らいおんの小ネタ劇場
第 31 回目から第 40 回目まで
鋭く竹刀と竹刀を打ち合わせる音が幾つも道場に響き渡り、その音と同時にシロウの裂帛の気合が空気を震わせる。
ずんと響く踏み込みの音、その後にやってくる力強さを増した剣線。
シロウは本当に強くなりました。元々素養も高く、努力の人でもある彼であれば人よりも短い時間で高みに昇って往くのはわかっていたことですが、それを差し引いても彼の成長振りはめざましい。
彼の剣の師として、私はそれが素直に嬉しかった。
だが、今も私の切り返しを受けて激しく息をつく彼に、私は内心を抑えて厳しい言葉をかける。
「ちっくしょ、これだけやってかすりもしないなんてさ」
「……シロウ。あなたは確かに素晴らしい素養を持っていますが、何度も言っている通りあくまでそれは人の身として見ての事です。その程度ではサーヴァントであるこの身には一切通用しません」
「わかってるけどさ」
唇を尖らせて不貞腐れたような顔をする彼がおかしくて、わからぬようにこっそりと笑みを漏らす。
これでも私は彼のサーヴァントだ。マスターの考えていることなど手に取るようにわかる。
シロウにとっては、サーヴァントである私ですら庇護の対象なのだ。その私に力で全く及ばないのが悔しくて、自分を不甲斐なく思っているのだろう。
まったく……なんて愚かなマスターだろうか。ただの人が英霊であるサーヴァントに勝るなど有り得ないというのに。
だが同時に、シロウのそんな気持ちが嬉しい。彼にとって守るべきである大切な者の中に私も入っている――その一点が。
「それではシロウ。次を最後にしましょう」
「ああ、そうだな。そろそろお昼の時間だし」
ええ、そういうことです。
「では、いつでもどうぞ」
その声を皮切りに、私は竹刀をやや上段に近い正眼に構えてシロウの動きを待つ。
対するシロウは左半身になって竹刀を肩口に構える。アサシンが言うところの八相という構えだ。
そして、
「オオッ!」
短く気合を発し、一息の勢いで迫ってきた。
ならば私も最後くらいはそれに応えるとしましょう。
シロウの踏み込みにあわせてこちらか踏み込み、無言の気合を発して竹刀を振り下ろす。
それは間違いなくシロウの頭部に命中し、彼を打ち倒す――。
「ッ!」
――はずだった。
しかし、シロウはそれを寸前で見切り、髪の先を掠った手応えだけ残して私の竹刀は空を切る。
――ばかな。
その一瞬、私が呆とした隙に、シロウは竹刀を大きく振りかぶって今にも打ち下ろそうとしていた。
「クッ!」
私は咄嗟に身を捻り、降ってくる剣先を避けて――
「……」
「……」
――その。
「あー、セイバー」
「は、はい」
「……その、どいてくれると助かるんだけどな」
「は、はい」
――シロウと、絡まってしまいました。
「あのー、セイバーさん。聞いてますかー?」
「は、はい」
「だからだな……このままじゃまずいと思うんだが」
「は、はい」
「……」
「は、はい……」
シロウにとって私との打ち合いや凛の魔術講義が日課の鍛錬であるなら、私にとってはこの瞑想が日課の鍛錬です。
いついかなるときでも平常心を保ち、どのような不利な状況でも冷静さを失わないためにも、こうして精神の修養を積むのは大切なことです。
もっとも私は剣の技に比べると、精神面はまだまだ未熟です。
ちょっとしたことで心を乱し、我を失うことが、最近特に多い。これではいざというときにマスターを守ることはできない。
――まあ、主に私の心を乱すのがそのマスター自身なのですが。
そういうわけで私は今日も普段は凛と静まり返っている道場で、いつものように身を正し瞑想している。
の、ですが――
「……」
「にー」
「……」
「にぃ〜」
「……」
「にー、にー」
「――大河」
「ん? なに、セイバーちゃん」
「あなたは何をやっているのですか、何を」
「あっ! もう、セイバーちゃんってば瞑想してるのに、目を開いたりしたらだめじゃない!」
無理を言わないでください、大河。瞑想しているとはいえ、目の前でそんなことをされていたら気にならないわけありません。
「にっ!」
と、思っていたら大河の抱えている子猫が、また私の髪に手を飛ばす。
彼女の小さな手に弾かれて揺れる私の髪。
「……」
「おもちゃか何かと思ってるのかしらねー」
……確かに。
確かに私のこの髪は、ひと房飛び出していて猫にとっては非常に興味深いものだとは思います。
昔に預かっていたあの子も、彼女のように私の髪でよく遊んでいたものですが――
「にっ! にー、にっ」
「おおっ、おおっ、すごいよセイバーちゃん! 猫パンチのラッシュだ!」
――しかし、私の髪はそんなにねこじゃらしにそっくりなのだろうか。
もっともそんな疑問を抱いたところで……こうして子猫に弄られているそのことが、何よりも雄弁に事実を語っているのでしょうが。
「ケホンッ! コホッ、くしゅっ!」
突然ですが、イリヤスフィールが風邪を引きました。
朝ごはんを食べにきたイリヤスフィールの調子がずいぶんと悪そうだったので、シロウが熱を測ると案の定でした。
というわけで彼女は今、離れの部屋のふとんに入って大人しくしています。
もっともイリヤスフィールにしてみれば、今日はシロウと遊ぶつもりだったらしくこうしているのが不満なようですが。
