「シロウ、私は先に行って足を止めます」 「あっ、ちょっと待てアルトリア! ――ったく、あいつあの突っ込み癖、いい加減なんとかしないとな!」 止める間もなく、剣も持たずに徒手空拳で庭へ飛び出していくアルトリア。結界が反応したということは相手は俺たちに敵意を持っているヤツで、そして展開から言っておそらくアインツベルン絡みだろう。 そんな敵を相手に武器も持たずに突っ込んで行ったアルトリアに毒づきながら、俺は台所へ駆け込む。 「すまん遠坂! アルトリアのフォロー頼む! リーゼリットさんとセラさんはイリヤを!」 「まったくもう! こういう時に限って宝石持ってないなんてーっ!」 俺の声に応えるが早いか、遠坂も左腕の袖を捲くりながら庭に飛び出す。 そしてリーゼリットさんとセラさんは、俺が頼む間でも無く既にイリヤの前に彼女を護るようにして立っていた。 「さっすがはパーフェクトメイドコンビ、そつがないな」 あの分ならイリヤの安全もしばらくは大丈夫だろうと思う。だが相手は正体不明の敵なのだし、たとえアルトリアが迎撃に出たとはいえ油断は出来ない。 そんなつまらないことで苦汁を舐めるのはゴメンだし、万一イリヤを失いでもしたら後悔さえ許されない。 だからまずは――敵を倒すための武器が必要だ。 アルトリアには剣を、そして俺には……弓と矢を。 材料ならばある。この間戯れに買ってきた麺打ち棒とストックだけなら何本もある菜箸を手にとって――。 「 アインツベルンの森でバーサーカーを迎撃する時にやったことと同じだ。 撃鉄を下ろし、魔術回路のスイッチを入れる。途端魔力は体中に流れ出し、俺の意のままとなる。 今から想像するのは弓、そして矢。狙った標的を確実に射抜き落とす、必中の射撃武器。 ――基本骨子を解明し変更する。 ――構成材質を解明し補強する。 創造された理念を想い、脳裏に描いた完成形に従い、魔力を流し込む。 そしてこの手の内に結ぶ――。 「 出来上がった弓と矢は、元の材質が何であれ間違いなく弓矢として成っていた。本物には遠く及ばないにしろ、そもそもまともに当てられるものと思っちゃいない。ただ、アルトリアの援護が出来るならば、これで十分用は足りる。 そして次。俺の武器を作ったならば、次はアルトリアに剣を用意してやらねばならない。 「―― それを為す魔術は投影魔術。そも、衛宮士郎の魔術回路はこの魔術に特化している。 だがしかし、今からこの手に投影する武器はただの武器ではない。 かつてアーサー王が手にしていた選定の岩の剣―― だが俺は既にその剣を二度まで投影しているし、それに何より元はアルトリアの剣だ。ならばこの俺に投影できないはずはない。 工程を八節に分け、担い手を彼女とし、俺の世界に黄金の剣をイメージする―― と、その時、庭のほうから何かが撃たれるような轟音が響き、台所の窓がびりびりと震えた。 「――っち!」 まずった。なんて、未熟。 この程度で動揺し、工程が綻びるなど魔術師として許しがたい失態だ。それにこの程度で彼女がどうにかなると思うなら、彼女に対する不信でもある。 だが今更悔やんだところで既に遅く、俺の手には既に剣が投影されている。見た目は完璧な これじゃあせいぜい 「このざまじゃ、あとで遠坂に大目玉だな」 自分に厳しく弟子にも厳しい師匠の怒りの様を想像し、首筋に薄ら寒いものを感じるが所詮は自業自得と覚悟して、剣と弓矢を持って俺も庭に走る。 アインツベルンの刺客――とくれば、ほぼ間違いなく相手は魔術師だ。 魔術師の名門である一族が放ってくる刺客なのだから生半可な実力者ではないはず。遠坂クラス、というのはそれこそ考えたくもないことだが、最低でも衛宮士郎クラスよりは確実に上のレベルの魔術師だろう。 それはアルトリアと遠坂を相手にいまだ戦闘を続けていられる事実からも良くわかる。 となれば、魔術だけでなく単純な体術ひとつとっても相当な使い手のはずだ―― 「って、おい。ちょっと待て」 それは、おかしい。 あんまりにも理不尽すぎやしないか? 