らいおんの小ネタ劇場

第 11 回目から第 20 回目まで


第 11 回 : 2004 年 4 月 19 日「女の魅力」

 最近、庭に干してある洗濯物を眺めていて思うことがある。
 私はもしかして女としての魅力に乏しいのではないか、と。

 イリヤスフィールはまだそれを使うような年頃ではないのですからともかく、桜とかライダーとかリーズリットのとかと一緒に並べられると、とても複雑な気持ちになります。
 何故ライダーやリーズリットの下着がこの家の庭に干してあるのかは、一先ず置いておきましょう。

 とにかくこの配置は少し気に入らないので、凛の隣りに干しなおすと、それだけで何だか安堵の気持ちがこみ上げてきた。
 私は……私はまだ一人ではないのだ、と。

「セイバー、少なくともあんたと一緒にしてほしくはないんだけど」
「何を言うのですか凛。私と貴女は共に手を携え戦っていくべき仲間ではないですか」

 というわけでここはひとつ、偉大なる先達に話を聞きに行くべきなのです。


 ケース1.ライダーの場合

「諦めてください」

 正直、宝具を解放しそうになりました。なりましたとも、ええ。
 シロウに女の子同士でケンカするなと言われていなければ、間違いなく聖杯戦争を再現していたでしょう。
 まあ、短気な凛は既にガンドを撃っているのですが。


 ケース2.桜の場合

「えっと……牛乳を飲むと良いって言うけど、ほんとかどうかはちょっと……」
「そうね桜、あんたのそれは牛そのものだものね」
「……あ、でもセイバーさん。これはあんまり信じないでくださいね。毎朝牛乳飲んでて少しも変わらない人もいますから。ね、姉さん?」

 なるほど牛乳、と……。
 ですが桜の言う通りこれはあまり効き目がないかもしれませんね。

「って、あんたもなにメモってんのよセイバー!」


 ケース3.リーズリットの場合

「揉んでもらうといい」
「「は?」」
「シロウに、揉ませる」
「「揉み?」」


 ――で。

「あんなに切羽詰った顔してたからなにを頼むかと思ったら……肩くらいだったらいつでも揉んでやるのに」
「いえ、あの……はい」
「どうだ、セイバー。気持ちいいか?」

 ええ、まあ気持ちいいんですが……。
 なんだかとても複雑です。戦場に赴くとき以上の勇気を振り絞ったというのに……。




第 12 回 : 2004 年 4 月 20 日「寝違えた」

 朝――目を覚ますと、目の前にシロウの顔があった。
 息がかかるくらい近くに、というか実際にかかってくすぐったいのですが。

 どうやら私とシロウは、今同じふとんで同衾しているようです。
 ああ、どうりでこんなにもあたたかいわけです。シロウと私の身体が密着しているからですね。

 ……落ち着きましょう。

 落ち着いて何故このようなことになっているか思い出してみる。


 そう、確か昨日の夜は、一度床についてから夜中に起きたのでした。
 仕方のないことなのです。
 あれほどまでに空腹に苛まれては、眠りたくとも眠れないのが道理。

 居間に残っていたお茶菓子を少々頂いて、私はそのまま自分の部屋に戻って眠ったはずなのですが――。


「あれですね、要するに入る部屋を間違えたということです」

 シロウの部屋は私の部屋の隣です。
 空腹を満たし、今度は眠気に苛まれていたのでは間違えたとしても何の不思議はありません。
 これがシロウではなく、他の男性であったならば間違いなく気づいていたでしょうが、シロウならば気付かないのも無理はないでしょう。

 さて――そろそろ起きる時間なのですがどうしたものか。
 シロウは気持ちよさそうに眠っているが、このままではきっと寝坊してしまうでしょう。
 かといって無理に起すのも――。

「……少しくらい寝坊したところでかまわないでしょう」

 それでシロウのぬくもりに包まれてまどろむことが出来るなら、一度やニ度の寝坊などどうということはありません。
 朝食の仕度だって桜がいてくれるのだし。

 では、おやすみなさい、シロウ……。



第 13 回 : 2004 年 4 月 21 日「ウェディング・ベル」

 響く鐘の音と舞い散る花吹雪。
 ああ、まさか丘の上の言峰教会でこのような光景を見ることになろうとは思っても見なかった。

 周囲の祝福の声に包まれながら、チャペルから現れる葛木宗一郎・メディア夫妻。
 今日は彼らの結婚式である。彼らは、特にメディアは聖杯戦争が終った直後から良縁吉日を選び、ずっとこの日が訪れるのを待っていた。