しかし私に言わせると、こうしてシロウの手厚い看護を受けられるのは、不謹慎ですが羨ましくも感じるのです。
「シロウ……頭痛いよ、喉痛いよ……」
「あー、結構まだ熱高いしなぁ。ほら、今日は大人しく寝てろよ」
「うん……シロウはここにいなきゃだめだよ?」
「わかってるよ。今日はずっとイリヤと一緒にいるから」
イリヤスフィールの額の濡れタオルを換えながら、シロウは優しく微笑みかける。
……まったく。イリヤスフィールは少しシロウに甘えすぎです。ただでさえ看病で彼に負担をかけているのだから、それ以上わがままを言うべきではないでしょう。
シロウもシロウです。今のうちからそんなに甘やかしているのは感心できません。
ですからここはひとつ、私が近頃仕入れた智識を披露し、イリヤスフィールの病気を治して見せましょう。
「ん? セイバー、どこにいくんだ?」
「いえ、ちょっと台所へ」
「……台所?」
そう。そこに勝利の鍵があるのです。
台所からそれを戻ると、シロウがイリヤスフィールの汗を拭いていた。
というか、少し胸元を開けすぎだと思うのですが。シロウも何をそんなに赤くなっているのですか?
「シロウ、ちょっとそこを替わってください」
「あ、ああ……セイバー、それなんだ?」
もちろん決まっています。これが勝利の鍵なのです。
私は持っていた壷の中からそれを一粒取り出し、目を開いてこちらを見ているイリヤスフィールの額におもむろに貼り付けた。
「って……なによこれ!」
「うめ、ぼし……?」
「その通りです」
以前、雷画から聞いたことがあるのです。
日本という国の民草の間に伝わる伝説で、風邪を引いたときは額に梅干を貼り付けるとすぐに治るという話を。
ごはんと一緒に食べると美味しい上に、病気を治すこともできるとは、なんと素晴らしいのでしょうか、梅干。尊敬に値する。
「イリヤスフィール、良かったですね。これでシロウの手を煩わせずとも風邪は治ります」
「……む。そんなことないもん。こんなのより、シロウが看病してくれたほうがいいもん」
「……まだ、そのようなことを言うのですか」
それでは致し方ない。
これだけは。この方法だけは取りたくなかった。
いかにこの国に伝わるもう一つの伝説といえど、これはあまりに残酷だ。
だが、イリヤスフィールが梅干を拒絶するというのであれば、もはやこれしかない。
私は後ろ手に持っていたもう一つの伝説を――
「わーーーっ! セイバー! それはだめだ! 焼いた葱は使っちゃだめだーーー!」
「な! 何故ですかシロウ! 梅干が駄目だというのであれば、もはやこれしか方法はない!」
「いや、言いたいことはわかるが、これだけは絶対にヤバい! いろんな意味でヤバい!」
――どうやら伝説を知っていたらしいシロウにあっという間に取り上げられてしまった。
くっ、なんということだ。これならば絶対だと大河が教えてくれたというのに。
なんでも昔、実際にこの方法を採って風邪が治ったのを目の当たりにしたというのです。
「だめだ、これだけはだめなんだ……い、イリヤをあんな目には絶対に……」
はて、何故シロウは青い顔をしてぶるぶる震えているのでしょうか。
それが起きたのは桜とシロウが台所で夕食の準備をしているそのときでした。
「きゃーーーーーーっ!!」
「!」
「桜!?」
耳を劈くような桜の悲鳴に、居間でのんびり夕食を待っていた私と凛は、同時に立ち上がって台所に飛び込んだ。
そこには、
「せ、せんぱいぃぃ……」
「わかった、わかったからそんなくっつくなって桜!」
半分涙目でシロウの首に縋り付いている桜と、真っ赤になって縋り付かれているシロウの姿が。
どう見たところで二人が抱き合っているようにしか見えないその光景は、その、あまり良くない。
シロウが顔を真っ赤にしているのは、抱きつかれているからというだけではなく、その胸板に力いっぱい押し付けられた豊かな胸がたわんでいるからでしょう。
「……悲鳴がしたから何かと思ってきてみれば……むしろ何やってんのよあんたたち」
「ね、ねぇさん……あの、あれ……あれがあれが出たんです〜」
「あぁん?」
凛は半眼のまま、口調も荒く桜の指差した方向に振り返る。彼女が不機嫌なのはもっともだと思いますが、桜が私たちの前で凛のことを姉と呼ぶのは珍しい。
これはきっと余程のことなのだろう――そう思いながら私も振り返った。
「なによ、ただのゴキブリじゃない」
「たっ、ただっ、ただのなんかじゃありませんっ!」
呆れる凛と私の目の前で、桜はますます瞳を強く閉じてシロウに強くしがみつく。まるでわざとやっているのではないかと思えるほどに。
まったく。シロウもそうやって慌てて手を振り回していないで、少しは振りほどこうとしてみてはどうなのですか。
しかし……あんな黒い虫一つで、よく桜はここまで脅えることができるものです。
確かにあの黒く滑るような身体でかさかさと素早く動くさまは、普通の虫と比するならば見事なものだとは思いますが、所詮はただそれだけ。自身が屈指の魔術師でもある桜にしてみればどうということもない相手のはずでしょう。だというのに、何故――
――もしや。あの虫は特殊な虫で、その前では桜のように振舞うのが普通なのでは?
