とある夜の白銀家。
 いつもだったら御剣の手による防音設備をもってしてなお騒がしい邸内が、今日はやけに静まり返っている。まぁ、いつも騒がしいと言ってもどうせ周りには純夏の家くらいしかないのだから誰の迷惑になるわけでもないのだが、とにかく静まり返っていた。
 理由はというと、何のことはない。いないのだ、人が。
 もちろんいないとは言っても、もぬけの殻というわけではない。ただ、騒動の主要構成員である御剣悠陽・冥夜姉妹に鑑純夏の三人がいない。ついでに言うなら、特に何もなくとも騒がしい戎、巴、神代の三人もいなかったりする。
 なんだこの諮ったような状況は――とは、御剣冥夜の言ではあるが、言いだしっぺはともかく最終的に彼女もそれを了としたのだから仕方ない。
 いずれにせよ、冥夜たち三人は今日は女の子だけでパジャマパーティーなのだそうだ。開催地は白銀家の隣にある鑑家の純夏の部屋。今夜に限っていえば、騒がしいのはそちらということになるのだろう。なにせ、3−Bの姦しい連中が一堂に会しているのだから騒がしくならないはずがない。

 とまあ、そんな前置きはさて置いて。
 二人きりなのだ、今夜は。





膝枕とパジャマパーティー





 だからといって別に色っぽいことなどがあるというわけではない。所詮は武であり、相手は月詠。もしこれが純夏だとか冥夜だとかだったらまだ多少は違ったのかもしれないが、この組み合わせで何がしかあろうはずがない。
 まぁ、最近は月詠も妙に怪しい行動をしていたりするわけだが、彼女は分別のある大人である。
 それにしても、年頃の若い男女を二人だけなど、と危惧する冥夜に純夏は、

『ヘン! タケルちゃんにそんな度胸があるはずないね。それに、万が一タケルちゃんが月詠さんを襲っちゃったって、タケルちゃんが勝てるはずないじゃん。月詠さん強いし、タケルちゃんはヘタレだもん』

 直後、純夏は武にスパーンとはたかれたわけだが、一方で冥夜はそれもそうかと頷いていた。
 別に武がヘタレだというつもりなのではない。ちょっとお調子者のところはあるが、いざという時には男らしく頼りがいのある人間だと思っている。
 しかし、とはいってもやはり武が月詠に勝てるとは思わない。
 御剣家の侍従長として徹底した英才教育を受けた月詠の戦闘能力は、真正面からならいざ知らず、なんでもありならば自分をも凌駕しうる事があると冥夜は知っていた。そんな女性を相手に、武がどうこうできるはずがない。
 唯一問題があるとすれば、月詠が武を受け入れることではあるが――

「ぬああぁぁっ!」
「ほほほ……また、わたくしの勝ちでございますわね、武様」

 夜中に二人きりという色っぽい状況にあって、そんな雰囲気一つも見せずにゲームやってるだけの二人に間違いなど起きようはずがないだろう。

「もっかい! もう一回勝負!」
「かまいませんけれども、これでいったい何度目になるのでございましょうね、武様?」
「ぐっ! ……うぬぬぬ」

 少しだけ意地悪に微笑む月詠に、武は心底悔しげに呻き声を上げる。
 それもそうだろう。二人がやっているのは『神攻電脳VALGERN−ON』という、元々はアーケードで流行ったのを家庭用に移植した対戦型ロボット格闘ゲームで、武はこれをゲーセンで稼動し始めた当時からずっとやりこんでいるのだ。
 それだけに、所詮はゲームといえど腕前にはちょっと自信があった。事実、近所のゲームセンターで武に勝てるのはせいぜい同好の士である美琴くらいなものなのである。だというのに、初体験の月詠にこうもあっさりと負ける、その上連敗街道驀進中なのでは悔しくないはずがない。武のプライド、ズタズタだ。

「ていうか月詠さん、ほんとにこれやるの初めてなんですか? 無茶苦茶上手いんですけど」
「はぁ……こういったテレビゲームを全くやったことがないわけではありませんが、このゲームに関しては本当に初めてでございます」