「うーん、やっぱり綺麗だよなぁキャス……じゃなくてメディアさん」
「そうですね。同感です」

 そのような言葉をシロウの口から聞くのは少々悔しくもあったが、それを否定できるような余地はどこにもないほどいまの彼女は美しい。
 目じりにはうっすらと涙をため、口元には絶やさぬ笑顔。
 空色のウェディングドレスに身を包んだ彼女は、夫となる男性の隣でとても幸せそうだった。

 そんな彼女を見ていると、やはり結婚式の前に言峰を全力で排除したのは間違いなかったと断言できる。
 ニヤニヤとしたあの性質の悪い笑みを浮かべながら、

『ふっ、一生忘れられぬ式にしてやろう。神に誓って』

 などとあの口で言うのですから、どうにかしないほうがおかしいというものです。
 私とシロウとバーサーカーでさんざん追い回した挙句、最後はライダーに捕縛され、凛のガンドをたらふく打ち込んでおいたかのだからしばらくは動けないとは思うのだが、あの鼻汁に塗れた顔が最後まで笑っていたのが気になる。
 ……いえ、今はそのようなことを気にせず、若い夫婦の門出を祝うのが先というものだ。

 花吹雪が降り注ぐ中、腕を引かれて歩いてくるメディア。
 彼女が羨ましい。あのように愛した男性の隣りを歩き、花道を往けることがどれだけ幸せなことか……。

「悔しいけど、ステキね」
「はい、羨ましいです」
「葛木先生、無口でぶっきらぼうだけど優しそうですし」
「メディアも昔はいろいろあった女性ですから……ひとしおでしょう」

 と、口々に言い合いながらも隣にいるシロウの顔をそっと仰ぎ見る。

「あれは……!」
「シロウ? どうしたのですか?」

 目を見開き驚いているシロウ。彼の見ている視線の先に目を向けると、そこには、

「……言峰!?」

 そう、そこには厚着してマスクをした言峰が仁王立ちに立っていた。
 自分で点滴のパックを持ち歩いている辺り芸が細かい。そこまで具合が悪いなら大人しくしていれば良いものを。

 誰もが言峰の存在に気づき、一同が静まり返る中、彼はウェディングロードを歩いてきた夫婦に向かって歩いていく。
 メディアは顔を曇らせ、宗一郎は彼女を庇うように前に出る。
 そして私たちも臨戦態勢を取っていつでも出られるように構える中、言峰は口元を覆っていたマスクを外し、


「……へっくちん!」


 ……なんというか。
 まあ……思いっきりけちがついたといえばついたのだろうが……この男はいったい何しに来たというのか。

「……セイバー、行くぞ」
「……了解です、マスター。いつでもご命令を」

 正直、とても脱力しているのですがあのままアレを放っておくわけにもいかない。
 とりあえず凛にはもう何発か撃ちこんでもらって、今度こそしばらく動けない身体になってもらうとしよう。