唐突にそんなことが脳裏に思い浮かんだ。
だと、したならば……私も、桜のように……
「あー、セイバー。あんたが何考えてるのか、なんとなーくわかったけど、それって全然違うし、何よりあんたにゃ死ぬほど似合わないからやめときなさい」
「な。何を言っているのですか凛。私があのようにはしたないことをするはずがないではありませんか」
凛のその言葉に内心の冷たい汗を隠して私は笑った。凛の言うことは確かにもっともなことだ。
この身が悲鳴を上げるなどと……我ながら想像もできません。
とはいえ、それでこの胸の中の燻る感情が納得してくれるはずもなく。
例のゴキブリとやらを凛のガンドが始末する様を見て、また悲鳴を上げた桜にしがみつかれたシロウの耳を力強く引っ張ってしまっても、誰も責めることなどできないのではないでしょうか。
私がお風呂から上がって居間に戻ると、シロウと大河が向き合ってノートを開いていた。
「なにをやっているのですか?」
「ああ、藤ねえに勉強を見てもらってるんだよ」
「勉強を? ああそういえば、大河は英語の教師でしたね」
「そうだよー、私はこれでも憧れの女教師なんだから」
むふー、と誇らしげに胸を反らしながら言う大河に、シロウはこっそりと白い視線を向けている。
気持ちはわからないでもありませんが、大河はこれで責任感が強い人ですし、人を教え導く者として適任でしょう。
まあ……普段の彼女を見ているとときどきそのことを忘れそうにはなるのですが。
「ところでシロウはどこがわからないのですか?」
「いや、ここなんだけどな……」
ふむ、これですか。私にとってはどうということのない普通の言葉なのですが、日本という国で育ったシロウにとっては知らない言葉なのでしょう。
「あっ、だめだよセイバーちゃん。これはシロウの宿題なんだから、シロウが自分の力で解かなくちゃだめなの」
「わかっています、大河。そうですね、シロウ?」
「あ、ああ。もちろんだぞセイバー。ずるはいけないよな……やっぱり」
……まったく。口ではそう言っても、目は私から聞きだしたかったとい本音が見え隠れしていますよ、シロウ。
とは言っても……私も大河に止められなかったら教えてしまっていたでしょうから同罪なのですが。
「そういえばセイバーちゃんってイギリスの人なんだよね」
「ええ、その通りです。生まれも育ちも英国ですが」
「そのわりには日本語上手いよね。どこでならったの?」
「幼いころから日本には興味がありましたから。知り合いの日本の方から習っていたのです」
シロウが難しい顔をしているその横で、大河と他愛もない話に耽る。
もっとも私が日本語を使えるのは学んだからではなく、聖杯から流れてくる情報を受け取ったからなのですが。
そういう意味では私が日本語を使えるのはこれ以上ないほどのずるということになりますね。
しかしもちろん大河にはそんな真実を告げることなどできるはずはないのです。
「ふぅん……どーりでセイバーちゃん、日本語上手いわけだー。しかもすっごく勉強好きなんだね」
「いえ、まあ。好きというほどではないのですけれど」
隣りで唸っているシロウを横目に見ながら、大河の質問に適当に答える。
「それじゃあ、セイバーちゃんって日本語は全然問題ないんだね」
だからそんな大河のつぶやきも、さして気に留めていなかったのですが――
――何故、翌日になって私はこんなところにいるのでしょうか。
「はいはい、それじゃ今日から新しく来てくれた私の授業の助手だからみんな仲良くしてあげてねー」
「あの……セイバーです。大河、どうして私はこんなところにいるのでしょうか」
「だってセイバーちゃん、英語も日本語もぺらぺらじゃない」
よく意味がわからないのですが――シロウ、そんなところで机に突っ伏してないで助けてください。
凛も、ため息なんてついてないで、大河を止めてくれませんか?
