らいおんの小ネタ劇場

2004 年 5 月 19 日


第 37 回 : 学食

 ですから、私はお腹ががすいたのです。
 そもそもこの空腹をどうにかするためにシロウを頼ってきたというのに、何故あんなことになったのか。

「なあ、セイバー、機嫌直せよ」
「別に私は怒ってなどいませんが」
「うそつけ。髪の毛がびんびんに天を突いてるじゃないか」
「まさしく怒髪天を突く、ってやつね」

 そんなことはありません。真実私は怒ってなどいない。ただお腹がすいていて、少しいらいらしているだけです。

 しかし、せっかくシロウの元へと来たというのに、何故シロウはお弁当を持っていないのでしょうか。
 毎日私に用意しているのですから、きっと持っていると思っていたのですが……。


「ここが……学食ですか。すごいですね……」
「ま、もう時間も時間だし、きっと修羅場になってるとは思ってたけど……」
「予想通り、ってやつだな。あの肉の壁を突破するのは容易いことじゃないぞ」

 シロウと凛に案内されやってきた学生食堂――通称・学食と呼ばれるその場所は、既に大勢の学生でごった返し、用意されている座席には空いている場所など一つもないように見えた。

「シロウ、いったいここでどうやって昼食をいただくというのですか? 見れば既に場所などないようですが」

 返答しだいでは考えがあります――と、視線にそんな思惑を込めてシロウに問いただす。

「いや、だからだな……ここでメシを食うんじゃなくて。パンでも買って屋上で食おうかと……」
「そういうこと。だからセイバー、あんま怖い顔しないの。士郎が怯えてるわよ」
「む……ですが、シロウ。ぱんはあそこで買うのでしょうが、それにしても凄まじい人だかりです」

 いつかテレビで見たあんぱんでできた英雄の絵がぶらさがっているその下には、視認できるほどの熱気を充満させた人の群れができあがっていた。
 あの群れの後ろに並んでぱんを買うというのは……正直言って今の時間からでは不可能だと思われる。

 ところが凛は不敵な笑みを浮かべ、ちちち、と音を鳴らしながら私の目の前で指を左右に振って見せた。

「甘いわよセイバー。確かにわたしたちだけではあの群れの中に飛び込んでパンをゲットすることなど不可能。だけど今、わたしたちにはあなたがいるわ」
「? 意味がよくわかりませんが、凛」
「そう……じゃ、わかりやすく聞くわよ。セイバーあなた……乱戦は得意かしら?」
「!」

 それはつまり……そういうことなのでしょうか。
 シロウに振り向き、視線で是非を伺うと、彼もまた小さく、しかしはっきりと頷いた。

「なるほど……そういうことでしたか。ならば任せて欲しい、シロウ、凛。この身はかつて十二の戦場を縦横無尽に駆けた身でもあります。乱戦といえど臆するものではありません」
「頼もしいわね、さすがセイバー……わたし、カツサンドお願いね」
「すまないセイバー、おまえだけを戦場に送る情けないマスターを許してほしい。俺は焼きそばパンで」
「――承知。では、二人はそこで私の凱旋を待っていて欲しい」

 そう言い残し、私は二人の視線を背中に受けて待ち受ける戦場へ飛び込んでいく。この身が狙うはカツサンドと焼きそばパン、そしてハムチーズロール。
 久しぶりに訪れた戦の高揚感に身を焦がし、私はこの身を獣の群れへと躍らせた――。


 それから数日後、学食委員会の委員長と名乗る生徒からちゃんぴおん・べるとなるものを渡されたのですが……。
 はて、これはいったいなんなのでしょうか。
 というか、このちゃんぴおん・べるとに刻まれた『学食王』という称号はいったい――?