上でのことだと……そう言うのですか?」
「もちろん、その通りです」
「……!」
ライダーがそうあっさりと頷いたのを見たその瞬間、私の全身は一瞬微かに震えて、そして次に凍りついた。
そうか……シロウも全て承知の上であのようなことを……だとしたら、シロウは――
「だーーーっ! 待った! 誤解するなセイバーッ!」
「シロウ……?」
――今度はシロウから割り込むようにして、襟首を掴んでいた私の手を振り解き、そして握り締めてきた。
「あのな、おまえが考えてるようなことじゃなくって、ライダーがその、困ってたから俺は」
「ライダーが?」
「ああ。なんでもいきなり吸血衝動に襲われたらしくて……だからその……ホラ」
首を捻って見せられたシロウの首筋には、確かに二つ小さく穿たれた牙跡が残っている。そこに僅かに残された赤い血の跡が、彼女がなにをしていたかを雄弁に語っていた。
なるほど……そういうことだったのですか。ならば、シロウが彼女の助けになろうとその身を張るのは無理もないことではある。
……内心、僅かに釈然としない気持ちは残るものの。
「どうだよ、変なことをしてなかったって、これでわかったろ?」
「……しかし、だからといってこのような道の真ん中で……常識というものを考えてください、シロウ」
「うっ」
小さくうめき、視線をそらすシロウ。
どうやら自覚はあったようですね。そして多少の後ろめたさも。
ここはやはり、一つシロウに言い聞かせて差し上げる必要があるようですね。
「いいですかシロウ――」
「こちらからもよろしいですか、セイバー?」
と、脇にいたライダーが口元に微笑を湛えながらそう言ってきた。
「なんですか、ライダー?」
「いえ、どうということではないのです。ですがセイバー、私とシロウに白昼堂々云々を説くというのならば」
彼女は私の手元に視線を落とし、
「白昼堂々、そうやってしっかりと殿方の手を握り締めているというのも……まあ、仲が良いというのは美しいことですけどね」
「ッ!」
「あっ、ご、ごめんセイバー!」
言われて私の全身は燃え上がり、シロウも慌てて私の手を離そうとしたが――
「……」
「あ――あれ? セイバー?」
「……シロウ。もういいですから帰りましょう」
私の手はシロウの手をしっかりと握ったまま離そうとはしなかった。
「……これは罰なのです。ですから、シロウには家に帰るまでこうしていてもらわねばいけない」
「ば、ばつ?」
「はい。さ、シロウ……」
いまだに良くわかっていない様子で首を傾げているシロウの手を引き、ライダーの前を無言で横切っていく。
視界に一瞬、捉えた彼女は間違いなく楽しそうに、そして微笑ましそうに笑っていた。