チャイムが鳴って時刻は十二時三十分。いつもなら家でシロウが作っておいてくれた食事をいただいている頃なのですが、今日の私は何故かシロウの通っている学校にいるのでした。
この一つ二つ前の休み時間では、私はさながら猫の群れに投入されたかつおぶしのような状態だったわけですが、今頃になるとさすがに質問攻めに来る生徒たちの姿もなく、ようやく人心地ついたのですが――
――なんといいますか、お腹がすきました。
「そういえばお昼はどうしたらいいのでしょうか。朝はいきなり有無を言わさず大河に連れ出されましたし……」
で、あるからもちろんお弁当などあるはずもありません。
……こうなった以上、頼るべきは一人しかいません。
「シロウ!」
「ああ、セイバー。ちょうどよかった、今、探しに行こうと思ってたんだ」
「どーせあんたのことだからお腹すかせてるだろうと思ってね」
「む……」
シロウは笑顔で、凛もまた苦笑を浮かべながら私のところにやってくる。
それはいいとして、凛の言葉の裏にそこはかとなく侮蔑の響きを感じたのですが……しかし事実だけに言い返すこともできない。
だが、私にとて言い分はあるのです。些か言い訳じみてはいると自覚してはいますが、責任の一端は彼にも確実にあるはず。
「仕方がないではないですか。私をこういう身体にしたのはシロウです。その責任は取っていただかねば」
『……!』
私がそう言った途端――教室に残っていた生徒たちに凄愴の気が漲り、それが一斉にシロウに向けられる。
はて、いったいどうしたというのだろうか。
「……セイバー、あんたときどき自分の発言を振り返ったほうがいいわよ」
「しかし凛、私が言ったことは正しく真実のはずだ。責任の全てが私だけにあるわけではありません」
だが凛はそれには何も答えず、ただ手のひらを上に向けて肩を竦めた――良くアーチャーがやって見せるポーズだ。
そしてシロウはというと、何故か彼の周囲に人が群がり、先ほどまでの私と同じような状況に陥っている。すなわち、猫に群がられたかつおぶし、です。
「衛宮、あんた……」
「ま、待て美綴! これは誤解だ!」
「ふむ。セイバー嬢の言い方から察するに、これはゴカイもロッカイも無いと思うのだが、どうであろうか蒔の字」
「どーかんだね。いやいや参った、まさかあの衛宮がねー」
「だから氷室も蒔寺もゴカイすんじゃねー!」
シロウが珍しく――でもないが、大いに取り乱しながら周囲の人間に「ごかいだー」と叫び、凛はその隣で呆れたようにため息をついている。
本当に、いったいどうしたというのだろうか、二人とも。
と、シロウと向き合っている二人の後ろにいる少女と目が合った。
「あ、こんにちわ」
その少女は非常に柔らかな、見ているとあたたかくなるような笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。
礼には礼を。私も彼女に頭を下げて挨拶を返す。
「あの、三枝由紀香です。セイバー先生」
「ふむ……では、由紀香と。それでは由紀香、私のことはセイバーと呼んでいただきたい。成り行きで大河を援け教鞭をとることとなったといえど、この身はまだ人を教え導くには到底未熟の身。そのような尊称で呼ばれるわけにはいきません」
これは私の正直な気持ちだ。
由紀香は一瞬、目を丸くしてきょとんとした顔をしたが、
「は、はい、わかりました。それじゃセイバーさん……って呼んでもいいですか?」
「由紀香がそれでいいというのであれば、是非に」
由紀香は先ほどと同じく、陽だまりのような笑顔を見せてこくりと頷いてくれた。
ふむ。彼女はとても良い人のようだ。シロウの友人にこのような人物がいるのは、私としても嬉しい。
「あ、あのところでセイバーさん。さっきのことなんですけど……わたし、あの、よくわからなかったんですけど、どういう意味なんでしょう?」
由紀香が首を小さく傾げて聞いてくる。
先ほどのことというのは、やはり私の発言のことでしょう。
「どういうことと言われても、そのままの意味なのですが」
「えっ……と、具体的にはどういう……」
「そうですね……例えばお味噌汁なのですが」
私は舌の上に、シロウが毎日のように作ってくれるお味噌汁の味を思い出す。彼女が聞きたいというのであれば、私はできる限りシロウの料理の素晴らしさを伝えなくてはいけないだろう。
「味噌は濃すぎず薄すぎず……シロウはお味噌汁一つとっても常に全力を傾けて料理してくれるのです。ちなみに私はもやしのお味噌汁が好きなのですが……。更にシロウは常に研鑽も忘れない人だ。シロウは誰にも語りませんが、他ならぬ私は知っています。シロウが時折、台所で料理の鍛錬をしているのを……その弛まぬ日々の努力が、あれ程の料理を毎日生み出しているのです」
