「さて、それじゃそろそろ晩飯にするか?」 「ちょっと士郎、わたしの話し終わってないんだけど」 シロウが明後日の方向、というか凛から顔を背けながらそう言った。 凛は不満そうな顔をしながらシロウの服の裾を指先で摘まんで引っ張っていて、シロウはさりげなくそれを振りほどこうとしながらも、意外に強い拘束にそれが叶わないでいる。 さて、シロウは食事にしようと言ってくれたか。 そういえばお腹がすきました。先ほど余計な魔力も使ってしまったわけだし――いえ、別に魔力を使ったからといってお腹がすくわけではないのだが、なんとなくそういうものなのだと思う。 「そういうわけだからセイバー、そろそろその、手を離してくれるかな――いや、だからそんな顔しないで」 「……わかりました。シロウがそう言うのであれば」 「そうよ、とっとと離しなさいよ、セイバー」 「ええ、わかってます。シロウが、そう言ったのですから」 本当はそのままこの手を握っていたかったのだけれど、彼の迷惑になるのは本意ではない。 本当に、とても残念ではあったが、彼の手のひらを頬からはがし、一度両手で包んでから――そっと解放した。 「あ」 「ん? どうした?」 「あ――いえ、なんでも……」 なんでもないわけではない。とはいえ、少なくともあえて語るようなことではない。 ただ、離れたシロウの手のひらの温もりがこれ以上指の先から逃げ出さないよう、そっと両腕を抱いて護ろうとした。それでも少しずつ失われていく温もりが少しだけ悲しい。――今度また、分けてもらおうと思う。 まあ、それはそれとして。 「シロウ、今日の夕食はなんでしょうか」 腹が減ってはいくさは出来ぬと、この国の兵法でも言っている。誠に理に適った素晴らしい言葉だと思う。特に私の敵はとても強力なので、シロウには一段と美味しい食事を用意してもらわなければいけないだろう。お腹すきましたし。 台所から漂ってくる匂いから察するに、今日の献立はおそらく煮物の類だとは思うのですが――。 「ああ、今日の? 今日はにくじゃが。セイバー、食べたかったんだろ?」 「え?」 「いやだってほら、買い物に行く前に言ってたじゃないか」 「――シロウ」 確かに……確かに言った覚えがある。今晩はにくじゃがにしようと――だから私はこんなにも今、感動している。 あのとき言ったその言葉は、正直に言ってその場限りのごまかしの言葉に過ぎなかった。証拠に、私は今の今まで、自分がそんなことを言ったということをすっかり忘れていたのだから。 だというのにシロウは――目の前できょとんとした顔をしている彼は、そんなこと当然とばかりの表情をしている。 これが、シロウ。私が好きになったひと。 凛―― 「だめよ、これはわたしのなんだから。あげない」 「……何故、私の言おうとしたことが?」 「言ったでしょ。あんた根本的にウソつけない顔してんのよ。そんな羨ましげにリスみたいな目で見つめられたら誰だって――」 「何の話してるんだ、二人とも?」 「――まあ、この絶対鈍感の持ち主は別だけど」 ああ、確かに。その点は同意できる。シロウは少し感性が鈍いところがあると思う。 「む。なんだか今、とても失礼なことを言われた気がするが――とにかくどうでもいいから、その、離せ遠坂、ちょっと、くっつきすぎ」 「なによっ、気持ち良くないの? 嬉しくないわけ士郎は?」 「だっ――!!」 シロウの右腕に所有権を主張するようにしがみついた凛がますます密着度を強くして、むしろ自分の全身を押し付けるようにしてシロウにしがみつく。彼も顔を真っ赤にして、逃げようとしながら決して本気ではないから、きっと凛の言った通りにシロウは悦んでいるのだろう。 ――まあ、シロウとて男性だし仕方ないことと理解できる。この程度で我を失うような私ではありません。ええ、決して、決して。 それはともかく、目の前の凛の行動から、私は一つの戦術を学び取った。 