脳裏に浮かんだ不吉な予感――それを確認するためにも俺は彼女たちが戦っているであろう庭に飛び出した。 ――night 07―― 『ヴァーサス』 「うわっ」 せっかく援護用に弓矢を用意したのだが、あれでは援護のしようが無い。 アルトリアと敵である白い少女は、つかず離れずの位置を保ったまま激しい格闘戦を演じている。どうやら相手は徒手空拳の使い手らしい。 双方、絶えず動き回り、アルトリアが肉迫すれば相手はすかさず間合いを離れ、拳打を繰り出せば捌いてかわす。逆にアルトリアの一瞬の隙があると見ればすかさず自ら迫って拳を繰り出す。 もちろんアルトリアだって、そうそう簡単にそれをもらうわけもなく、風を巻いて唸る一撃を見切って見事にかわす。 ――が、 「……あれがさっきの音の正体かよ」 「魔力を拳に付与して接触の瞬間に解放してるのよ。いくらアルトリアだって、あれをもらったらタダじゃすまないわね」 爪を噛みながらその光景を凝視する遠坂の顔色も冴えない。 一見華奢で、拳を握るよりも花を摘んでいるほうが似合うような少女だが、彼女が放ち地面を穿った一撃は、鈍い音と共に小さくクレーターを作っていた。 敵の少女――真っ白な、ちょうどリーゼリットさんやセラさんの着ている服に似た、深いスリットの入ったワンピースのような服を着て、腰まで届く長い銀髪を振り乱してアルトリアと打ち合っている彼女が、先ほど屋敷の外で一瞬見かけた少女なのだろう。 なるほど確かにイリヤと見間違えるのも無理はない。その美しい銀髪も、雪を散らしたような白面も、成長した暁のイリヤを髣髴とさせるものだったから。 そんな彼女の手足は本当に華奢で、それを言ったらアルトリアも同じなのだが、一見してこのような激しい戦いを展開できるようにはとても見えない。 だが事実として彼女は俺たちに付け入る隙を与えず、アルトリアと互角に戦い、地面に深い傷跡をつけるほどの実力を持っている。 ――とにかく、だ。 この場はどうにかして彼女を退けないことには仕方ない。 向こうがイリヤを狙っていて、俺たちにイリヤを渡すつもりがない以上、話し合いになりはしないだろう。 一先ず地面に持っていた あの戦いの中に我武者羅に突っ込んでいったってアルトリアの足手纏いにしかならないだろう。 ならばイメージしろ。想像し、脳裏に描くのはアルトリアの動き。 彼女のことならばわかる。鍛錬を通じて身を以ってアルトリアの剣を知り、一番近いところでアルトリアの戦いを見て、共に幾度の死線を潜り抜けてきたのだ――これで彼女の戦い方を知らないどとは、口が裂けても言えやしない。 確かに俺では彼女たちの動きについていくことはできないだろう。 が、アルトリアの戦い方をイメージし、次の動きをトレースし、数手先を読んだならば―― 一手目――アルトリアが前に出る。 二手目――繰り出した拳打を少女は捌いて反撃。 三手目――アルトリアもまたそれを屈んでかわし、低い体勢から当身を打つ。 四手目――少女はその当身を、後ろに飛ぶことで受け流す。 ――ここで隙ができることを、俺は事前に察知する。 「遠坂! 合わせろッ!」 「ッ!」 さすがはもう一人の 「!」 放たれた魔力弾と菜箸の矢は狙い過たず、少女の足元に突き刺さり、あるいは咄嗟に庇った彼女の腕に当たって弾けた。 それで彼女にダメージを与えられたとは思えない。腕に当たったガンドにしたって、纏っている魔力の前に沈黙している。 しかし、アルトリアにとってはそれで十分だった。 「――は」 一息で間合いに踏み込み、 「AH!」 踏み込みも完璧、小柄とはいえアルトリアの体重が全て乗ったショートアッパー気味の拳が、モロに少女の水月に突き刺さる。 ほんの僅かに目を見開いてそれを受けた少女の身体は、勢い余って空に浮いた。これで決まった―― ――と、思えたのは一瞬だけだった。 「ヤバイ! やっぱりアルトリア弱くなってる!」 悲鳴のようにあげた遠坂の声に反応したかのように、倒れるはずの少女はしかし、浮き上がったその身を強引に戻す。