「わぁ。すごいんですね、衛宮君って。わたし、衛宮君のおべんとうって食べことないんだけど、すごくおいしいって蒔ちゃんが言ってました」
「そうでしょう。一度シロウの料理をいただいたのであればその味を忘れることなどできようはずがない。もはやこの身はシロウの料理なしでは生きられないのです」
私は知らずのうちに胸を張ってそのことを語っていた。だがそれも無理もないことだと思う。真実シロウは素晴らしい料理の担い手であり、そんな彼を私は誇らしく思っているのですから。
「それじゃあセイバーさんって、いつも衛宮君の作ってくれるごはんを食べてるんですか?」
「もちろんです由紀香。私とシロウは一緒に住んでいるのですから」
「わぁ……いいなぁ、セイバーさん。衛宮君のごはん、毎日食べられるんだぁ……いいなぁ」
「では由紀香、あなたも一度シロウの料理を食べに来るといい。あなたならば私はいつでも歓迎しますし、シロウとてあなたならば拒まないでしょう」
「えっ!? ほんとうにいいんですか? あの、衛宮君は……」
と、由紀香と二人でシロウを振り返ると――
「衛宮、あんたってやつは……」
「なるほど。学園一の人畜無害と謳われた男が、その裏であどけない少女を自宅に連れ込んでいようとは。まさかの事実というやつだのう」
「その上、今度は由紀っちまで毒牙にかけよーってのか。鬼畜だなー」
――何故か、シロウは周囲の人間の殺気と蔑みの視線を一身に浴び、何かに疲れたような表情で項垂れていた。
「え、えっと……どうしたんですか、衛宮君」
「私にはわかりません……だが」
正直言って何がどうしたことなのか、私には良くわからない。
が、シロウにこれほどの敵意をぶつけるというのであれば、それは私と敵対するということを意味する。そのことを彼らに教えてやらねばならないでしょう。
何故ならシロウは私のマスターであり、私はシロウのサーヴァント・セイバーである。
「貴公ら――」
「セイバー、ストップ」
「――って、なにをするのですか、凛」
「だーから、あんたが今出て行ったら余計ややこしくなるだけなんだから大人しくしてなさいってこと」
凛がそう言うのであればそれは真実なのでしょうが――しかし、シロウに向けられるあの敵意は本物だ。
それを看過できるほど私は気が長いほうではない。
「いいのよ、あれは学生同士のレクリエーションなんだから。よく見ればわかると思うけど、士郎に殺気ぶつけてんのは男だけでしょ? だったらそれも男にとっては勲章みたいなもんなんだから、ほっとけばいいのよ」
「ですが、凛……!」
「あーもう、何だって士郎が絡むとこんなにわからんちんなんだ、この子は。とにかく、わたしのいってることに間違いはないの。そうですよね、三枝さん?」
「え? あの、えっと……」
凛に話を降られた由紀香は、私と凛と、そして士郎を交互に見渡して、
「はい。遠坂さんの言ってることはよくわからないけど、みんないい人たちだから大丈夫です」
そう言ってふわりと笑みを浮かべた。
「ま、そういうことよ。もっとも……三枝さんも士郎がああいう目にあう一因をかってるんだろうけど、ね」
「はい? なんですか?」
「いいのいいの」
まあ……凛と由紀香がそういうのであれば大丈夫なのでしょうが……
あのような目にあうのが一種の遊戯であり勲章であるなどと……不思議なものですね、今の時代の学び舎というのは。
私もまだまだ、この時代のことを学ばなくてはいけないということなのでしょうね。
ですから、私はお腹ががすいたのです。
そもそもこの空腹をどうにかするためにシロウを頼ってきたというのに、何故あんなことになったのか。
「なあ、セイバー、機嫌直せよ」
「別に私は怒ってなどいませんが」
「うそつけ。髪の毛がびんびんに天を突いてるじゃないか」
「まさしく怒髪天を突く、ってやつね」
そんなことはありません。真実私は怒ってなどいない。ただお腹がすいていて、少しいらいらしているだけです。
しかし、せっかくシロウの元へと来たというのに、何故シロウはお弁当を持っていないのでしょうか。
毎日私に用意しているのですから、きっと持っていると思っていたのですが……。
「ここが……学食ですか。すごいですね……」
「ま、もう時間も時間だし、きっと修羅場になってるとは思ってたけど……」
「予想通り、ってやつだな。あの肉の壁を突破するのは容易いことじゃないぞ」
シロウと凛に案内されやってきた学生食堂――通称・学食と呼ばれるその場所は、既に大勢の学生でごった返し、用意されている座席には空いている場所など一つもないように見えた。
「シロウ、いったいここでどうやって昼食をいただくというのですか? 見れば既に場所などないようですが」
返答しだいでは考えがあります――と、視線にそんな思惑を込めてシロウに問いただす。