これこそが今の世に言うところの『色仕掛け』というやつなのでしょう。以前、お風呂上りの大河が、 『おねえちゃんの大人の色気を利用した色仕掛けに、士郎もめろめろなのだーわーい!』 と騒ぎながらシロウに懐いて背中から抱きついていた時があった。まあ、もっともシロウは、 『ああ、藤ねえはもうちょっとおっぱいが大きくなったらな』 と、すげなくして大河を泣き怒らせていたものだが、あれはきっと大河の胸がどうとかではなく、大河が大河だからなのだと思う。 シロウは、私たちに対するのとはまた違った意味で大河をとても大切にしているから。 話を元に戻すと、この戦術で最も重要なのは、術者の身体的特徴、平たく言えば胸囲の大きさであると見ました。証拠に凛もなにやらシロウの二の腕に自分の胸部を押し付けて、自身の丸みを潰している。 凛のそれは、女性として平均的か、もしくはやや下回る程度の大きさではあるが、目的を達するには十分ではある。 「ふむ――」 翻って自分自身を見下ろす。 「……ふむ」 ……ままならないものですね、自分の身体というのも。私にはどうやらこの戦術は不向きなようだ。 桜ならばおそらく、この戦術を以ってすれば最大の戦果を挙げることが可能でしょう。彼女は凛や私などよりもずっと女性らしい肉体を持っている。 別に羨ましいとかどうとかではないのですが、シロウがああも悦んでいるのを見ると――ままならない自分が悔しくも感じられる。 まあ、いい。私は私なりにシロウのためにできることがあるはず。胸なんて所詮は身体的特徴の一端、ただの飾りですから。 ――さて。 「凛、いつまでシロウにくっついているのですか。彼の妨げになると言ったはずでしょう」 「あ――くえ」 シロウにしがみついている凛の服の襟首を、獅子の仔にするように掴み上げて彼の腕から剥がして捨てる。その際、彼女の喉が程よく絞まり、まるで鶏のような声を出したが特に留意するようなことでもなく、私はシロウに向き直った。 「お、おいセイバー、遠坂の首が絞まって顔色が少し悪くなってるんだが」 「ええ、そうかもしれませんね。そしてシロウ。貴方の顔は今、とてもだらしない」 「な――。何を言ってるかなセイバーさん。そんなことは決して、決して」 言いながらシロウの視線は明後日の方向を向いており、伸びていた鼻の下が急速に元の形を取り戻していく。 ええ、別にシロウが凛の色仕掛けでだらしない顔をしていたのが腹立たしかったわけではないのです。やはりその身に仕える者としては、心のマスターがそのような腑抜けた顔をしているのは些か問題があると思った次第です。 別に凛や桜と同じようなことが出来ずとも、他にシロウのためになることは出来るはずですから。ええ、ちょっとままならないだけで。 「セ、セイバー、あんた……相変わらず腕力ばっかり達者ね、このわんぱく小娘」 「ああ、凛、顔色が少し悪いようですが。部屋に戻って休んではいかがですか、マスター?」 「くっこの……よくもいけしゃあしゃあと……。いきなり180度性格が急旋回しやがったわね」 「はい、全て凛のおかげです。ありがとう」 寝た子も泣かすような形相で睨んでくる凛と、それを普段通りの態度で受け流す私。 その間には目に見えないが、渦巻く魔力――みたいな何かと、互いを制圧せんとする気迫が満ち溢れ、非常に危険な空気を生み出している。 ぴりぴりと電気の粒が身体の中を通り抜けて全身を浸す。それは凛の発したものか、私自身が無意識に練り上げた力か。 どちらにしろ常人が経験することなど、下手をすれば一生ないような異常な世界が、この居間という限定空間に展開している。 おそらく日常を平穏に過ごす普通の人ならば寒気や予感を感じ、この空間には近づこうとしないだろう。 多少腕に覚えがある程度の、そう街のちんぴらという連中であるならば、何かを勘違いして割り込んで――そして後悔するでしょう。 