そして渾身の一打のあとで体勢を崩しているアルトリアに向けて、唸る音が届くほどに容赦ない一撃を頭部めがけて見舞った。 「アルトリアッ!!」 脳裏に走った残酷な光景――破砕音と共に弾ける彼女――は、アルトリア自身が身を捻ってかわしたことで再現しなかったものの、ただ掠っただけで彼女の身体は大きく吹き飛んで地面に転がる。 その光景を見ている俺の視界は真っ赤に染まり、同時に理性の紐がいとも容易く焼ききれる。 「てめぇぇええッ!」 「ちょ、馬鹿士郎! ったくぅ!」 あれで彼女が死ぬはずはない。いかにセイバーであった頃の力を―― だが理性と感情は別の生き物だ。 彼女は大丈夫だ、だからあくまで援護に徹しろと――いくら理性が命じたところで感情を制御できない。焦がすような感情の炎に急かされ、身体は走る。 そんな俺に反応したのか、少女は倒れているアルトリアには見向きもせず、真っ直ぐにこちらに向かってくる。 飛んでくる遠坂のガンドをやり過ごし、弾きつつ、狙っているのは―― 「――イリヤか!」 彼女の目はハナっから俺なんか見ちゃいなかった。アルトリアでさえ、前からいなくなれば放置するくらいだ。呆れるくらいにイリヤのみを狙い、彼女を奪うことのみを至上の目的としている。 あまりに徹底しすぎている。倒れているアルトリアが立ち上がり、背後から襲い掛かる可能性すら考慮していないというのか? 「っ、それがどうしたぁっ!」 俺が彼女とイリヤの直線上に立っているなら、止められるのも俺だけだ。 ならばここで俺がヤツを止めて、ついでに一発叩き込んでやる。 相手が女の子だろうとなんだろうと、悪いことしたら報いを受けるのは当然のことだ。 「だっ――!」 完全に間合いに入った少女に向けて、手にしていた弓を大きく振りかぶって思いっきり叩きつける。 所詮は台所用品でできた半端物の弓はそれだけで悲しいくらいにあっさりと砕け散り、藻屑となって果てた。だがこれで少しだけでもダメージを与えられたなら、新品の麺打ち棒も報われるってもんだ、が。 「けどやっぱりそんなに上手くいくわけないよなぁ、くそっ!」 冷静に考えればアルトリアのあれだけ見事な拳打にさえ殆どダメージを受けなかった彼女が、この程度でどうこうなるわけがない。 そして少女は目の前の俺を完全に無害と無視したか、捉えきれぬスピードで白い影を残してイリヤに向かう。 砕けた弓の残骸を投げ捨てて、少女の後を追う。 既に彼女は屋敷の軒先に飛び込んでいて、ここからじゃ俺は到底間に合わず、リーゼリットさんとセラさんが突破されればイリヤは容易く奪われるだろう。そしてあの二人に彼女を止める術はないだろう。 いかにパーフェクトなメイドといえど、アルトリアと互角に戦いうる相手をどうこうできるとは思えない。だが彼女たちはそれがわかっていてもイリヤの前からどこうとはしないだろう。ならば、彼女たちの身も危険に晒されていると思っていい。 何もかもが上手くいっていない。全ての状況が悪い方向に転んでいる。 このままではイリヤを敵に奪われ失い、リーゼリットさんとセラさんも傷ついてただではすまない。 「なんてこった――え?」 突然、目の前を走っていた少女の身体が横にそれた。 視界に飛び込んだのは、相も変わらずぽやーんとした表情のリーゼリットさんの露になった白いふとももと、巻きついているガンホルダー。そして真っ直ぐにこちらを向いている黒い銃口――って、 「おい、ちょっと待てーーー!?」 叫ぶと同時に何かが俺を掠めていき、ぬるりとした冷たい感触が頬を伝った。 俺がその事実に愕然としている間に、リーゼリットさんが向ける銃口は右に左に逃げる少女を追いかけ、立て続けに引き金を引いている。硝煙が上がっても音がしないのはサイレンサーをつけているからだろうか。 「ほら、あんたもぼさっとしてんじゃないわよ」 「と、遠坂……そ、そうだったな」 いつの間にか俺の横に並んだ遠坂も少女に向かって既にガンドを放っている。アルトリアも俺が用意した とにかく今は言い訳も何もかも後回しだ。 