らいおんの小ネタ劇場
2004 年 5 月 27 日
第 43 回 : 伝書
「……と、いうわけなのです。わかりましたか?」
庭の片隅、シロウの自転車一号二号三号が置いてある場所、衛宮家駐輪場からライダーの声が聞こえてきました。
どうやら誰かに話しかけているようなのですが、いったいあんなところで誰と話しているのだろうか。
そう思って覗いてみると、
「ではペガサス。この手紙を貴方に託します。見事に任務を果たしなさい」
「ぶひひんっ」
ペガサスは一つ嘶き、ライダーが差し出した手紙を咥えて前足を高々と上げて地を蹴った。まるで己を誇るかのように。
というか、何故ペガサスに手紙?
「ライダー、何をやっているのですか?」
「……セイバーですか。なに、たいしたことではないのですが」
ライダーは傍らで頭を垂れているペガサスの頭を愛しげに撫でながら、
「実は先日、テレビで伝書鳩という鳥の存在を知ったのです」
「ふむ、それならば私も知っている。確か足に手紙を結び、その想いを相手に伝えるとても素晴らしい鳩であると聞いています」
その鳩のことならば、私もこの間テレビでシロウたちと一緒に見ました――というか、ライダーも一緒だったはず。
「ライダー、そのテレビ番組とはよもやがくがく動物らんどのことでは?」
「なんだと……? セイバー、それを何故貴女が」
「そのようなこと問う間でもない。私もその場にいたのですから」
「……なるほど。道理です」
並んで同時に頷く私とライダー。
「で、ライダー。その伝書鳩がいったいどうしたというのですか?」
「ええ、先ほども言ったようにたいしたことではないのですが、その伝書鳩と同じことをこのペガサスにもできないものかと思ったのです」
「ペガサスに?」
言って彼に目を向けると、ペガサスはぐいと胸を反らして天に向かって嘶きをあげた。
まるで『そのようなこと我には容易いことである』そう言っているかのようだった。
「ライダー、ペガサスに鳩と同じことをさせていったいどうしようと言うのだ?」
「いえ、別にどうしようというつもりはありません。ただなんとなく、ですよ」
「ふむ……」
なんとなく、か。正直言って彼女の意図はよくわからないが、まあ、それで誰が困ると言うわけでもない。せいぜい、まだこの街のことを良く知らない人々が空を飛ぶ馬を目にして騒ぐ程度だろう。
だが所詮、その程度のこと。非現実的な現実に騒ぐ人々も、すぐにそれがこの街の常識であると悟って収まるでしょう。何せこの街は商店街を鋼色の巨人が闊歩し、金色のうつけ者がしょっちゅうお縄になったり、双子と見紛うほど良く似たメイドが歩いていたりと普通とは少々違う街なのですから。
伝説に登場する幻獣が少々空を飛ぶくらい、本気で今更なのです。
と、そんなことを考えていたら、ペガサスがライダーの命を受けて飛び立とうとしていました。
「では行きなさい。その手紙、確実に士郎の元へと届けるのです」
「……シロウ?」
今、聞き捨てならない単語が聞こえた。
だが時既に遅く、ペガサスはその両の翼を羽ばたかせ、空高くその身を舞い上がらせていました。
「……貴公いったい、シロウにどんな手紙を書いたのですか?」
もはや届かぬところへ行ってしまったと言うのであれば、せめてそれだけでも確認しておかなければ。
「気になりますかセイバー?」
「む……シロウの事なれば」
「その気持ちはわからないでもありませんが、人の私事を詮索しようというのはあまり感心しませんね」
「う、む……」
確かにその通り。わかっていることではあるのですが、ですが……
ライダーはそう悩んでいる私を見て、口元に薄く意地の悪い笑みを浮かべる。
「まあ、あなたの気持ちもわからないでもありませんよセイバー。あなたにとっては他ならないマスターのことなのですから」
「……その通りです。で、結局いったいなんと?」
「あの手紙にはこう書いてあります――」
『今夜十二時 貴方の精を頂戴しにあがります』
「――と」
「犯行予告ではないですか」
もちろん私はシロウのサーヴァントとして、その場で彼女を撃退したわけですが――
――ライダーがしたためたその手紙、結局シロウの手元には届かず、それどころかどうやら桜の手元に届いてしまったそうです。
その日の夜、ライダーは久しぶりにマスターから蟲風呂の刑を受けたらしく、翌日やけにげっそりとしていました。
まあ、自業自得というやつでしょう。