らいおんの小ネタ劇場

2004 年 5 月 23 日


第 39 回 : ゴシック調

 私は今、柳洞寺の離れにある宗一郎・メディア夫婦の部屋を訪れていた。
 夕方の商店街、アルバイトの帰りに買い物で訪れていた彼女と偶然出会い、お茶でも飲んで行け、と誘われてやってきたのですが……。

 なんというか、意表を突かれたというか騙されたというか……シロウの料理だと思って食べたら実は大河の手料理だった――そんな気分です。

 以下に離れの部屋とはいえ、寺の境内にあるからには本来あくまで質素で、木と香の香りに包まれた静かな佇まい部屋でなくてはいけないはずです。
 いえ、これは私の偏見なのかもしれませんが、多くの人がそのように考えるのが普通であると確信しています。

 ですがこの部屋は私の予想に反して、なんというか――

 ――ピンク、ヒラヒラ、フワフワ。

 これで全てを語れてしまうのではないかと、そう思わせるほどに場違いな雰囲気を醸し出していました。
 というか、あの宗一郎がこの部屋で生活しているというのは――まさに場違い極まれり、そう考えてしまう私は間違っているのでしょうか、シロウ?

 と、それはどうでも良く、私は今、実に危機的状況にあったのです。

「さ、それじゃセイバー、最後にこれをつけてくれるかしら」
「メディア……先ほどから何度も申してあげているように、私にこんな格好は似合わない」
「フフ、何を言っているのかしらセイバー。むしろ私の目に狂いはなかった。この服をこんなにも素晴らしく着こせるのは貴女をおいて他に無いと言っていいでしょう……悔しいくらいにね」
「だったら貴女自身が着れば良いではないですか……」
「……フッ、それが素直にできればどれだけ良かったことか……」

 顔を背けて吐き捨てるメディアからは、いつぞや背負っていたような負のオーラが立ち上っていて、私は自分が地雷を踏んでしまったことを唐突に理解した。

 ――聞かなかったフリをしよう。この時代で生活するようになり、学んだ処世術の一つです。

「とにかく、早くこれをかぶりなさいっ」
「あっ、何をするメディア!」

 私がスキル・処世術を発動して、油断していた隙にメディアがらしからぬ身のこなしを発揮して手に持っていたそれを私の頭にかぶせた。

「ふぅっ……ああ、思った通りに素晴らしいわセイバー。御覧なさい、今の自分の姿を……」
「な、なんということだ……こ、この私が……」

 メディアがさっと布を取り払って現れた姿見の中では、見るも無残に変貌してしまった自分の姿がある。

 黒を基調とした布地で編み上げられたブラウスとスカートの上下。
 服のそこかしこにひらひらと軽い感触のレースとフリルが踊り、胸元を黒い薔薇が彩っている。
 そして先ほどメディアが私に無理やりかぶらせたカチューシャには、何故か手触りもそのままそっくりな猫の耳がついていた。

「はぁ……可愛いわよセイバー、このまま額に入れて飾っておきたいくらいに」
「……そのような所業に出るのであれば、私はこの身の誇りを以って全力で抵抗させていただく所存ですが」

 メディアは似合うと、私の姿を見ながらうっとりとため息をつきますが、自分自身ではまったくそうは思えない。
 服のあちこちの無駄な装飾がわずらわしいし、とにかく嵩張って動きにくい。
 脚も布地が腿の半分辺りまでしかないからなにやらスースーとして不安だ。少しでも足を上げようものなら……な、中身が見えてしまいそうではないですか。

「とにかく、もうこれで満足したでしょう。結婚祝い代わりというのならこれで十分のはずだ」
「そんな、もったいない……だったらせめて写真だけでも」
「断る!」

 そんなこの姿を記録するようなものを残して、万が一シロウにでも見られてしまった日には……そ、想像するだに恐ろしい。
 きっとこの身は嘲笑され、シロウに変に思われてしまうだろう。だから間違ってもシロウにだけは知られるわけには――

「おーい、セイバーいる……か?」

 ――突然開いた襖の向こう側にいる少年は、

「あら、セイバーのマスター、いらっしゃい」

 確かに間違いなく、我がマスターエミヤシロウであった。

「え、っと……セイバー?」
「そうよ、素晴らしいでしょう」

 呆然と立ちすくんでいるシロウは変わり果てた私を凝視して、凍りつきながらも震える声を搾り出し、メディアは胸を堂々と張って誇らしげにそれに答えている。
 そして私はあまりの事態に言葉もなく、無様にも呆然と立ちすくんでいた。

「ふむ……衛宮がセイバー嬢の帰りが遅いと連絡をしてきたので案内したのだが……ふむ、よもやこのようなことになっていたとはな」
「どうですか宗一郎様、似合うでしょう?」
「む」

 腕に絡み付いて甘える細君に小さく頷く葛木宗一郎。
 ああ、そんなことよりシロウ……シロウです。

「あ、あの、その……シロウ。これはですね、本当の私ではなく、いえ……確かに私なんですが、ですが……その」

 自分でもみっともないと思えるくらいに舌が回らず、ありえないほどの醜態をシロウに見せている。
 まさか……こんな事態になるとは思っても見なかった。
 もはや羞恥に顔も上げていられない。全身の血の気が引いているくせに、頬の毛細血管だけは開ききり、激しい熱を発している。
 シロウの目など……見ることもできない。

 と、突然、足元が地面から離れ、私の目は天井を見上げていた。

「し、シロウっ!?」
「先生、メディアさん、それじゃあセイバーは連れて帰りますんで」
「む」
「ええ、それじゃあセイバーを連れてまた遊びにきてね」
「で、ではなくてシロウ! な、なにをしているのですかっ!?」

 慌てて両手両足を振り回して暴れるが、そんなことでは彼はびくともせず、ますます力強く私を腕に抱く。
 そう、何故かシロウはその腕を私の膝下と首に回し、横抱きに抱き上げていたのです。

「なにって、決まってるだろ? これから帰るんだよセイバー」
「そ、それはわかりましたけど、ひ、一先ず降ろして……」
「それはできないっ!」
「何故ですかッ!?」

 と、問いながらもシロウの顔を見た瞬間にその疑問は氷解した。ような気がした。
 何故なら、見上げたシロウの瞳は爛々と輝き、あろうことか、例の三人と非常に似通った笑みを口元に湛えていたから。

 それだけでもう、理由としては何もかも十分だった。
 ああ、シロウ……やはり貴方とアーチャーは同じ心象世界を持つ者同士だったのですね……。

「それじゃ、失礼しますっ!」
「って、シロウ! 降ろすのがだめならせめて着替えさせてくださいっ」
「それも無理な相談だッ!」
「ど、どうして……」
「だってこんなに可愛いのに、そんなもったいないことできるかっ」
「!?」

 か、可愛いって、そんな……。

「あ、あなたは卑怯者です……」

 そんなことを言われたらもう何も言えなくなってしまう。
 このまま貴方の言うなりになって、大人しく従っていることしかできないではありませんか……


「良かったわね、セイバー」


 去り際に小さく届いたメディアの声に、いつか今日のお返しは必ずしてやろうと、固く心に誓った。