縁側に立てかけてあった竹箒を引っ掴み、即座に強化をかけて居間に飛び込む。 そしてアルトリアの鋭い斬撃をかわし、遠坂のガンドを弾いている少女に一気に詰め寄り、思いっきり竹箒の柄を叩きつけた。 「――!」 「四対一でも卑怯って言うなよ!」 少女が右腕を持ち上げて防いだところで柄を翻し、今度は穂先を突き込む。ただでさえチクチクして痛いのに、その上更に強化しているのだ。 まともに決まればひとたまりもあるまい――! なんて思っていたのだが、繰り出した竹箒は右手一本で簡単に打ち払われ、返す刀で放たれた掌底が深々と突き刺さる。 「グ」 漏れる息もない。 俺の身体はふわりと浮き上がってテーブルの上に広がっていたカップや茶碗を粉々に粉砕しながらそこに落下した。 腰から落ちて背中を強かに打ち、最後に後頭部が急須を弾いて割った。 「シ、シロウ!」 「だ、大丈夫。なんともないぞアルトリア」 彼女が掌底に魔力を籠める余裕がなかったのが不幸中の幸いか。 息は詰まり胃の奥からこみ上げてくるものはあるが、内臓が砕かれたわけでもなく、ましてや動けないわけでもない。 背中の痛みと腹部の鈍痛をこらえて立ち上がる。 それを見たアルトリアは僅かに安堵の表情を浮かべたが、次の瞬間、牙を剥いた獅子へと変貌し、更に激しく斬りかかっていく。 唸りを上げて振り下ろされる剣先。 アルトリアの斬撃を身を捻ってかわした少女だったが、間髪入れずに胴を狙って迫る切っ先が僅かに掠めて過ぎていく。裂かれた服の隙間からはやはり真っ白な肌が露出して、僅かに滲んだ血の色が目にも鮮やかだ。 もちろんそれだけで止まるアルトリアではなく、刀身に渦を巻くほどの斬撃を次々に繰り出し、少女も徐々に追い詰められていく。 それに合わせて放たれた遠坂の黒い呪いの弾丸が、少女に降り注いでその足元を抉り、腕や身体に這わせた魔力障壁を削る。 遠坂のガンドは物理的な破壊力を持つ『フィンの一撃』だ。 それをああまで防ぐ少女の魔力障壁も半端じゃない。あるいは纏っている服は魔術兵装の類なのかもしれない。 だが、一発や二発、十発が効かなくとも、それ以上にガンガン撃ち込まれたらどうか。普通の魔術師ならばそれだけの数のガンドを撃てば息が上がるかもしれないが、ンなこと全く気にしないのが遠坂凛という女だ。 「ちょこまか動くんじゃないっ、大人しく当たんなさいよ!」 もはや既に暴走機関車と化し、ばきゅんばきゅん撃ちまくり。ああ、なんかとても楽しそうだな、遠坂。 逃げる相手を追っかけて追い詰めるのとか、すっごい好きそうだし。 遠坂が狩猟本能に目覚めているか否かはともかくとして、何十発と放たれたガンドは、遂に少女の腕を弾き飛ばして体勢を崩し、その足を止めた。 次の瞬間―― 「――!!」 少女の右肩に赤い花が咲いて散った。 「リーゼリットさん……!」 構えた拳銃の銃口から立ち昇る硝煙。 右肩を撃たれた少女はさすがに不利を悟ったか、撃たれた方を抑えながら即座にきびすを返す。 「貴様、待て!」 「いい、アルトリア、追うな」 「しかしシロウ……」 逃げていく少女の背中はかなりの速さで遠ざかっている。いくらアルトリアでも、今から追いかけたところで追いつけないかもしれない。 だったら無理に追いかけたところで無駄というものだ。それに、 「いいって。ひとまず追い返しただけでも良しとしよう。アルトリアだって無傷じゃないだろ」 「それはそうですが……」 何とか避けたとはいえ、少女の魔力の籠もった一撃を受けたのだ。それで無傷ですむはずがない。 アルトリアのこめかみの辺りには血が滲んで、白いブラウスはところどころが破れて汚れている。 こんなになってまで彼女は頑張ってくれたのだ。これ以上無理する必要なんて、今はない。 「ありがとうな、アルトリア。助かった」 「う……そんなことを……」 彼女の頭に手を置いてぐりぐりと撫で回してやると、それだけでアルトリアは大人しくなってしまう。 真っ赤になってうーっ、とこちらを恥ずかしそうに睨んでいるが、睨んでいるだけで大人しく撫でられてるんだからアルトリアだって満更でもないんだろう。