 その後は何事も無かったようにつつがなく、花嫁の手から投げられたブーケは、平等にそれぞれの手に渡った。
 激しい争奪戦の末に手にした何分の一かのブーケのひと房。

 ですが――

「良かったじゃないか、セイバー」

 ――そう言って頭を撫でるシロウが何もわかっていないのだから、きっとまだまだ先は長いのだろう。

「なにため息ついてるんだ?」
「知りません」



第 14 回 : 2004 年 4 月 22 日「大人の女性」

 今日は珍しく桜の家に遊びに来ています。
 で、桜が少し買い物に出るということなので、今この場には私とライダーの二人きりなのですが……。


「……」

 日の光に照らされたテラス。
 チェアにゆったりと身を沈めてコーヒーに口をつけるライダー。

「……」

 同じく日の光に照らされたテラス。
 チェアにゆったりと身を沈めて緑茶を啜る私。


「……」

 ライダーの細い指が経済新聞をめくる。
 彼女は東証一部の株価に目を留めると、眼鏡をす……と持ち上げて、その瞳を細めた。

「……」

 私の細い指が読売新聞をめくる。
 先ほどからテレビ欄と四コマ漫画を行ったり来たりしているだけの様な気がしますが気のせいでしょう。


「……」

 ライダーがバスケットに盛られたクラッカーを一枚つまみ口に運ぶ。
 パリ、と小さな音がして少しずつ彼女の中に消えていく。

「……」

 私はお盆に盛られた煎餅を一枚つまみ口に運ぶ。
 ばりん、と豪快な音がして瞬く間に私の中に消え、次の一枚を求めて手を伸ばす。


「……」

 ぼり、ばり、ぼり……と、咀嚼する自分がなんだか虚しい。

「ただいまー、って、どうしたのセイバーさん?」
「桜……私はもしかして子供なのでしょうか」
「は?」

 いえ、なんだか自分の扱いに疑問を感じただけです。
 というかライダー、人の悩みを笑うのは良くないと思います。



第 15 回 : 2004 年 4 月 23 日「マッスル・マジック」

「む……!」

 昼の瞑想を終えて居間に戻ると、大の字になって眠っているシロウがいた。
 そういえば昨晩は随分と頑張ってしまいましたから、シロウも疲れているのでしょう。無理もありません。

 ……ちなみに頑張ったと言うのは、日課の鍛錬のことです。

 さて、それはいいのですが、そんなシロウを睨みつける私の精神状態はというと、これが非常によろしくない。
 この時代にやってきてからというもの覚えて久しい感情が頭をもたげている。
 その感情の名は『嫉妬』という。己自身これが負に類する感情であると知ってはいても、私がシロウを想っている以上、決して避けえぬのが道理であるとも知っている。

「で、何故イリヤスフィールが一緒に寝ているのですか、シロウ?」

 聞いたところで眠っているシロウが答えるわけもない。
 ただその表情が魘されているかのように少し曇ったのが気になりますが。悪い夢でも見ているのでしょうか。

 対照的にイリヤスフィールはシロウの胸に頭をこすり付けて、それはそれは幸せそうな顔をしています。
 頬は緩々に緩みきっていてほのかに紅潮しているし、なんですか、その猫みたいな口は。

「う〜ふぅ……シロゥ……」

 などと寝言をつぶやきながら、ずりずりと這いずるように情報に移動し、シロウの首筋に鼻先を埋めるイリヤスフィール。
 彼女の細い腕はシロウの肉体に回され、足までもしっかりと絡み付いている。
 その様は私から見ればまるで獲物に絡みつく蛇にしか見えない。

「クッ……不覚。こうも容易く敵の接近を許してしまうとは」

 シロウを護ると誓ったこの身にしてみれば、この失態は許しがたい失態である。
 どうにかしてシロウを救い出したいのですが、こうまで懐深くまで侵入されては手のうちようが――。

「いや……ひとつだけありましたね」

 それは確かにシロウを直接救い出すことの出来る手段ではない。
 しかし、イリヤスフィールに確実に痛手を与え、彼女の心奥深くにまで痛撃を与えることが出来る。
 とても――とても残酷なことだとわかっている。だが、私は――!


「きゃーーーーっ! なっ、何なのコレ!?」
「あ、イリヤ……鏡で自分の顔見たみたいだな」
「そうみたいですねぇ……」

 シロウのつぶやきに答えながらお茶を飲む私。
 今頃イリヤスフィールは一生懸命自分の顔を洗っていることでしょう。

「しっかし誰なんだ? イリヤのおでこに肉なんて書いたの……」
「さあ、誰なんでしょうねぇ……」

 ま、水性ですし簡単に落ちるでしょう。
 恨むなら私にこの手段を伝授した凛を恨んでくださいね、イリヤスフィール。



第 16 回 : 2004 年 4 月 24 日「食卓」

 時刻は朝の七時半。
 目の前に並んでいるのは白いごはんとお味噌汁、それから目玉焼きにドレッシングがかかったサラダ。
 要するにここは朝食の席というわけなのですが――。