「いや、だからだな……ここでメシを食うんじゃなくて。パンでも買って屋上で食おうかと……」
「そういうこと。だからセイバー、あんま怖い顔しないの。士郎が怯えてるわよ」
「む……ですが、シロウ。ぱんはあそこで買うのでしょうが、それにしても凄まじい人だかりです」
いつかテレビで見たあんぱんでできた英雄の絵がぶらさがっているその下には、視認できるほどの熱気を充満させた人の群れができあがっていた。
あの群れの後ろに並んでぱんを買うというのは……正直言って今の時間からでは不可能だと思われる。
ところが凛は不敵な笑みを浮かべ、ちちち、と音を鳴らしながら私の目の前で指を左右に振って見せた。
「甘いわよセイバー。確かにわたしたちだけではあの群れの中に飛び込んでパンをゲットすることなど不可能。だけど今、わたしたちにはあなたがいるわ」
「? 意味がよくわかりませんが、凛」
「そう……じゃ、わかりやすく聞くわよ。セイバーあなた……乱戦は得意かしら?」
「!」
それはつまり……そういうことなのでしょうか。
シロウに振り向き、視線で是非を伺うと、彼もまた小さく、しかしはっきりと頷いた。
「なるほど……そういうことでしたか。ならば任せて欲しい、シロウ、凛。この身はかつて十二の戦場を縦横無尽に駆けた身でもあります。乱戦といえど臆するものではありません」
「頼もしいわね、さすがセイバー……わたし、カツサンドお願いね」
「すまないセイバー、おまえだけを戦場に送る情けないマスターを許してほしい。俺は焼きそばパンで」
「――承知。では、二人はそこで私の凱旋を待っていて欲しい」
そう言い残し、私は二人の視線を背中に受けて待ち受ける戦場へ飛び込んでいく。この身が狙うはカツサンドと焼きそばパン、そしてハムチーズロール。
久しぶりに訪れた戦の高揚感に身を焦がし、私はこの身を獣の群れへと躍らせた――。
それから数日後、学食委員会の委員長と名乗る生徒からちゃんぴおん・べるとなるものを渡されたのですが……。
はて、これはいったいなんなのでしょうか。
というか、このちゃんぴおん・べるとに刻まれた『学食王』という称号はいったい――?
その日、所用で外に出ていた私が家に帰ってくると――
「くー」
「すぴぃ〜」
「むにゃ……」
「すぅ……」
――またもよイリヤスフィールがシロウを枕に、昼寝を貪っていました。
というか、今回はイリヤスフィールだけでなく、大河に凛に桜もです。
「まったく、懲りるということを知らないのでしょうか、彼女は……」
前回、額に肉の字を刻まれたそのことは、既にイリヤスフィールの中では遠い過去の出来事となっているのでしょうか。
他の三人も、その悲劇は十分すぎるほどに目の当たりにしているはずなのに、いい度胸であると言わざるを得ない。
「ここは一つ、あのときの悪夢を思い出してもらわねば――」
そう思い、自室にあのとき使用した水性マジックを取りに向かおうと足を向けたところで、ふとシロウにしがみつく彼女たちの寝顔が目に入ってくる。
「……」
なんとも――心地よさそうな。
イリヤスフィールはシロウの右腕を枕にし、凛は左のももで桜は右のもも。そして大河はというと、左肩に頭を乗せて大の字になっていた。
ふむ……あと、残っている箇所といえば……
「うーん……なんだろう、寝てたら妙に全身が痛いんだけど、なんなんだ?」
「さあ、なんででしょうねぇ」
「わたし、わかんなーい」
「寝てる間に暴れでもしたんじゃないの?」
「くすっ、先輩ってば意外と寝相が悪いんですね」
「む? なに言ってるのかにゃ? 皆して士郎をまく――」
ですから大河、私たちは何もわからないのだと言っているではないですか。
わかっているのはシロウのお腹は意外と筋肉質で温かいということだけで十分なのです。
私は今、柳洞寺の離れにある宗一郎・メディア夫婦の部屋を訪れていた。
夕方の商店街、アルバイトの帰りに買い物で訪れていた彼女と偶然出会い、お茶でも飲んで行け、と誘われてやってきたのですが……。
なんというか、意表を突かれたというか騙されたというか……シロウの料理だと思って食べたら実は大河の手料理だった――そんな気分です。
以下に離れの部屋とはいえ、寺の境内にあるからには本来あくまで質素で、木と香の香りに包まれた静かな佇まい部屋でなくてはいけないはずです。
いえ、これは私の偏見なのかもしれませんが、多くの人がそのように考えるのが普通であると確信しています。
ですがこの部屋は私の予想に反して、なんというか――
――ピンク、ヒラヒラ、フワフワ。
これで全てを語れてしまうのではないかと、そう思わせるほどに場違いな雰囲気を醸し出していました。
というか、あの宗一郎がこの部屋で生活しているというのは――まさに場違い極まれり、そう考えてしまう私は間違っているのでしょうか、シロウ?