十分に戦術を練り、勝機を見出した上で踏み込むのは、戦場の空気に慣れて幾度の死線を潜り抜けてきた猛者である。 そして聖杯戦争を通して、まさに死と隣り合わせの戦いを幾度も経験し、自身も屈指の能力を持つ魔術師であるシロウはというと――。 「おーい、二人ともー。ご飯なんだけどー。聞いてる? 聞いてないね?」 ――その危機回避能力を存分に発揮し、縁側を降りた向こう側から私たちに呼びかけていた。 ああ、やはりシロウの作ってくれる食事は美味しい。 一粒一粒が輝くほどにぴんとしたごはん、甘辛く煮付けられたかれい、味噌汁の具のもやしと大根は食感が良くて個人的には好きな具だ。 そのどれもが美味しい。きっとシロウが作ってくれるのが、また一段と私にそう思わせるのだろう。 桜や、たまに作る凛の食事も同じように美味しいが、生憎とシロウの手料理を口にする時のような感動は感じられない。饗してくれる二人には本当に申し訳ないのだが、私にとってはシロウの食事が一番であるのは動かしようのない事実だ。 まあ、それはきっとこの家で食事をする人間全てに共通することであろう。凛は言うに及ばず、桜にも、大河にとっても。 「シロウ、おかわりをください」 「ん――はいよ」 シロウからおかわりのごはんを受け取り、かれいと一緒に食べる。甘辛い煮汁と引き締まったかれいの身はごはんにとても良く合う。 次ににくじゃがに箸を伸ばし、柔らかでありながら煮崩れしていないじゃがいもを咀嚼する。 「――ふむ」 やはり、美味しい。かつてブリテンに在ったときの食事とは天地ほどの差がある。いや、比べることすらシロウに対する冒涜だろう。 何故なら彼はなんであれ、常に精進を忘れない人だ。 それは料理であれ例外ではなく、台所で食事の仕度をしているときの表情を見ればよくわかる。見惚れるほどに真剣な表情だから。 そんなシロウが作ってくれた料理だからこそ人を、少なくとも私を幸せに出来るほどに美味しい。 特に今日のこのにくじゃがは―― 「……」 「? シロウ、どうしたのですか?」 なにやらシロウが私の顔を見てにこにこと笑っている。 その笑顔を向けてくれるのは、その、とても嬉しいのですが、正直私にはシロウにそのような笑顔を向けてもらえる心当たりがない。――もしや私はなにか粗相をして、シロウはそれを笑っているのでしょうか? ……なにか、おかしいことがあっただろうか。なにも、おかしなことはしていないと思うのだけれど。 「あの、シロウ」 「ん?」 「シロウはなぜ私を見て笑っているのですか?」 問うとシロウは「いや、な」と言ってそれこそおかしなものを見たかのように含み笑いを漏らす。 ……なんだろうか、ますます気になる。 「シロウ、お願いだ。どうしたのか教えてほしい。あなたにそのように笑われるのは――気になる」 箸を置こうとして――やっぱりもう一つだけじゃがいもを食べてから――改めて箸を置く。見ると凛もかれいを口に頬張りながらシロウと私とを交互に見やり、何度か咀嚼してからこくりと飲み込んだ。 「なんなの、士郎。セイバーがなんか恥ずかしいことでもした?」 「凛――あなたは今とても失礼な発言をした」 「ああ、だからケンカするなって言ってるだろ。まったく……いきなり今日になってなんなんだ、二人とも」 きしりと、再び間の空間をきしませた私と凛の間にシロウが割って入る。 しかしシロウ。あえては言いませんし、私とて気づいたのはついさっきですが、実は火種はずっと前に育っていたのです。貴方はいつかそれを知るべきだ。きっとその火種は、私だけではなく、桜の中にも着々と育っていることでしょうし。 まあ、今はそれはいいでしょう。 「それでシロウ、いったいどういうことなのですか」 「ああ、そんなにたいしたことじゃないんだけどな――」 そう言ってシロウは再び私に笑いかける。 