らいおんの小ネタ劇場
2004 年 6 月 4 日
第 49 回 : モデル
私は今、微動だにすることも許されない立場に追い込まれていました。
四時間目の授業は美術の授業。本来ならば私には関係のない授業で、職員室の片隅に与えられた自分の席でのんびりとお茶でも飲んでいようと思っていたのですが――
「セイバーちゃん、今日は美術の授業のモデルをやってくれないかな?」
――と、大河と美術の先生に頼まれ、嫌とも言えず、学食の食券一週間分で引き受けてしまったのです。
いえ、別に食券に目がくらんだわけではなく、大河の頼みを断るわけにもいかないと思った次第です。義理と人情は大切だと雷画も言っていましたし。ただ、貰えるものは貰っておこうと思っただけです、断るのも気が引けますし。
さて、それはいいのですが、このモデルという役目、ただ椅子に座ってじっとしているだけなのですが、これがなかなかに辛い。
動くことも許されない中、三十人あまりの人々の視線を一身に受けるというのも楽なことではない。
昔、傅く多くの騎士、重臣たちの視線を玉座にて受けたことはあったが、それとこれとはわけが違う。あのときは恐れと畏敬を込めた視線だったのが、今私に向けられているのは好奇心と直向な真面目さと、そして自分で言うのもなんだが、憧憬のそれも確実に含まれている。
そしてその中には、間違いなくシロウの視線も含まれていた。
「……」
シロウは難しい顔で、しかし真剣な眼差しで私をじっと見つめている。それは当たりまえのことだ。これは美術の授業で、私はそのモデルなのだから。
……だが、しかし。
「あー、セイバーちゃん。あんまりシロウのほうばっかり見てちゃだめよう」
「なっ! そ、そんなことはありません! 馬鹿なことを言わないでほしい、大河!」
「もう、モデルが動いちゃだめでしょセイバー。藤村先生もあんまりあの子のことからかわないでください。シロウのことになるとすーぐむきになるんだから」
「凛、この仕打ち、決して忘れません……!」
これで落ち着けというほうが無理な話だ。
周囲から漏れ出る失笑に、私もシロウもなす術もなく頬を赤らめているしかなく――
「うーん、全部狙ったみたいにおんなじ表情してるわね、セイバーちゃんってば」
「くっ……」
提出された絵の中の私は、例外なく俯いて、頬を赤く染め上げていた。
ちなみに、そんな中でシロウ一人だけが絵を提出できず、放課後描き直しとなったのは無理もなく、当然の帰結として、モデルである私もそれに付き合う羽目となったのでした。