と、それはどうでも良く、私は今、実に危機的状況にあったのです。
「さ、それじゃセイバー、最後にこれをつけてくれるかしら」
「メディア……先ほどから何度も申してあげているように、私にこんな格好は似合わない」
「フフ、何を言っているのかしらセイバー。むしろ私の目に狂いはなかった。この服をこんなにも素晴らしく着こせるのは貴女をおいて他に無いと言っていいでしょう……悔しいくらいにね」
「だったら貴女自身が着れば良いではないですか……」
「……フッ、それが素直にできればどれだけ良かったことか……」
顔を背けて吐き捨てるメディアからは、いつぞや背負っていたような負のオーラが立ち上っていて、私は自分が地雷を踏んでしまったことを唐突に理解した。
――聞かなかったフリをしよう。この時代で生活するようになり、学んだ処世術の一つです。
「とにかく、早くこれをかぶりなさいっ」
「あっ、何をするメディア!」
私がスキル・処世術を発動して、油断していた隙にメディアがらしからぬ身のこなしを発揮して手に持っていたそれを私の頭にかぶせた。
「ふぅっ……ああ、思った通りに素晴らしいわセイバー。御覧なさい、今の自分の姿を……」
「な、なんということだ……こ、この私が……」
メディアがさっと布を取り払って現れた姿見の中では、見るも無残に変貌してしまった自分の姿がある。
黒を基調とした布地で編み上げられたブラウスとスカートの上下。
服のそこかしこにひらひらと軽い感触のレースとフリルが踊り、胸元を黒い薔薇が彩っている。
そして先ほどメディアが私に無理やりかぶらせたカチューシャには、何故か手触りもそのままそっくりな猫の耳がついていた。
「はぁ……可愛いわよセイバー、このまま額に入れて飾っておきたいくらいに」
「……そのような所業に出るのであれば、私はこの身の誇りを以って全力で抵抗させていただく所存ですが」
メディアは似合うと、私の姿を見ながらうっとりとため息をつきますが、自分自身ではまったくそうは思えない。
服のあちこちの無駄な装飾がわずらわしいし、とにかく嵩張って動きにくい。
脚も布地が腿の半分辺りまでしかないからなにやらスースーとして不安だ。少しでも足を上げようものなら……な、中身が見えてしまいそうではないですか。
「とにかく、もうこれで満足したでしょう。結婚祝い代わりというのならこれで十分のはずだ」
「そんな、もったいない……だったらせめて写真だけでも」
「断る!」
そんなこの姿を記録するようなものを残して、万が一シロウにでも見られてしまった日には……そ、想像するだに恐ろしい。
きっとこの身は嘲笑され、シロウに変に思われてしまうだろう。だから間違ってもシロウにだけは知られるわけには――
「おーい、セイバーいる……か?」
――突然開いた襖の向こう側にいる少年は、
「あら、セイバーのマスター、いらっしゃい」
確かに間違いなく、我がマスターエミヤシロウであった。
「え、っと……セイバー?」
「そうよ、素晴らしいでしょう」
呆然と立ちすくんでいるシロウは変わり果てた私を凝視して、凍りつきながらも震える声を搾り出し、メディアは胸を堂々と張って誇らしげにそれに答えている。
そして私はあまりの事態に言葉もなく、無様にも呆然と立ちすくんでいた。
「ふむ……衛宮がセイバー嬢の帰りが遅いと連絡をしてきたので案内したのだが……ふむ、よもやこのようなことになっていたとはな」
「どうですか宗一郎様、似合うでしょう?」
「む」
腕に絡み付いて甘える細君に小さく頷く葛木宗一郎。
ああ、そんなことよりシロウ……シロウです。
「あ、あの、その……シロウ。これはですね、本当の私ではなく、いえ……確かに私なんですが、ですが……その」
自分でもみっともないと思えるくらいに舌が回らず、ありえないほどの醜態をシロウに見せている。
まさか……こんな事態になるとは思っても見なかった。
もはや羞恥に顔も上げていられない。全身の血の気が引いているくせに、頬の毛細血管だけは開ききり、激しい熱を発している。
シロウの目など……見ることもできない。
と、突然、足元が地面から離れ、私の目は天井を見上げていた。
「し、シロウっ!?」
「先生、メディアさん、それじゃあセイバーは連れて帰りますんで」
「む」
「ええ、それじゃあセイバーを連れてまた遊びにきてね」
「で、ではなくてシロウ! な、なにをしているのですかっ!?」
慌てて両手両足を振り回して暴れるが、そんなことでは彼はびくともせず、ますます力強く私を腕に抱く。
そう、何故かシロウはその腕を私の膝下と首に回し、横抱きに抱き上げていたのです。
「なにって、決まってるだろ? これから帰るんだよセイバー」
「そ、それはわかりましたけど、ひ、一先ず降ろして……」
「それはできないっ!」
「何故ですかッ!?」
と、問いながらもシロウの顔を見た瞬間にその疑問は氷解した。ような気がした。
何故なら、見上げたシロウの瞳は爛々と輝き、あろうことか、例の三人と非常に似通った笑みを口元に湛えていたから。
それだけでもう、理由としては何もかも十分だった。