「セイバー、自分じゃ気づいてないかもしれないけどさ、飯を食ってる時って実はちょっとだけ笑ってるだろ」 「……はい?」 「それにこくこくとひとつずつ頷きながら食べてるし――」 そ、そうなのでしょうか。確かに食事時は他のどの時間よりも多くの幸せを感じる時間ではありますが――自分ではそんな、笑顔など浮かべたつもりはないのですが。それに食事をしながら頷くなど、そんな不可解な行動をこの身が取っていたとは……シロウはそれで、 「――それがさ、なんか可愛いなって思った」 それで、そんなことを考えていたというのか。 …… …… …… 「な。何を言っているのですか、シロウは……」 「えっ? あ、いや。だからさ、その……」 「わ、私が……そのようなことなど」 「いや、セイバーはそんなことなくないぞ。その、ほんとにそう思った」 「は、はい……そ、そうですか」 急に言われてシロウの顔も見ていられなくなり、視線を下に落とす。目に入ったのは、自分が手に持った赤塗りの箸。 シロウが私にと、わざわざ買って来てくれた私のための箸だ。 ――よしんば私が、食事をしながら微笑んでいたとしても、頷きながら食べていたとしてもそれは仕方ないではないか。 だって、シロウの作ってくれる食事は美味しい。そのひとつひとつを味わいながら食べても不思議はないと思う。それは微笑みだって浮かべようものだ。 「……」 私はシロウが作ってくれたにくじゃがを箸で摘み、もうひとつ食べる。 「――ふむ。やっぱりシロウの作ってくれた食事は美味しい」 こくり、とひとつ確かめるように頷いて――。 「にくじゃが、ありがとうございます。シロウ……とても嬉しい」 私は今、ちゃんと微笑んでいられているだろうか。 顔は全体が熱いし身体も熱を持っている。こんな状態で自分はシロウに微笑んで見せているだろうか。あまりの熱さに喉が乾いて水がほしくなってきたが、今はシロウを見ていたい。 言葉ではいくらでも美味しいと、感謝の言葉を伝えられるけれど、できるならば態度でも示したいと思う。 シロウ。いつも感謝しています。あなたの作ってくれる食事は、とても美味しい。それがちゃんと伝わるでしょうか――。 シロウは一瞬目を見開いて、口の中でごにょごにょとつぶやいていたが、やがて顔を赤くしたままできちんとこちらに向き直り、 「ああ、そう言ってくれるとこっちも作った甲斐がある。ありがとな」 そう言ってシロウも笑ってくれた。 ああ、だめだ。頬がますます熱くなってきた。だが、これが心地よい。 このような事態を招いたのが目の前にいるシロウだとわかっていて、目を逸らしたくなるというのに、できることならずっとこうしてシロウを見ていたいとも思う。矛盾した感情が同居する、不思議な感覚。 こんな曖昧な自分は、以前の私ならば切り捨てていたのだろう。だが今ならばこうした気持ちになれるのが逆に嬉しくも感じられるから不思議だ。 目の前で私と同じように頬を紅潮させているシロウはどのように思ってくれているだろうか。 と、視界の端で私とシロウの顔を交互に見ていた凛の表情が速やかに変化を始めた。 きょとんとしたものから、まずい、と気づいた顔に。 そして視線がやぶ睨みのそれに変わり、眉の傾斜が鋭くなり。 次いで頬にわずかな朱を帯びて膨らんだ。 「士郎っ」 ひとこえ叫んで凛がシロウの傍に詰め寄る。ああ、少し近づきすぎです。更に言えば邪魔しないでください、凛。 だが凛はますますシロウに近づいて、その顔を下から覗き込むようにする。 「……ハンバーグが食べたい」 「は?」 急に落ち込んだかのようにぼそぼそと何事かつぶやいた凛に、シロウが問い返す。 凛はシロウの問いに反応して頬を更に紅潮させた。きっちりと正座した膝の上で組んだ彼女の細い指先が、落ち着きを無くして忙しなく動いている。 こういう態度を取る凛は非常に珍しい。いつもは勝気で全身に生気を漲らせている凛が、こういう態度を取るのは少なくとも私とシロウの前でだけだ。 