 言いながら、月詠も我のことながらと首を捻った。

「まぁ、いいんですけどね。相手が強いほうがやり応えもあるってもんだし。って言っても、オレもそうそう負けっぱなしじゃいませんから」
「はいはい」

 武は自分の機体として、長らく愛機として使っているカイゼルを選ぶ。そして月詠もまた、武と同じカイゼルを選択した。といっても月詠は別にこれがいいからと選んだのではなく、単に武が使っているから同じものを、というだけのことである。なにせ彼女はこのゲームは初めてなのだから、それぞれの機体特性などまるで知らないのだ。
 それでも月詠は、きっちりと背筋を伸ばし正座したままで、コントローラのスティックをそれこそ目にも止まらぬ動きでかちゃかちゃ操る。
 メイド服姿の美女が、姿勢を正してほんのりと笑顔を浮かべてゲームに勤しんでいる光景も妙なものだ。しかも相手をしているもう一方のほうはそれこそ必死だな、といった感じだし。滑稽極まりないといえばそうではある。

 ――で、数分後。

「結局、またオレの負けかよ……これで初めてだなんて信じらんねぇぜ……」
「申し訳ございません、武様」
「あ、いやいや。別に謝るようなことじゃないって、ゲームなんだし。それに手加減されてもつまんないし」

 勝負はやっぱり武の敗北で終わり、今は休憩ということで月詠が淹れたお茶を二人で飲んでいる。無論、ただの紅茶と思うなかれ、茶葉も高級なものなら淹れてくれた月詠の腕も超一流。一緒に出されたケーキも彼女の手作りだしで、ちょっと前まで一般庶民だった武には贅沢すぎるもてなしだ。

「にしても、オレたちだけだとほんと静かだよなー。この家って、こんな静かだったんだ」

 ケーキに舌鼓を打ちながら、武は今更ながらに感心したようにつぶやいた。
 いつもならばこのくらいの時間は、下のリビングで純夏と並んでテレビを見ていたり、冥夜の剣の鍛錬に付き合っていたり、はたまた宿題が出ている時は悠陽に教えてもらっているか、三バカに付き合って遊ばれてやっていたりしている。
 もちろん、彼女たちとあれこれ騒ぐのは嫌いじゃない、というか楽しいものなのだが、たまにはこうしてのんびりと過ごすのも悪くない。
 おそらく、窓を隔てた純夏の部屋の、カーテンの向こう側にいるはずの彼女たちも、同じようなことを言っているのだろう。たまには武なしの女の子同士だけで遠慮なしに武についてあれこれ言うのも悪くない、とかなんとか。というか話題の中心が自分になっていると思うのは自惚れだろうか、と武は思ったりしたのだが、