「おーい坊主ー、こっち醤油ねぇぞー」
「雑種! 我の目玉焼きは半熟にしろとあれほど言ったではないか!」
「へぇ……あんた、わたしが作った目玉焼きに文句でもあるわけ?」
「姉さん、部屋の中でガンド撃ちしたら大変なことになるんで、やるなら庭でしてくださいね」
「士郎ー! おねえちゃんおかわりー!」
「だー、そのくらい自分でやれ! こっちはこっちで手が離せないんだよ!」
「では士郎、私が代わりに」
「あ、それじゃバーサーカーのどんぶりもお願いね、ライダー」
「■■■■■■ーーー!」
「ふ……この程度の紅茶しか淹れられないとはな。所詮貴様はその程度なのだ、衛宮士郎」
「そうだろうか。衛宮の作る食事は十分に美味いと思うがな。メディア、おまえも衛宮に少し料理を習うといい」
「は、はい……。それが宗一郎様のためでしたら……」
「で、マーボーはないのか?」


 ――何故、皆わざわざこの家に来て食事をするのでしょうか。
 不可解な。
 そもそもこの屋敷の正式な住人は私とシロウだけなのですから、ここは二人だけの朝食というのが本来あるべき姿だというのに。

 ……まあ、それはそれとして、今日もシロウのごはんは美味しい。

「すいません、シロウ。おかわりをお願いします」
「はいよ。……あ」
「? どうしましたか?」
「すまん、セイバー。もう空っぽだ」
「な……!?」

 空っぽになった炊飯器をこちらに見せて申しわけなさそうな顔をしているシロウ。

 ……やはり、朝が騒がしすぎるというのはあまりよくありませんね。
 ここはひとつ、招かれざる客人にお帰り願うというのが採るべき選択肢でしょう。

 さしあたっては……言峰とかランサーとかギルガメッシュとか。



第 17 回 : 2004 年 4 月 25 日「星占い」

 今日は昼間からずっと天気がよく、日が暮れた今も雲ひとつない空には多くの星が瞬いていた。

「そうですね……久しぶりに星占いなどするのもいいですね」

 王であった頃、悪戯好きの魔術師から教えられた星読みの方。
 占う人の星を空に探し、その瞬きから未来を占うのだ。
 このように穏やかな気持ちで、想う人の明日を占うのは私にとっては初めてのことだ。

「シロウの星は……ああ、あれですね」

 頭上に輝く星々の中からひとつ、多くの星に囲まれて瞬いているのがシロウの星だ。
 彼を囲う中には私の星もあり、凛やイリヤスフィール、他にも多くの星が輝きを放っている。
 シロウの星は決して一際の光彩を放っているわけではなく、むしろ周囲を囲う星たちのほうこそまばゆい光を持っている。

 だが、そんな星たちを傍に置き、なお輝きを失わないのがシロウだ。
 王でもなく英雄でもない……しかし、彼には数多の星を強く惹きつける力が備わっていた。

「さて、明日のシロウですが……」

 星を見て彼の明日の運勢を占う。
 その結果――。

「……凛と新都に買い物、ですか」

 なかなか――なかなかに興味深い結果ですね。
 では明後日ならばどうでしょう。

「イリヤスフィールと一緒に遊園地……バーサーカーを連れずに、ほう……」

 明々後日は桜の部活動に終日付き合い、その翌日はメディアに料理の教授、今週のラッキーカラーはこげ茶色……。

「つまり今週いっぱい、シロウは私にかまっている暇は無いということですね」

 ならば結構。
 シロウがその気ならばこっちも相応の手段を取らせて頂く。

 明日からの日課の鍛錬、少々厳しくなると覚悟してください。
 これは決して悋気などではなく、気持ちの弛んでいるシロウを引き締めて差し上げるために必要なことなのです。……ふん。



第 18 回 : 2004 年 4 月 26 日「お土産」

 アルバイト先の店長に残り物のケーキを頂いた。
 残り物とは言っても、日を置くと売り物にならなくなるというだけで、まだまだ美味しく食べられる。
 というわけでシロウと一緒に頂こうと思い、持ち帰ったのですが――。

