らいおんの小ネタ劇場
2004 年 5 月 30 日
第 44 回 : マネキン
ある日、商店街を歩いていると、とある店の前で言峰を見かけました。
どうやらショーウィンドウの向こう側にいるものに真剣な眼差しを向けているようですが……
さて、どうしたものだろうか。
言うまでもないことだが、彼は危険な人物だ。いや、その危険は聖杯戦争のときのような危険とは僅かに方向性が異なるものだが、危険であることに変わりはない。放っておいて万が一商店街の人々に迷惑がかかろうとものならば――そう思うのだが、まだ何もしていないうちに取り押さえて交番に突き出すというのもどうかと思うのです。
「そこにいるのはセイバーか?」
「む、その通りです、言峰」
と、そんなことを考えていたら先に相手のほうから話してかけてきた。こうなれば放っておくも何もないだろう。
彼に近づき隣に並び、彼が見ていたそれを見る。
「これは……子供服ですか?」
「だけではないな。この店には大人用の服も、セイバー、貴様や凛が着るような服も取り扱っている」
「なるほど。しかし言峰、何故貴方がここにいるのですか?」
気になるのはそこだ。
確かにこの店は服の専門店であり、子供服のみならず大人用の服も売っているようです。年端もいかない、例えばイリヤスフィールのような娘に含むところがあるというわけではないようですがそれで油断ができるわけではない。
何故ならこの男は言峰綺礼。ランサー、ギルガメッシュをサーヴァントとして従える変質者の主だ。
だが言峰はそんな私の思いをよそに、ふと口元に笑みを浮かべながら何かを懐かしむように瞳を閉じる。
「なに、たいしたことはない。ただかつて凛に服を送ったときもこうして店の前で足を止めたことを思い出してな――今おまえが着ているその服のことだが」
「ああ、そういえば以前凛より聞いたことがあります」
なるほど、そういうことだったか。
この男が過去を懐かしむなど、些か予想の外にあったことだが言峰とて普通……でもないが、人間であることに変わりはない。そういう気持ちになることがないとは決して言い切れないだろう。
普段の行動なりを鑑みたとはいえ、彼を偏見の目で見てしまったのは確か。我が身に自省を促す必要がありますね。
「ところで言峰、何故貴方は凛の誕生日に服を?」
「そのことか。まったく、おまえといい凛といい、何故そのような些事を気にするのか」
言いながら言峰は懐から何かを取り出して、私の前に突きつける。
「これは……人形?」
以前、テレビで見たことのある、髪の長い少女の人形を握り締めている言峰。うっすらと笑い、ドレスに身を包んだ少女が、人形とはいえ、言峰の手の内に握られているというのはかなり不気味な光景だ。いや、人形だからこそか?
ともあれ、私の中に嫌な予感が膨れ上がってきたのは間違いのないことだ。
「この人形が……どうしたというのです?」
「つまりだ。人間である凛を相手に私が望む服を着せたところで、この人形を相手にするような興奮を味わえるか試してみたのだが……どうやら間違いだったようだ。やはり手ずから服を着せることにその真価があるようだな」
「……なるほど。結局そういうことですか」
どうやら私の目は偏見でもなんでもなく、間違いなくこの男の変質性を見極めていたらしい。
ですから――
「さて、セイバー。おまえが望むのであれば、私がここで服を買ってやってもいいわけだが」
「断る!」
――思わず風王結界を現界させて、彼を叩き落としたとしても、私は間違っていないはず。
そうですよね、シロウ?