『今日はタケルちゃんがいないところでいーーーっぱい悪口言ってくるんだからね!』

 と、妙に張り切っていた純夏の様子を見た限りでは多分、事実なのだろう。



◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「だいたい、タケルちゃんてばさ、もうちょっとわたしに優しくしてくれたっていいと思わない!? せーっかくこんなに可愛い幼馴染が毎日お世話してあげてるのにさ、何かって言えば純夏のバカ純夏のバカって。バカって言うタケルちゃんのほうがバカなんだよ!」
「そうは言うが鑑、正直私はそなたとタケルの間柄が羨ましいと思うぞ。良くも悪くもタケルがあのような態度を取るのはそなただけだ」
「私もそう思いますわ。叶うならば私も鑑様のように武様と心を開ききった関係になりたいのですが……どうも武様は少し私に遠慮しているようで……」
「でもちょっと、たけるさんの気持ちもわかるかな。悠陽さんって、大人っぽいし。でもミキはすごく子供っぽいから悠陽さんが羨ましいです」
「白銀君はある意味珠瀬さんよりずっと子供っぽいわよ。むしろあれは悪ガキね。人の言うことはぜーんぜん聞かないし、神宮司先生のこともまりもちゃんまりもちゃんって……曲がりなりにも教師に取る態度じゃないわよ」
「それは委員長が口うるさいだけ。っていうかウザい?」
「でも……白銀さんは優しいと思います」
「それに面白いしねー、タケルは。一緒にいて全然飽きないよ」
「そうかもしんないけどー、それ以上にタケルちゃんは意地悪だよ。霞ちゃんは騙されてるの!」
「……というか。タケルは社や珠瀬に対しては妙に優しいところが多いような気がするのだが」
「あら、言われてみれば……ということは、武様は胸の小さな方がお好みなのでしょうか?」
「っていうか、白銀……ロリ? 珠瀬みたいにちっちゃくてぺったんこがお好き?」
「う、うぅ〜〜〜、いいよね、慧ちゃんはー。ぼいんぼいんでさー」
「ずるいよね、みんな。ボクなんかまるで男の子みたいで困っちゃうよ……タケルが好きだって言うならそれはそれでいいんだけどさ」
「冥夜さんも、おっきいです」
「ほんに……姉よりも優れた胸を持つ妹など……無礼ではありませんか、冥夜?」
「とにかく! タケルちゃんは意地悪でヘンタイってことで決定!」
「そうね。クラス委員長として白銀君の人格を矯正してやらなくちゃいけないわね」
「とかなんとか言って、委員長は白銀と仲良くしたいだけ……」
「あ、彩峰ぇぇぇぇ!」



◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 とまあ、武の与り知らぬところでパジャマパーティーが粛々と進められていたわけだが、もちろん与り知らぬことなので武にはナイショなのである。というか、女の子の集いに男の入る余地などありはしない。諦めて翌日、彼女たちからの謂れのない責めを受けるしかないわけだ。
 まぁ、それはいずれにせよ明日のことである。男では決して崩せぬ女の子のカーテンの向こう側の世界など窺うことの出来ない武にとって、目下のところ優先すべきことは隣にいる月詠との勝負であった。

「さてと! そんじゃ月詠さん、もう一回勝負しましょう勝負! 負けっぱなしじゃオレも立場ないし」

 ケーキと紅茶をすっかりご馳走になった武は、そう言って張り切ってコントローラーを取る。小腹も膨れて気合十分、いい加減夜も遅くなってきたことだし、残り少ない時間でできるだけ勝ち星を取ってやろうとゲーム機の電源を入れようとするが、

「だめでございます」

 と、あっさり駄目出しした月詠にその手をぴしりと叩かれた。

「えぇ〜、なんでですか? 今日の仕事はもうないでしょ? いいじゃないですか」
「だめと言ったらだめでございます。時計をご覧ください、武様。もうこんな時間です。早くお休みにならないと明日に差し支えますから」
「って、まだ11時じゃん。今時子供だってこんな時間に寝たりしないって」
「そう言って駄々をこねるところが子供っぽいのですわ。まぁ、そんなところも可愛らしいのですけど、武様は」
「むっ……」

 言って、微笑む月詠に武もさすがに言いよどむ。可愛いと言われて、その上くすくすと笑われては、何も言い返せないではないか。
 こういう時美人は得だ、じゃなくてずるいではないか。文句を言いたくても否応なく言う気をなくされてしまうし、何よりこのひとに子供扱いされるのが武は何となく嫌だった。不可能だと思っていても、対等に扱って欲しいと無意識に思ってしまう。
 かといって、やはり負けっぱなしは悔しい。そんなところが子供っぽいと月詠は言うのだが、悔しいものは悔しいのだ。
 有体に言えば、月詠をギャフンと言わせてやりたい。その方法がバルジャーノンというのもどうかとは思うが、どうにかして認めさせてやりたいのだ。

「ぬ、ぬぬぬぅ」
「今夜はここまでにして、ゲームならまたお付き合いいたしますから。さ、寝床の用意をしますので……」
「……ぬがーーーーっ!」
「た、武様!? 突然奇声を発するなんて、お脳がやられたのでございますか!?」