「おかりなさいセイバーさん。ケーキ焼いたんだけど、食べる?」
「あ……頂きます、桜。ありがとう」

 咄嗟に背中にケーキの箱を隠す。

 帰ってみるとちょうどお茶の時間の真っ最中で、桜の手作りのケーキに皆が舌鼓を打っていた。
 ……まあ、桜手作りのケーキと残り物のケーキでは比べるまでもないわけです。

「部屋に行って荷物を置いてきますので、私の分も用意しておいていただけると嬉しい」

 そう言い残して足早に部屋に向かう。
 少し残念なことではあったが、桜のケーキは美味しいので、それはそれで楽しみだ。

「セイバー」
「え? シロウ?」

 呼び止められて振り向くと、シロウが少しだけ苦笑いを浮かべて立っていた。

「なんですか、シロウ」
「えーと、さ。そのケーキ、俺の分もあるか?」
「……え?」

 ……どうしてそのことを。

「あとで一緒に食べよう……わざわざ貰ってきてくれたんだろ? お茶、淹れるからさ」
「……はい。喜んで」

 どうしてシロウにばれてしまったのかはわからないけれど、どうでもいいことだろう。元々、このケーキはシロウと一緒に食べたくて貰ってきたのだから。
 と、なれば、やはりシロウ以外の誰かにこのケーキの存在を知られるわけにはいかない。

「ではシロウ。また、後で」

 私は足取りも軽く、部屋にシロウと食べるケーキを隠しに行った。



第 19 回 : 2004 年 4 月 27 日「おしおき」

 ぎしり。

 板張りの床は一歩踏み歩くだけできしむ音を上げ、そのたびに私の心音は大きく跳ね上がる。

 ぎしり。

 一歩踏み出す。確実に目的に近づいているとわかっていても、それがこんなにも遠く感じられる。

 ぎしり。

 更に一歩。そしてまた一歩。
 音を立てぬよう、気取られぬように私は歩を進め、暗闇に落ちた中を忍ぶ。


 そして遂に辿りついた。
 ここには全てが……今の私を満たす全てがある。
 この道程のなんと長かったことか。これで私はようやく、空虚な己から逃れることが出来る。

 時が過ぎるのをじっと待ち、やがて日が昇れば満たされるとわかっていても……。
 それでもその僅かな時間でさえ、私は耐えることが出来なかった。
 この苦しみはそれほどまでに私を苛み、心を蝕んだ。

 だがそれもこれまでだ。目の前にあるこの扉を開けば私は――


「そこまでです」


 聞きなれた声が耳朶を打つ。振り返る暇もなく、周囲の暗闇は切り裂かれ光に満ち満ちた。

「捕えましたよ下手人。毎夜毎晩の乱暴狼藉ももはやこれまでです」
「桜……!」

 背後に立っていたその人物の手から鎖が飛び、私の身体に巻きついて拘束する。
 なんということだ。よりにもよって桜の手に落ちるとは……!

 というか、この鎖、ライダーの持ち物ではないですか。

「神妙にお縄を頂戴してくださいね、セイバーさん」
「お縄というより鎖なのですが。というか、既に捕まっていますよ」
「はあ……反省の色がありませんねセイバーさん。いいですか? お腹がすいたのはわかりますけど、明日の朝ご飯とお弁当のおかずを夜のうちに食べないでくださいって、あれほど言ったじゃないですか」
「しかし……! それでは私はどうすれば良いというのですか!?」
「少しくらい我慢してください」