……ていうか、そういう素直じゃないところもとても愛い。 「……ん?」 そうしてアルトリアの頭を撫でていたら、その手にぽつりと何かが当たった。 やがてそれはぽつぽつと、一粒だけでなく次から次へと降ってくる。 見上げると低く垂れ込めた曇天から俺をめがけて雫が幾つも落ちてきていた。 「雨か、降るとは思ってたけどほんとに降ってきたな……」 「! あっ、洗濯物……! 洗濯物を取り込まねば!」 「ってほんとに取り込んでなかったのか……」 雨に気づいたアルトリアは慌てて走って行き、今は一生懸命物干し竿から洗濯物を外している。さっきまであれだけの戦いを繰り広げていたにも関わらず、終った途端にこの通り、普通の女の子に戻っている。 徐々にアルトリアも変わってきている。だけど何で…… 「士郎、こんなところで考え込んでたら濡れるわよ」 「遠坂……」 「不安になるのはわかるし、考えられる理由もあるわ。だからとりあえずその話は後、そんなことで風邪ひいたら馬鹿みたいでしょ」 「ああ、わかったよ」 遠坂に促されて雨の下から屋根の下に歩く。 雨足が強くなってきた中、ふと振り返ってもその先に白い少女の背中は見えず、雨のカーテンが視界をぼんやりと霞ませていた。 「で、リーゼリットさんは何やってんの?」 ぶんぶんと拳銃を振り、カチカチと引き金を引いているリーゼリットさん。首を小さく傾げながら逆に聞いてくる。 「弾切れになったのに、リロードできない」 「できるわけないだろ」 っていうか、ゲーセンかよ。 粉々に砕けたカップの破片。 ガンドのとばっちりでこぶし大の穴が開いた壁。 障子なんてもうぼろぼろで、全面張り直しが必要だ。 みんな土足で上がりこんで激しく動きあわったもんだから、畳は思いっきり禿げ上がっている。 「ほんと、見事なまでに兵どもが夢のあとだな」 「ま、仕方ないんじゃない? あれだけの魔術師との戦闘の被害がこれだけで済むなら安いモンよ」 「確かにな。イリヤの無事と引き換えるならどうということもないし」 俺たちが学校に言っている間のアルトリアの尽力のおかげで綺麗になっていた居間は、もはや見る影もなく荒れ果てている。 しかしなんだかんだ言って全員無事なのだし、イリヤだってこうして奪われずに済んだ。ならば万事結果オーライなのではないだろうか。 ポジティブシンキング、ポジティブシンキング。これ、重要。 「だからそんなしょげ返った顔しなくていいんだぞ、イリヤ」 「うん……ごめんね、シロウ」 珍しくしょんぼりしているイリヤの頭を――と、そこにはチビヤが鎮座ましましているので、ほっぺたをくすぐるように撫でてやる。 「それじゃあな、イリヤ。この崩壊しきった居間を片付けるのを手伝ってくれたらチャラにしてやる。おまえが少しでも責任を感じてるって言うならさ、自分の後始末は自分でつけなくちゃな」 「……うんっ。ありがとう、シロウ」 手に頬をこすりつけるようにしながら、屈託のない笑顔を浮かべる。 まあ、なんだ。……その、イリヤはやっぱりすごい可愛いと思う。 だからこんなに綺麗な笑い顔を向けられると、照れくさいというかなんと言うか……正直、ドキドキしちまうぞくそう。 「士郎、言っとくけど犯罪よ」 「シロウ様、イリヤスフィール様は確かにお美しい方ですが、その趣味はあまり褒められたものではないかと」 「シロウ、ぶっちゃけて、ロリコン?」 「私は貴方を信じてます。信じてますよ、シロウ」 ていうか、こいつらどいつもこいつも。人を汚物でも見るような目で見やがって。アルトリア、信じてるって言いながらその薄ら冷たい目線はなんなのさ。 痛い、ココロが痛い。やたらとココロにイタイ傷を負うことが多くなったような気がする今日この頃。 「シロウ」 「ちくしょう、身体の傷よりココロの傷のほうが……って、どした、イリヤ?」 「大丈夫だよ、シロウはロリコンなんかじゃないもの」 「へ?」 いや、そりゃまあその通りなんだけどさ。なんでそんなことを突然仰るのでしょうか。 