 何気に酷いことを言う月詠であった。
 が、ンなこと今の武にとってはどうでもいいことである。

「月詠さん!」
「は、はいっ!」

 がしっ、と月詠の細い肩を掴んで彼女に迫る。
 そんな武の妙な迫力に、珍しく月詠は狼狽したように大人しくなっていた。そりゃまぁ、彼女とて女性であるからして、自分よりも体格が一回り大きい異性に押し倒す一歩手前まで迫られてはうろたえもするだろう。というか、瞳の下がほんのりと色づいているのは気のせいか。

「……月詠さん」
「は、はい……」

 ずいずいと迫ってくる武に、月詠の声はいつしか囁くようになっている。それは恐怖の故か、それとも他に何か理由があるのか。
 ともあれ、いずれにせよ、

「今度こそ、最後の勝負です」
「……はい?」
「だから、最後の一回だけ、もう一回だけ勝負です!」
「……はぁ」

 迫りまくった末の武の言葉がいろんな意味で期待外れであったことに違いはない。

「まったくもう、だから武様は子供なのです」

 小さくつぶやいた月詠の声は武には聞こえていない。もちろん、聞こえていたらそれはそれで困った雰囲気になってしまったのかもしれないが、それでも自然と唇がほんの少し尖ってしまう。
 そんな彼女の内心など露知らず、武は月詠に勝負を認めさせるために交換条件を差し出した。

「もちろん、ただでとは言いません」
「……と、申されますと?」
「この勝負、勝ったほうが負けたほうに一つだけ何でも言うことを聞かせられるっていうのはどうです?」
「なるほど……賭け、というわけでございますね?」

 武は月詠に応とばかりに頷いた。
 正直言って武が月詠に勝てる目は少ない。かれこれ2時間近くずっとやり通して大きく負け越しているのだ、これで簡単に勝ちを拾えると思うほうがどうかしているし、事実月詠は自分よりもずっと上手くカイゼルを扱えると認めざるをえない。
 だというのに自身の自由までも賭けて勝負を申し出たのは、そうすることで背水の陣を敷き勝利を得ようなどというつもりではなく――単に勢いだった。言ってしまってからもしかしてオレって馬鹿じゃねーの? とか考えている武はほんとに馬鹿である。
 しかし同時に、月詠ならばそんな無茶は言うまいと思ってもいる。これが純夏だったり慧だったならばどうなっていたかしれないが、分別があり何時だって優しい彼女ならば、そんな無体は強いないはずだ――そう思ったのだが、

「なんでもあり、と思ってよろしいのですか?」
「え? あ、うん」
「左様ですか……では、最後の一勝負、謹んでお受けいたします」

 月詠の目はマジだった。しかも笑っている。
 シャレにならねぇかもしれん。やっべぇ、マジやっべぇ――武は戦慄していたが時既に遅し。後悔とは後になってするとは良く言ったものだ。
 背筋をピンと伸ばして姿勢正しく戦闘態勢に入る月詠に、武は半ば13階段を上るような気分で覚悟を決めていた。

 んで、しばらくの間、ビームを撒く電子音やら爆発音、月詠の楽しげな笑い声に武の阿鼻叫喚の悲鳴が続き――。

「負けたぁぁぁぁぁッ!」

 結果、武はものの見事に敗北を喫したわけである。

「うがぁぁぁ! 最後なんで右に避けたオレ! オレの馬鹿、馬鹿!」

 いくら嘆いたところで負けは負け。互いに1本ずつ取って、最後は双方ともダメージゲージ一発分を残すのみの好勝負であったが、戦いの神はやはり見目麗しいほうへと微笑を垂れたわけだ。
 仰け反って夜中であるにも関わらず声を張り上げて敗北の味を喫している武と、いつも通りのすました顔で勝利の栄光に浴している月詠。なんというか、武と月詠の力関係を非常にわかりやすく表した光景であるとも言えた。
 さて、罰ゲームの時間である。
 項垂れている武に、月詠は静かにゲーム機の電源を切ってから改めて身を正して向き直った。

「武様……」
「ビクッ!」
「わざわざお声に出して心境を表していただきありがとうございます。では、お約束の通り、何でも言うことを一つ聞いていただきますわ」
「お、お手柔らかにお願いいたします……」

