らいおんの小ネタ劇場
2004 年 5 月 13 日
第 33 回 : おばあちゃんの知恵袋
「ケホンッ! コホッ、くしゅっ!」
突然ですが、イリヤスフィールが風邪を引きました。
朝ごはんを食べにきたイリヤスフィールの調子がずいぶんと悪そうだったので、シロウが熱を測ると案の定でした。
というわけで彼女は今、離れの部屋のふとんに入って大人しくしています。
もっともイリヤスフィールにしてみれば、今日はシロウと遊ぶつもりだったらしくこうしているのが不満なようですが。
しかし私に言わせると、こうしてシロウの手厚い看護を受けられるのは、不謹慎ですが羨ましくも感じるのです。
「シロウ……頭痛いよ、喉痛いよ……」
「あー、結構まだ熱高いしなぁ。ほら、今日は大人しく寝てろよ」
「うん……シロウはここにいなきゃだめだよ?」
「わかってるよ。今日はずっとイリヤと一緒にいるから」
イリヤスフィールの額の濡れタオルを換えながら、シロウは優しく微笑みかける。
……まったく。イリヤスフィールは少しシロウに甘えすぎです。ただでさえ看病で彼に負担をかけているのだから、それ以上わがままを言うべきではないでしょう。
シロウもシロウです。今のうちからそんなに甘やかしているのは感心できません。
ですからここはひとつ、私が近頃仕入れた智識を披露し、イリヤスフィールの病気を治して見せましょう。
「ん? セイバー、どこにいくんだ?」
「いえ、ちょっと台所へ」
「……台所?」
そう。そこに勝利の鍵があるのです。
台所からそれを戻ると、シロウがイリヤスフィールの汗を拭いていた。
というか、少し胸元を開けすぎだと思うのですが。シロウも何をそんなに赤くなっているのですか?
「シロウ、ちょっとそこを替わってください」
「あ、ああ……セイバー、それなんだ?」
もちろん決まっています。これが勝利の鍵なのです。
私は持っていた壷の中からそれを一粒取り出し、目を開いてこちらを見ているイリヤスフィールの額におもむろに貼り付けた。
「って……なによこれ!」
「うめ、ぼし……?」
「その通りです」
以前、雷画から聞いたことがあるのです。
日本という国の民草の間に伝わる伝説で、風邪を引いたときは額に梅干を貼り付けるとすぐに治るという話を。
ごはんと一緒に食べると美味しい上に、病気を治すこともできるとは、なんと素晴らしいのでしょうか、梅干。尊敬に値する。
「イリヤスフィール、良かったですね。これでシロウの手を煩わせずとも風邪は治ります」
「……む。そんなことないもん。こんなのより、シロウが看病してくれたほうがいいもん」
「……まだ、そのようなことを言うのですか」
それでは致し方ない。
これだけは。この方法だけは取りたくなかった。
いかにこの国に伝わるもう一つの伝説といえど、これはあまりに残酷だ。
だが、イリヤスフィールが梅干を拒絶するというのであれば、もはやこれしかない。
私は後ろ手に持っていたもう一つの伝説を――
「わーーーっ! セイバー! それはだめだ! 焼いた葱は使っちゃだめだーーー!」
「な! 何故ですかシロウ! 梅干が駄目だというのであれば、もはやこれしか方法はない!」
「いや、言いたいことはわかるが、これだけは絶対にヤバい! いろんな意味でヤバい!」
――どうやら伝説を知っていたらしいシロウにあっという間に取り上げられてしまった。
くっ、なんということだ。これならば絶対だと大河が教えてくれたというのに。
なんでも昔、実際にこの方法を採って風邪が治ったのを目の当たりにしたというのです。
「だめだ、これだけはだめなんだ……い、イリヤをあんな目には絶対に……」
はて、何故シロウは青い顔をしてぶるぶる震えているのでしょうか。