リーゼリットさんもセラさんも、何でそんなに真摯な顔をしているのか。 だがイリヤは戸惑っている俺の顔を見て、くすりと笑うと、 「だからね、シロウは安心して私のことを好きになっていいんだから!」 なんて言って、首っ玉に縋りついてきた。ああ、アルトリアの顔がだんだん怖くなっていく。ついでに遠坂の視線はだんだん冷たくなっていく。 神様、俺なんか悪いことしましたか? と、玄関のほうから、がらがらと引き戸を開く音と一緒に飛び込んでくる騒がしい声が。 「しろーう! 雨に降られて濡れたからタオルとお風呂とご飯用意してー!」 「ただいまです、先輩。すいません、わたしにもタオルお願いできますかー?」 ああ、そういえば彼女たちがいたんだっけね。すっかり忘れてたよ。 荒れに荒れまくった居間といつの間にかやってきている謎のメイド二人。どう説明すりゃいいんだか。部屋の後片付けする前に片付けなきゃいけない問題が増えちまったなぁ。 「とりあえず遠坂、悪いけどあの二人にタオル持ってってやってくれ」 「いいけど。あんたはどうすんのよ」 「……言い訳でも考えとく」 「そうしときなさい」 手をひらひら振って楽しそうに笑ってる遠坂を見送り、俺はイリヤを抱きかかえたままふかーいため息をついた。 これがいわゆる、踏んだり蹴ったり、ってやつなんだなぁ、と。 『な、なんじゃこりゃー!? そして誰だこりゃー!?』 と叫ぶ藤ねえを宥めてすかして手懐けて、どうにかこうにか納得させるのに約一時間。 さぼる遠坂と逆に散らかす藤ねえを説教しながら部屋を片付けること約二時間。 すっかり遅くなっちまった夕飯を食べ終えたのが一時間ほど前で、藤ねえと桜を家に送ってきたのがついさっきだ。 二人とも敏感に何かを察したらしく、しきりと今日は泊まって行くと主張していたのだが、さすがにそれを認めるわけにはいかない。このあと、関係者だけでいろいろと対策会議をしなきゃならないだろうし、何より藤ねえと……桜はこんな世界に関わらせたくない。 別れる前の桜の寂しげな顔が心に痛かったけど、それでも桜には……できることならずっと向こう岸にいてほしい。そう思うのは、俺のただのわがままかもしれないのだけれど。 「……さて」 予想通り、もうだいぶ夜も遅いというのに道場には明かりがついていた。きっとアルトリアだ。 部屋を片付けているときもメシを食っている時も、表面上はなんでもないように振舞っていたがそんなの俺には通用しない。アルトリアだってそれが判っているから、俺が帰ってくるまで道場で待っていた。 彼女は掛け軸の前で身を正し、静かに黙していた。 ひんやりと冷えた空気の中、静まり返った道場で瞑想する彼女は、ともすればこの空気の中に溶け込んでしまいそうほど、あまりに自然だった。 だが同時に、見た者の目を捕えて離さず、脳裏に姿を焼き付けてしまうほどに彼女は凛として美しかった。 そのアルトリアの碧眼がゆっくりと開いて、俺を捉える。 「おかえりなさい、シロウ」 「ただいま、アルトリア」 たったこれだけのやりとりだが、それだけで俺たちは互いに満たされる。 何の屈託もなく互いに『おかえり』と『ただいま』が言えることがどれだけ嬉しいことか、一度は失って身に染みて知っているから。 「……」 で、なんて言ったものか。 そもそも俺は遠坂のように彼女が力を失った原因などわかってやれず、見当もつかない。 だからといって落ち込んでいるアルトリアに何もしてやれないなんて、それこそ冗談ではない。 こういう時に自分が半人前だということを痛いほどに痛感する。自分の半人前のせいで、大切なひとにすら手を差し伸べられないなどと――あんまりに情けないじゃないか。 だがここでないもの強請りをしてもしょうがない。俺が半人前なのは最初からわかっていることだ。 ――なんだ。だったら無理して言葉を弄する必要もないか。 天啓の如く閃いた思いつき。だけど、結局のところ俺にはそんなことしか出来ないとも自覚している。 我ながら不器用なことだとは――思うけどな。 