 粛々と頭を垂れている武に、月詠は指先を頬に当て、楽しげにどうしよっかなー、と小首を傾げている。
 月詠さんのことだからきっと無茶は言わない、オレは信じている。いやしかし考えてもみろ、この人のご主人は悠陽さんだぞ、ひょっとしたらとんでもない事を言い出しかねない、ツーかお茶目さんなところがあるし、いやいや人を疑うのは良くないぞ武!
 などと内心でああでもないこうでもないと意見を真っ二つに分けながら武は月詠の言葉を待つ。
 そして実際には1分にも満たない、しかし体感ではやけに長く感じられる時間の果てに月詠はにっこりと笑顔を作って武に向けた。

「それでは武様」
「は、はい……」

 びくびくと言葉を待つ武。
 そんな彼に月詠は、きちんと整えている自分の膝をぽんと叩いて、

「月詠の膝に頭をお乗せくださいまし」
「……はい?」
「ですから、膝枕でございます。こう、こうやって」

 月詠はぽかんとしている武の頬を優しく包むと、そっと自分のほうに引き寄せる。
 そしてどこをどうされたのか、それとも抵抗などする間もなかっただけなのか、とにかく武の頭はあっさりと月詠の膝の上に鎮座していた。

「あ、あのー、月詠さん? これはいったいどういう?」

 思いもよらない展開に膝の上から月詠の顔を見上げながら聞く。
 下から見上げる月詠の顔には電気の灯りでできた影がかかり、また違った印象を受ける。それより何より、本当に子供のように膝に納まっている自分が、意識した瞬間から急に気恥ずかしく感じられた。だというのに抵抗しようとする自分がどこにもいないのは何故だろう。

「そのままお顔を横に向けてください」
「こ、こうですか?」
「はい、それでよろしゅうございます。それではこれから月詠が、武様のお耳を掃除させていただきますので、少しの間このままでお願いいたします」

 言って、月詠はどこからともなく取り出した竹の耳掻きで武の耳をくすぐり始める。

「う、うひゃっ!」
「あん! もう、動かないでくださいな」
「す、すんません……いや、でもなんでまた」

 賭けの結果がこれであるならば、どちらかというと武のほうが嬉しいというかなんというか。
 月詠の膝のぬくもりを頬に感じながら聞く武に、彼女はほんの少しだけ拗ねたように答える。

「だって武様ったら、私の言うことなどちっとも聞いてくださらないので。これはもう、きっとお耳が汚れて遠くなったせいに違いありません。ですから、僭越ながら私が武様のお耳のお世話をさせていただきたく思いました」
「あ、そ、そーゆーことですか……」
「はい。お耳が綺麗になれば、きっと武様は私の言うことをちゃんと聞いてくれますから」

 耳をこちょこちょと掃除しながら月詠が言うのに、武は否とは言えなかった。というか言えるはずがない。
 この耳掃除が終わったら、今度こそ彼女の言うことを聞いてふとんに入ろうと、素直にそう思う。

「……すみません、月詠さん。ワガママ言って」
「よろしいのです。そんな武様が好きで月詠はお仕えしているのですから」

 実際のところ――月詠が仕えているのは悠陽と冥夜であり、武ではない。
 武にも、月詠自身にもそんなことは良くわかっている。
 けれど、今はそんな無粋をお互い言うつもりはない。それに今は二人だけなのだから、この時この場所では、間違いなく月詠は武だけに仕えていた。

