らいおんの小ネタ劇場

2004 年 5 月 9 日


第 30 回 : 家政夫

「凛、ひとつ聞きたいのですが」
「ん、なによ」

 私は今日こそは、という決意を胸に、目の前で寝そべっている彼女に声をかけた。
 時計の針は既に午後の十時を指している。本来ならば彼女――遠坂凛は自分の家に帰ってもいい時間帯である。
 で、あるにも関わらず、

「凛、あなたは一体いつになったら自分の家に帰るのですか?」
「む。なによセイバー。わたしがいるのは邪魔だって言うの? そんなに士郎と二人っきりになりたいのかしら」
「そ、そういうことではなく……そもそもあなたが帰ったところで誰かしら泊まっていくのですから、シロウと二人っきりになどなれない……ではありません! 凛、あなたはここ三日間ほどずっと入り浸りではないですか!」

 そう、凛は既に三日間もずっとこの家に泊まりっぱなしで一度も家に帰っていないのです。
 今までは一週間のうち泊まるのは二日くらいで、きちんと家にも帰っていたのに、今週はまだ水曜日の時点で既に記録を更新しています。

 おかげで、それを知ったイリヤスフィールまで、このところ妙に怪しい動きを見せている。そうなれば桜や大河まで同じ行動に出るのは必定。
 ここはそもそもの原因たる凛には帰っていただかなければ収まらないでしょう。

「しろーう、お茶とお茶菓子ちょうだーい」
「凛! ひとの話を聞いているのですか!?」
「聞いてるわよ……で、セイバーは何が不満なの? わたしがいようがいまいが、結局のところセイバーは士郎と二人っきりになれないんでしょ? だったら別にいいじゃない」
「で、ですからシロウは関係なくてですね……いえ、関係はあるのですが」

 まったく、どうして凛はすぐにそうして事を男女の関係に結びつけたがるのか……

「正直に言いますと、このところシロウへの負荷が大きくなっているように思うのです。学校から帰ってきて買い物に行き、食事を作り、掃除洗濯お風呂の支度……もちろんこの私もできるだけシロウの力になろうと尽力はしていますが、それでも追いつかないのが現状なのです」
「ふむ、なるほど……確かにちょっと士郎に甘えすぎてたところはあるわね」
「そうでしょうとも」

 凛はこうして自分の過ちを素直に認めることができる人で、それは彼女の大きな長所であると思う。
 とにかく、わかってくれたのであれば話は早い。

「では、凛。そういうことですので申し訳ありませんが」
「わかったわ。明日からわたしも家事の手伝いをすればいいのね」
「って、どうしてそうなるんですか!」

 それは要するに今日も明日も凛はこの家に泊まっていくということではありませんか!
 語気も荒く詰め寄る私に、凛はしれっとした様子で、

「なによ。そうすれば万事解決じゃない。わたしは堂々と家にいれるし、士郎の負担も減るし。一石二鳥じゃない」
「くっ……」

 確かに、確かにその通りですが……
 しかし釈然としないものがあります。どうして誰も彼もシロウの傍に居たがるのか。

「……しかし凛、それではあなたの屋敷はどうするのですか。そのまま放って置いて良いとでも言うのですか?」

 半分悔し紛れに言ったその言葉に凛は、

「ああ、それなら大丈夫。その辺りの掃除とか結界の維持とかは全部アーチャーに任せてきたから」
「……アーチャーに?」
「うん。あいつってば『大丈夫だよ遠坂、オレもがんばるから』ってすっごいいい笑顔で言ってくれたわよ」
「……はあ」

 そんなことを、彼女まで笑顔で言ってのけた。それはなんとも彼女らしく、まさに遠坂凛の――あかいあくまの笑顔と称されるモノであった。

「とおさかー、お茶入ったから取りに来いよ」
「んー、今行くー」

 シロウに呼ばれて凛は素早く立ち上がり、笑顔を振りまいて彼の元に行く。

 ……シロウ。あなたは私が、この私がきっと正しく導いて見せます。
 きっとアーチャーのような哀れな存在にはならないでください。