そしてその時の彼女は、女性としてとても一生懸命なのだということを、私はなんとなくわかっていた。 「だから……ハンバーグが食べたいの、わたし」 「はんばーぐ? なんでまた」 ああ、だからシロウ……貴方は鈍いと言われるのです。 凛が今、とても一生懸命に自分を伝えようとしていることを、なんでわかってあげられないのでしょうか。これまで自身の女を無意識的にとはいえ捨てていたこの私ですらわかるというのに。 だから、凛が次に取る行動だって許容できてしまうのだ。 「だからーーーっ! わたしはハンバーグが食べたいって言ってんのよ、このばかーーーっ!!」 予想通り。あくまで予想通りの展開。 彼女のその大声にふすまと障子がびりびり震え、庭に不法侵入していた近所の野良猫の気配が遠ざかっていくのが感じられた。 咄嗟に耳に塞いでおいてよかった。至近距離で怒鳴られたシロウは、おそらくは耳鳴りに目を白黒させている。自業自得だが。 「あ、あー、遠坂」 「なによっ」 「とりあえず近所迷惑になるから夜中に大声出すな」 「うっ……」 「で、作るのはいいけど、なんでだ? いきなり」 まったく……だから、それを聞きますかシロウ。トントン耳を叩いて調子を確かめている場合じゃありません。 案の定、凛は小刻みに震えながら頬を真っ赤にして、その身には魔力まで帯び始め―― 「……だって」 ――た、途端にそれを消し、先ほどのようにしおらしい彼女へと態度が一変する。 凛は指先を擦り合わせるようにしながら、口の中で何事かつぶやいて、その自分の指先を見つめながら時折シロウの様子を伺うようにちらりと覗いた。 シロウもさすがにそんな凛に問い返すようなことはせず、ただ彼女に見入ってその次の言葉を待つ。 凛がシロウと自分の指の間と視線を往復させること数十回。ようやく彼女は意を決したように息を飲み、しかし顔は俯き加減に彼の瞳を覗き込む。 「だって……ずるいじゃない、セイバーばっかり」 絞り出すように、凛は口にした。 「士郎ってばなんだかさ、今日はさっきからセイバーばっかり優しくして」 「そ、そうか……なあ?」 「私に聞かないでください、シロウ」 「そうよ、セイバーに聞かないでよ、ばか。わたしだって……」 俯いたまま唇を尖らせて言葉を切る凛。シロウはひとつため息をつく――おそらくは自分自身に。 そして目の前にある凛の小さな頭の上に手を乗せて、 「ゴメン、遠坂。俺、もしかしたらおまえのこと傷つけてたか」 「……そういうことじゃないけど」 「でも俺はおまえがそんな風に思ってるなんてわからなかった。だからゴメン。俺、ばかだからそんなこともわからなかった」 シロウはゆっくりと慈しむように彼女の髪を梳る。それは私もまだやってもらったことのない、羨ましいこと。 凛は気持ち良さげに目を細め、だがしかしそれをシロウには見せまいとますます俯いて視線だけは一生懸命にシロウを睨む。 「なあ、遠坂。どうしたら許してくれる?」 「――普通、そんなこと女に聞かないわよ」 「そっか……でもやっぱり俺ばかだからさ。わからない。だから教えてくれ、遠坂。どうしたら許してくれる?」 「そんなに自分のことばかばか言わないでよ」 同感だ、シロウは決してばかなのではない。 ただ不器用で正直で、優しくて一生懸命なだけだ。そんな彼が自分のことを貶す言葉は正直聞いていられない。それはそんな彼を好きなった私たちを貶しているということと同義だからだ。 凛も仕方がない、といったようにひとつため息をつき、そこで顔を上げてシロウを睨みつける。 そのくせ口元がほころんでいるのだから、まったく以ってその辺りが凛らしいというのか。 「ハンバーグ」 「わかった。明日はおまえが好きなもの作るよ」 「うん」 なんというか――やはり敵わないという気がした。 