らいおんの小ネタ劇場

2004 年 6 月 2 日


第 47 回 : 鬼虎

 既に時刻は午後の八時になります。夕飯のしたくもすっかり整って、あとは美味しくいただくだけなのですが――

「藤ねえ……遅いな」

 そう、大河が帰ってきていないのです。
 いつもならばこれくらいの時間には既に席について、手に持った箸で茶碗をチンチンと鳴らしてシロウに怒られているのですが、その大河が今日はいない。
 おかげで、賑やかな食卓も妙に静かで、しかし逆に、彼女を待つ私たちの心は波立っていた。
 特にシロウの落ち着きの無さといえば特筆もので、今も苛立たしげにテーブルの上を人差し指で叩いている。

「士郎、少し落ち着きなさいよ。藤村先生だって子供じゃないんだから、そんなに心配することないわよ」
「わかってるよ遠坂……だけどさ、藤ねえがこんなに遅いなんてこと、今まで一度だってなかったんだ。それが今日に限ってなんて、なかなか考えられないだろう。子供じゃないんだから連絡の一つくらい、あったっていいはずだ」
「はあ……とにかく、今アーチャーに探しに行かせてるから、連絡入るまでもう少し我慢なさい」

 ため息をつきながらも、実は凛も内心で心配しているのは明白だった。組んだ腕を叩く人差し指がそれを物語っていた。かくいう私とて、叶うならば今すぐにでも飛び出して行きたい気分ですが……

 と、そのときテーブルの真ん中に鎮座しているトランシーバーがひどいノイズと共に言葉を漏らした。

『こちらアーチャー、トラは柳洞寺にあり。繰り返すトラは柳洞寺にあり』
「こちらレッドアリーマー、了解した。直ちに急行する」

 顔を上げて視線を向けてくる凛に頷く私とシロウ。

 しかし大河はなんでまた柳洞寺になどいるのだろうか。
 ふと、数日前の悪夢の光景が私の脳裏に蘇る。あの、シロウの前で醜態を晒してしまった日のことが。

「なんだか、嫌な予感がします」

 これも私のスキル、直感Aの賜物なのだろうか。そしてもしこの予感が当たっていたとしたら――?


 ――そして、私の嫌な予感は見事に当たってしまった。

「あんまりそわそわしないでーーーッ!?」
「あなたはいつでもキョロキョローーーッ!?」

 柳洞寺の離れにある葛木夫婦の家、その一室であるメディアの部屋のふすまを開けて中の光景を目にした瞬間、アーチャーとシロウはそう叫んだ。
 それはおそらく驚愕の叫びなのだろうが、それも無理はない――何故ならそこにいた大河は、

「と、虎柄のビキニと虎柄のブーツ。頭に乗っけたトラ耳が違うけど……藤村先生、それって……」
「うん、そうだよ。懐かしいでしょ」

 とまあ、なにが懐かしいのかはよくわかりませんが、凛が言った通りの奇妙な格好をしていたのです。
 先ほど驚愕の叫びを上げていたアーチャーとシロウは、全身を仕弛緩させてがっくりと床に膝を突いてるのですが、いったいどうしたのでしょう。

「えっと……聞くのも馬鹿らしいんですけど、いちおう聞きます。藤村先生、どうしてそんなカッコを……?」
「星たちが瞬く夜だからなのだー」
「……メディア、何故でしょうか」
「学校の用事で来たらしいのだけれど……突然私の部屋に押し入ってきて、お、お気に入りの一着を……」

 よよよ、と泣き崩れるメディア。というか、これがお気に入りとは、貴女の趣味嗜好はいったい……?
 そんなメディアを尻目に、大河は同じく崩れ落ちている士郎の元に足音も軽く駆け寄って、上から彼を覗き込む。

「ねーねー、士郎? おねえちゃん似合ってるかにゃ? 似合ってるかにゃ?」
「あ、あなたは今とても軽率なことをしたわ……」
「その通りだ……と、取り返しのつかないことをしてしまった……」

 だがしかし、シロウとアーチャーは相変わらず悲壮感を全身に纏ってうなだれている。
 というか私、今とっても場違いな世界にいるような気がするのですが、気のせいなのでしょうか。

「だいたい藤ねえがその格好をすること自体間違ってるって、なんでわからないんだ!」
「今だけはこやつの言う通りだ。髪が緑でもなく、ましてやロングですらない貴様が……たわけめ!」
「な、なによなによー! 私だってたまにははっちゃけたって良いじゃないのさー!」


「凛……結局、いったいなにがどういうことなんでしょうか」
「見た通りじゃない……」

 そんな光景を私と凛は、ただぼんやりと眺めていることしかできず、

「ふむ……メディアよ。おまえならば……似合うのだろうな」
「あ、その、宗一郎様……はい」

 などという怪しい会話も聞かなかったことにして、互いに深いため息をつくのでした。