ああ、シロウ……やはり貴方とアーチャーは同じ心象世界を持つ者同士だったのですね……。
「それじゃ、失礼しますっ!」
「って、シロウ! 降ろすのがだめならせめて着替えさせてくださいっ」
「それも無理な相談だッ!」
「ど、どうして……」
「だってこんなに可愛いのに、そんなもったいないことできるかっ」
「!?」
か、可愛いって、そんな……。
「あ、あなたは卑怯者です……」
そんなことを言われたらもう何も言えなくなってしまう。
このまま貴方の言うなりになって、大人しく従っていることしかできないではありませんか……
「良かったわね、セイバー」
去り際に小さく届いたメディアの声に、いつか今日のお返しは必ずしてやろうと、固く心に誓った。
「シロウ、子供ができたのです」
朝食の席、昨日からずっと言おう言おうと思っていたそのことをシロウたちに報告すると、食卓を囲んでいる一同が表情を凍りつかせて固まった。
驚くのも無理はありません。かくいう私もその事実を知ったときは衝撃のあまり食べていたお饅頭を取り落としてしまいましたから。
「あ、あのね、セイバーちゃん、ちょっと聞きたいんだけど……」
「はい、なんでしょうか大河」
「子供ができたって……まさか、まさかとは思うけど。お姉ちゃん信じられない、いや、むしろ信じたくないんだけど」
「はあ……」
はて、信じたくないとはいったいどういうことなのだろうか。本来なら喜び、祝福しこそすれ、新しい命の誕生を厭うことなどあってはならないはず。まして大河はそのように狭量な人物ではないはずなのに。
だが大河は、いえ、大河だけでなく、彼女の次の言葉を待つ凛や桜、そして何故かいるライダーまでもが息を呑んで緊張を双眸に湛えていた。
……と、いうか、シロウは何故そんなに顔色を青くして首を左右に振っているのでしょう?
「あのさ、セイバーちゃん」
「はい」
「子供ができたって……もしかして……妊娠、したとか? ううん! そ、そんなはずないわよね、せんせー早とちりしちゃった!」
「いえ、妊娠どころか既に生まれていますが」
「ウマーーー!?」
途端、雄叫びを上げる大河。
「それも六人もです。子沢山というのは良いことですね」
「六つ子! それじゃあんたら二人と私を入れたら野球チームができちゃうじゃない!」
「待ってください先生、論点はそこじゃありません」
はあ……よくわかりませんけど、とりあえず野球はできないと思うのですが。
ともあれ論より証拠です。口伝えより実際に見ていただいたほうが早いでしょう。
「待っていてください、今子供たちを連れてきますから」
そうして居間を出て行くとき、視界の端に詰め寄られているシロウの姿が見えたのですが……はて、本当にどうしたというのでしょうか。
「見てください大河、ほら可愛い子供たちで――」
そうして私が子供たちを連れて居間に戻ると、
「――し、シロウッ!?」
ライダーの釘剣の鎖に縛られ高々と吊るされたシロウが、凛と桜に足の裏をガチョウの羽でくすぐられて激しく身悶えているという――
そう、まさしく拷問の真っ最中というとんでもない事態に陥っていたのでした。
「な、なにをしているのですかーーーッ!?」
即座に風王結界を右手に現界させてシロウを縛めている鎖を叩き斬る。ちなみに左手には子供たちが眠っているダンボールを持っているのですが、このような状況でもまるで目を覚ます様子もなく眠っている辺り肝が太い。まさに獅子の仔と呼ぶに相応しい。
と、今はそれどころではなく、腕の中でぐったりとしているシロウをこのような目に合わせた者たちへの尋問が先だ。
「いったいシロウに何をするのですか! 我がマスターをこのような目に合わすとは、事と次第によってはこちらにも考えがある!」
「だ、だってー。セイバーちゃん、子供生まれちゃったんでしょー」
「それがいったいどうしたというのです!」
うーうー唸りながら涙目で両手を振り回す大河だが容赦するつもりはない。この子らが生まれたことでどうしてシロウが拷問など受けねばらないのか。
と、ライダーが私の手元のダンボールを覗き、そしてしばし、じっと中の子らを見つめる。
「……セイバー、一つ伺いたいのですが」
「なんだ」
「貴女が先ほどから言っている子供というのは」
ダンボールの中に指を差し、
「この子猫たちのことですか?」
「もちろんだ。決まっているではないですか。この子らは、この辺り一帯を治める誇り高き猫の子供たちです」
「……ほう。ボス猫の子供たちですか」
……む。どうしたというのだろうか。騒いでいた大河も、目つきも鋭くこちらを睨んでいた凛と桜も、黙り込んで冷ややかな目線になっている。
というかシロウ、何故あなたまでそんなどんよりとした目で私を見るのですか?
目を覚ました子猫が一匹、
「にゃぁ」
と鳴いて自分を差しているライダーの指にかじりつく。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
なんというか――先ほどまでとは立場が逆転しているような気がするのは……気のせいでしょうか。
はて、私は何か間違ったことでも言ったのだろうか……?