「アルトリア、良かったら一丁、俺に稽古つけてくれないか?」 「シロウ?」 立てかけてある竹刀を取って、アルトリアの分も放って渡す。使い込んだその柄は、しっくりと手に馴染んだ。 竹刀を構えてアルトリアに相対すると、彼女も少しだけ笑って、そして次に引き締まって俺に対峙した。 「やるならば手は抜きません。いいですね、シロウ」 「もちろん。そんなのこれっぽっちも期待なんてしてないし、それじゃ鍛錬にならないだろ」 「……そうでしたね。愚問でした、忘れてください」 俺の額に真っ直ぐ向けられた切っ先が、ひんやりと、押し付けられているような錯覚を受ける。彼女はただ黙って俺に対峙しているだけだというのに、それだけで既に命を握られているような気がする。 もう何度も何度も味わった感覚。 アルトリアがセイバーだった頃から少しも変わらない、手足が痺れるような圧倒的な剣気。 「では、シロウ。……いつでも」 「応よ」 応えて俺は竹刀を構え、アルトリアに飛び掛っていった。 それから三十分間、十二本。俺はアルトリアに散々に打ち払われた。 所詮、俺じゃまだまだ彼女には届かないのはわかっていたけど、こうまで歯が立たないところをまざまざと見せ付けられると、彼女を護ると誓った俺としてはどうにもこうにもやるせない。 「だからせめて、一本くらいは太刀打ちできるところを見せなきゃなぁッ!」 十三本目、小細工も何も弄することなく、ただ全力を以ってして打ちかかる。振り上げ、打ち下ろす速度のみを追求した、馬鹿正直な剣。 だが、 「ふむ、確かにそれが今の貴方が持ち得る最強の剣でしょう。ですが」 アルトリアはわずかに右に身をずらすだけで斬撃を回避する。そして返す刀で、がら空きになった右胴に火が出るような一撃を叩き込んでくれた。 「くはっ……」 「いかに最強の一撃足りえても、それが当たらなければ何の意味もない。ただ我武者羅に放てば良いというものではありませんよ。最強とは、であるが故に己への覚悟も要求されるもの。外されれば自身にも必殺足り得ることを覚えておいてください」 「けほっ……はっ、等価交換ってやつか。魔術師の専売特許だと思ってたんだけどなぁ……」 「そんなことはありません。一つを得るのに一つを失うのはそれが何であろうと同じ。等価交換は世の理、全く自然のことです」 「……そっか」 つぶやき、俺は竹刀を放り捨てて道場に大の字になった。打たれた胴が痛み、しばらくは動けないだろう。 冷たく硬い床に頭を預けて大きく息を吐き、天井を見上げる。 一つを得るのに一つを失う、それが天然自然の理、か。 だとしたら俺がこれから進もうとしている道は、自然に逆らうことと同義なのだろうか。何一つ零さず、全てを救いたいと願うことは。 切嗣は――親父も俺と同じことをかつて思ったんだろうか。正義の味方になりきれなかったあの男は。 「シロウ……どうかしましたか?」 「アルトリア?」 気づけばアルトリアが俺を優しい瞳で見下ろしていて、その次には俺の頭は彼女のふとももに乗せられていた。 彼女は見上げている俺にくすりと微笑んで、 「等価交換です。鍛錬を頑張ったシロウへの褒美です」 「なるほど、な。でもそれにしちゃあ、ご褒美が豪華すぎないか?」 「いえ、これには私自身への褒美も含まれてますから問題ありません」 そんな冗談めいたことを言いながら、アルトリアは俺の髪を優しくなでてくれている。 二人だけでいる夜の道場はとても静かで、つい数時間前にあれだけの戦闘があったことなど嘘のように穏やかだった。 叶うことならば、こんな時間がずっと続けばいいと思う。誰も泣かず傷つかず、笑っていられる時間が。 だが現実にイリヤは狙われ、アルトリアは僅かとはいえ傷つき、敵であるあの白い少女もまた傷ついた。 彼女が何者なのか、詳しく聞いていないからまだわからない。 でも今日のこれだけで全てが丸く終わったなどと、俺だって思っちゃいない。彼女はまたきっと、イリヤを狙ってやってくるだろう。 「シロウ」 「ん?」 見上げたところにある彼女の碧の瞳が、淡く揺れている。 