 それができるようならとっくにそうしてます、桜。
 無理だったからこうして恥を忍んで冷蔵庫を開いているのではないですか。

「ま、とにかくこうして現場を抑えたからには、セイバーさんには然るべき罰を与えなくてはいけませんね」
「う……」

 にっこりと。
 そう形容するに相応しい笑みを浮かべた桜の表情が今の私には般若の表情に思えて見えた。


「なあ、セイバー。ほんとに朝飯いらないのか?」

 心配するシロウの声が突き刺さる。ともすれば鳴り響きそうな空腹の音を必死に堪え、私は笑顔を浮かべた。
 ああ、今私はとても自分を力いっぱい賞賛したい気分です。

「先輩、気にしないでも大丈夫ですよ。セイバーさん、今朝はもうお腹いっぱいだそうですから。ね、セイバーさん?」

 にっこりと。
 そう形容するに相応しい笑みを浮かべた桜の表情が今の私にはあくまの表情に思えて見えた。

 もちろん大丈夫なんてことはないし、お腹がいっぱいだなんてこともない。
 叶うならばシロウが作ってくれた食事を頂きたい気持ちでいっぱいなのですが……。

 あの、写真が。
 私が罪を犯したその証拠を捉えた写真さえなければ……!
 くっ……さすがは桜。伊達に凛の妹をしているわけではありませんね。


 まあ、それはそれとして――お腹すきました。



第 20 回 : 2004 年 4 月 28 日「大型連休 温泉旅行・発動編」

 黄金週間。
 毎日、シロウのような学生や大河のような大人が忙しく過ごすこの日本という国で、年に一度やってくる一週間をこのように称するそうです。
 簡単に説明すると、一週間の間、毎日が日曜日のようなものだと――凛は言っていました。

 さて、事の発端は、その黄金週間を翌日に控えた夕食の席にて。
 やはりというかなんと言うか、あまりにも唐突な大河のひと言からでした。

「士郎! お姉ちゃん、温泉に行きたい!」
「「「「「は?」」」」」

 食卓を囲んでいた私とシロウ、それから凛、桜、イリヤスフィールの声が見事に重なった。
 ちなみにイリヤスフィールといつも一緒にいるバーサーカーは、居間に入らないので庭で食事をしている。申し訳ないのだが、こればかりは仕方ないのだ。

「明日からせっかくのゴールデンウィークじゃない。ここはひとつ、日頃士郎をご愛顧しているおねえちゃんへの感謝の気持ちを込めて温泉に連れて行くべきなのだと思うのだが、そこんところどうなのよぅ」
「いや待て藤ねえ。なんかいつもの如く話がぶっ飛んでて、何がなんだかついていけない。温泉がどうしたって?」
「つまり! お姉ちゃんは露天風呂に浸かってお酒をきゅってやりたいのだ!」
「……あー、つまりなんだかまだ良くわからんが、とりあえず安易に頷くのは危険だってことは良くわかった。特に酒」

 シロウの言葉に私は深く頷く。
 大河の酒癖は非常に悪い。どのように悪いのかというと、暴れるのだ。手がつけられないくらいに。
 そして大概の場合、被害を受けるのはシロウなのである。

 だがしかし、それはそれとしても、

「でも、温泉っていうのはいいわね。せっかくの休みなんだし、どこか旅行っていうのもいいじゃない」
「そうですね。せっかくいろいろなごたごたも片付いて落ち着いたことですし……先輩、いいんじゃないですか?」

 凛と桜の意見には素直に賛成できる。
 私も温泉というものには以前から興味があったところです。テレビで見る限りでは、あの非常に大きいお風呂はとても気持ちがよさそうでした。

「だけどなぁ……いまからじゃ多分どこの宿もいっぱいだぞ? なんせゴールデンウィークの前日だし」

 対して腕を組んで考え込むシロウは難しい表情をしている。

「えぇ〜、そんなのつまんない。ねえ、シロウ、どうにかならないの?」
「と言われてもなぁ……俺としてもイリヤとセイバーには是非、温泉を体験してもらいたいんだが……」
「ダイジョーブッ! こんなこともあろうかと、お姉ちゃんはぬかり無しよッ!」
「大河? 何か言い方法でもあるのですか?」

 私の問いに大河はこっくりと大きく頷き、

「うちのお爺様の知り合いで温泉旅館を経営している人がいてね、事情を話したら人数分、部屋をとっておいてくれるって」
「ホントか、藤ねえ?」
「もちろん! お姉ちゃんを信じなさいっ」
「すごーいタイガ! たまにはやるじゃない」
「むふふふー、もっとほめるのだ、ちびっこー」


 というわけで、明日からの黄金週間は、雷画のお知り合いが経営する温泉旅館に行くことが決定しました。
 考えてみればシロウと泊りがけに遠出するのは初めてのことです。
 温泉もまた楽しみではありますが、シロウとの旅もまたとても楽しみで、私はその日、なかなか寝付くことができませんでした。