らいおんの小ネタ劇場

2004 年 5 月 14 日


第 34 回 : 悲鳴

 それが起きたのは桜とシロウが台所で夕食の準備をしているそのときでした。

「きゃーーーーーーっ!!」
「!」
「桜!?」

 耳を劈くような桜の悲鳴に、居間でのんびり夕食を待っていた私と凛は、同時に立ち上がって台所に飛び込んだ。
 そこには、

「せ、せんぱいぃぃ……」
「わかった、わかったからそんなくっつくなって桜!」

 半分涙目でシロウの首に縋り付いている桜と、真っ赤になって縋り付かれているシロウの姿が。
 どう見たところで二人が抱き合っているようにしか見えないその光景は、その、あまり良くない。
 シロウが顔を真っ赤にしているのは、抱きつかれているからというだけではなく、その胸板に力いっぱい押し付けられた豊かな胸がたわんでいるからでしょう。

「……悲鳴がしたから何かと思ってきてみれば……むしろ何やってんのよあんたたち」
「ね、ねぇさん……あの、あれ……あれがあれが出たんです〜」
「あぁん?」

 凛は半眼のまま、口調も荒く桜の指差した方向に振り返る。彼女が不機嫌なのはもっともだと思いますが、桜が私たちの前で凛のことを姉と呼ぶのは珍しい。
 これはきっと余程のことなのだろう――そう思いながら私も振り返った。

「なによ、ただのゴキブリじゃない」
「たっ、ただっ、ただのなんかじゃありませんっ!」

 呆れる凛と私の目の前で、桜はますます瞳を強く閉じてシロウに強くしがみつく。まるでわざとやっているのではないかと思えるほどに。
 まったく。シロウもそうやって慌てて手を振り回していないで、少しは振りほどこうとしてみてはどうなのですか。

 しかし……あんな黒い虫一つで、よく桜はここまで脅えることができるものです。
 確かにあの黒く滑るような身体でかさかさと素早く動くさまは、普通の虫と比するならば見事なものだとは思いますが、所詮はただそれだけ。自身が屈指の魔術師でもある桜にしてみればどうということもない相手のはずでしょう。だというのに、何故――

 ――もしや。あの虫は特殊な虫で、その前では桜のように振舞うのが普通なのでは?

 唐突にそんなことが脳裏に思い浮かんだ。
 だと、したならば……私も、桜のように……

「あー、セイバー。あんたが何考えてるのか、なんとなーくわかったけど、それって全然違うし、何よりあんたにゃ死ぬほど似合わないからやめときなさい」
「な。何を言っているのですか凛。私があのようにはしたないことをするはずがないではありませんか」

 凛のその言葉に内心の冷たい汗を隠して私は笑った。凛の言うことは確かにもっともなことだ。
 この身が悲鳴を上げるなどと……我ながら想像もできません。


 とはいえ、それでこの胸の中の燻る感情が納得してくれるはずもなく。
 例のゴキブリとやらを凛のガンドが始末する様を見て、また悲鳴を上げた桜にしがみつかれたシロウの耳を力強く引っ張ってしまっても、誰も責めることなどできないのではないでしょうか。