 さて一方その頃お隣さんでは――。



◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「でさー、悠陽さんに冥夜さん」
「む?」
「なんでございましょうか、鑑様」
「月詠さんってさ、二人のメイドさんなんだよね。にしては最近どーーーも、タケルちゃんにばっかりかまってるような気がするんだけど」
「確かにそうよね。冥夜さんと悠陽さんのお弁当と一緒に、なんでか白銀君のお弁当も作ってるし」
「こないだなんてハートマークでしたー……」
「おまけにあれ、相当手の込んだ一品だよ。少しだけ分けてもらったボクが言うんだから間違いないよ」
「白銀、完全に餌付けされてるね」
「ふむ。確かにその通りかもしれん。姉上はどうお考えですか?」
「月詠には武様に私たちと同じようにお仕えしろと申し付けてはおりますが……確かに油断はできぬような……」
「月詠さんってばすっごい美人だし。ねぇ、霞ちゃんはどう思う? ……霞ちゃん?」
「……はぃ」
「これはおねむの時間だね。珠瀬は大丈夫?」
「み、ミキは子供じゃありません! ちょ、ちょっとだけ眠たいですけど平気です!」
「まあ、いいけど。そんなに心配なら様子見てみれば? 白銀君の部屋は隣なんでしょ?」
「そう言って委員長は白銀の部屋を覗きたいだけ……イヤン」
「だ、だから彩峰ぇぇぇっ!」
「よーしっ! そうと決まれば突撃隣のタケルちゃんの部屋っ!」



◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「あら武様、大きい耳垢がございますわ」
「ぅむ……くすぐったいです」
「我慢なさってください。動かないでくださいませ」

 などと、こう、どことなく甘ったるいうへぇな雰囲気の武と月詠。耳だけと言わず全身がむずがゆくなってきそうな空気だったが、それもここまでだった。

「タケルちゃーーーん! こんばんわーーーーーッて、うえぇぇっぇぇぇっぇっ!? 何してんのよーーーーー!!」

 ズバシャー! と、勢いよく開かれたお隣さん、即ち純夏の部屋のカーテンの向こうからこちらを見つめる16の瞳。
 そのうち二つ、夜も遅くなってすっかりおねむの時間の社霞のまぶただけは、とろんとなって今にも閉じてしまいそうだったが、それ以外の瞳はくわっと開かれて驚愕も顕に武と月詠を見据えていた。
 一気に雲散霧消するそれまでの空気。変わってこんばんわ、修羅バラバンバンな空気。

「あら、まぁ」

 訂正。月詠だけは平然としたものだった。

「と、とにかくゆるさーーーん! タケルちゃん今から行くからそこうごくなーーー! うわぁぁぁぁぁぁん……」
「ちょ、ちょっと鑑! えっと、し、白銀君! 不純異性交遊はだめなんだからね!」
「とか言って委員長は白銀が取られるのが嫌なだけ」
「そんなんじゃないってば!」
「……ちなみに私は嫌だよ」
「うわぁ、慧ちゃんだいたーん」
「まったくタケルってば、ほんとに人騒がせなんだからなぁ。まぁ、面白いからボクはいいんだけど」
「……ふぅ、とにかく姉上。我らもまいりましょう」
「そうですね。月詠、もう片方の耳は私が掃除いたしますゆえ、取っておくように」

 珍妙な泣き声を後に残しながらダッシュで部屋を出て行く純夏の後を、ばたばたと慌しく追いかけるパジャマ姿な面々。
 後には霞ただ一人だけが、座布団を枕にくーくーと健やかな寝息を立てて残されていた。
 ……で、武はというと。

「つ、月詠さん。とりあえずオレ、隠れますからこの辺で」
「だめでございます」
「う、うぇっ!? そんな後生な!」
「だめと言ったらだめでございます。私の言うことを聞いてくださいませ、武様。お約束ですよ? もう少しで大きいのが取れますから……どうか、このまま動かないでくださいませ」
「……へい」

 まさに有無を言わせない、といった様子の月詠に仕方ないと諦めて浮かせかけた頭をもう一度元の場所に戻す。
 どたばたと、ひどく騒がしい音がよく通るようになった耳に届き、だんだんと大きくなってくる。
 それがこの部屋に到達するまではと、武は月詠の暖かくて柔らかい、ほんのり良い香りのする膝に甘えていようと力を抜いた。

 そして同時に思う。
 この分だとまだ当分眠れそうにないなぁ、と。





 というわけでまたもや月詠さん。ちょいと短めだけどプロットもなしで書いたのでこんなもんかしら。
 ちっちゃい短編は勢いで書けるから良いやねぇ。


感想、ご意見などございましたらこちら、もしくはBBSまでよろしくお願いします。

二次創作TOPにモドル