同じ人を想う私が目の前にいるというのに、よくぞここまでやってくれるものだ、遠坂凛という少女は。敵ながら流石といったところだろうか。ここまでされてしまっては、何を言う気も起こらない。 目の前でうっとりとシロウに頭を撫でられている凛を見ながら、私はかれいの煮つけと白いごはん、そして私のために作ってくれたにくじゃがを次々と頬張る。それでもシロウが作った食事はやっぱり美味しくて嬉しくなってしまう。 だからため息をつきたくてもつけないのが困るといえば困るだろうか。 ですが――凛、貴女はわかっているでしょうか。 あなたは今の一連の己の行動が、私に対して塩を送ったということに気づいているでしょうか。 『敵に塩を送る』というのもまた、この国にある言葉の一つなのですが、図らずも貴女は意識せずにそれをしてしまったのです。 先ほどから俯いたまま、あなたがシロウに向けていた視線とその表情。これこそが今の時代に言う『上目遣い』というやつですね。 以前、桜がシロウに対してこの戦術を試みていたのを目にしたことがあります。 もっともその時、俯いていた桜の目線は長い前髪の向こう側に隠れていて、シロウにはむしろ恐怖を与えていたような気がしますが――それはきっと桜が不用意に自分の口元を歪めていたのが原因でしょう。どうやら桜にはこの戦術は向いていないようだ。 だが本来、この戦術は男性に対して非常に効果的なものであると見ました。 証拠に、先ほど凛にこの視線を向けられていたシロウの頬が一気に紅潮する様をこの目で見ているからです。 この戦術ならば――私にも使いこなせるはず。 先ほどの『色仕掛け』と合わせて今日は二つ、心の兵法書に戦術を刻み込みました。 私はこうして今日も少しずつ成長し、女として強くなっていく。 今はまだ及ばずとも、いつかは凛に手が届く位置にまで登りつめてみせる。ああ、そういう意味では彼女は私の敵であると同時に、師でもあるということか。好敵手――と、呼んでもいいのだろう。 ですから凛、今はまだ私と貴女の間には差がありますが、あまり油断しないように。 この身はいつだってシロウを望み、彼と共にあるのですから――。 一方その頃――。 「桜ちゃぁ〜ん……せんせい、おなかすいたよぉ〜う」 「ええ、そうですね。わたしだってお腹がすきました」 「ほらほら、二人ともきりきり働く働く! 特に藤村先生! ご自分の御乱心の結果がこれなんだから、きっちりと責任は取ってくださいね」 藤村大河、並びに間桐桜の両名は、バーサーカーがあの巨体で激しくタップを踏んでもこうはなるまい、とばかりに破壊された弓道場の掃除をしていた。ちなみに監督役は美綴綾子女史。ご苦労なことである。 「ううっ……しろうー、おねえちゃんおなかすいたよぅ。ごはんが食べたい〜」 「先生、わたしだっておなかすいてるんです。先輩のごはんが食べたいんです。ごちゃごちゃ言ってないで手を動かしてください」 「うっうっ……桜ちゃん怖いよー」 ――ちなみにタイガー御乱心とはいったいどんなものであったか。封印指定を施された今ではその全容を知る者はいない、とかなんとか。 余計なあとがき いやまあ、公開したら驚くくらいに吃驚仰天。こんなに反響があるとは思ってもいなかった短編。 全自動SSリンクで、『続編を』ということを仰ってくれた方がいて、掲示板にもその旨の書き込みがあったのだわ。 そんなわけでちょっと嬉しくなったので、調子に乗って蛇足を書いてみました。 ちなみに構想3分。プロットは脳内プロット。成分はノリと勢い。書いてる時間は……ヲイヲイ午前6:00だよ。 カップめん並みのインスタント短編なのでした――のわりには、結構長いぞ、これ……。 本格的な続編を書くかは、降臨する電波次第。なんかネタ思いついたら、同じ設定で書くと思いますので〜。 感想、ご意見などございましたらこちら、もしくはBBSまでよろしくお願いします。 二次創作TOPにモドル |