「申し訳ありません、シロウ……私は、弱くなってしまった」 「……そうだな」 わかりきっていることを否定して『そんなことはない』と言うのは簡単だ。 だが言うだけで後がない。所詮はその場しのぎの慰めに過ぎず、必ずその言葉を覆すことになる。 そんなことはアルトリアだって求めていない。だからこれはただの確認で、俺には彼女の懺悔を肯定する他なかった。 俺が彼女に、他に言ってやれる言葉など―― 「等価交換、かな」 「……そう、ですね。そうかもしれない」 「ああ、きっとそうだ」 ――こんな、少しだけ前向きなごまかしの慰めしかない。 「それでは、致し方ありませんね。シロウと共にいられることの代償であるならば、安いものです」 「ごめんな、アルトリア。おまえだけに背負わせちまった」 「何を言っているのですか、シロウ? 私が背負う荷は貴方も共に背負ってくれるものと思っているのは……私の自惚れでしょうか?」 「あ、いや。その通りだ。間違ってない、アルトリアの言う通りだな」 だがそれがごまかしだとわかっていても、こうして気持ちを楽にして、笑い合えるならそれでいいとも思う。 使い方一つで人を喜ばせたり悲しませたりと、心を左右する言葉ってのはつくづく魔法だ。……こんなこと言ったら遠坂に怒られるかもしれないけど。 魔法というのは現代の技術で実現できない神秘のことを云々と――でも、この世界のどんな技術に人を心から笑わせるものがあるだろうか。ならば言葉と言うのは真実魔法なのではないかと、そう思う。 「――アルトリア、無くなっちまったモンは仕方ないさ」 「ええ、わかっています。それに力を失ったところで私の何が変わるわけでは……ありませんから」 「ああ。人は力のみに生きるに有らず、だ。それにこのままでも十分おまえは強いだろ。見ろよ、これ」 寝そべったままシャツの裾をめくりあげ、先ほど打たれて赤くなっているだろう腹を見せ付けてやる。 あれだけの強さで打たれてまだひりひりしてるんだから、たぶんミミズ腫れが明日まで残っているだろう。 だが当のアルトリアはしれっとした表情と口調で、 「これはシロウがまだまだ未熟であるという証です。そういうことは僅かなりとも私を本気にさせてから言うのですね」 「げ、あれでまだ手加減してるのかよ。本気で怪獣だな」 「な! か、怪獣とは何ですかシロウ! 己の未熟を棚に上げ、人を貶めるなど……精神的にも未熟な証拠です!」 俺の頭を膝に乗せたまま、顔を真っ赤にしてうがー、と怒るアルトリアが無性に可愛い。 なるほどこれがあれか、好きな子をいぢめたくなるという心理なのだな。ふむ、なかなかに良いものだ。 「聞いているのですか、シロウ!」 「あー、わかったわかった。悪かったってば」 だけどあんまりいぢめすぎたら、膝枕っていう最高のご褒美を取り上げられかねない。 それはさすがに等価交換の代償としては高価すぎるので、この辺でやめておこう。……ま、今度はまたいつか機会があったら、だな。 代わりに頬の横に流れている彼女の金色の髪のひと房を手にとって弄くりながら、 「弱くなっちまったならさ、一緒にまた、ゆっくり強くなればいいさ。アルトリアが弱くなった分、俺が頑張るから」 「――はい。ありがとう、シロウ」 彼女はそう言って微笑んで俺の頬に手を当てる。 そして俺も彼女の頭の後ろに手を回し、ゆっくりと自分の方に引き寄せて―― 「で、お話は終わった、二人とも?」 ――あかいあくま様に見られていた。 「とっ!? とっ、とっ、遠坂おまえーーー!?」 「い、いつからそこにいたのですか!?」 ずさーーーっ、と互いに離れて距離をとってそいつに怒鳴る。 「ここにきたのはついさっきだけど、あんたらの様子ならずっと道場の入り口で見てたわよ。竹刀で打ち合ってる頃から」 「って、最初っからじゃねえか!」 「そうとも言うわね」 にっこりときれいな笑みを浮かべながら言いやがるあくま。ちらりと見ればアルトリアも頬を真っ赤にして俯いている。 なんてこった……よりにもよってこいつに見られるとは。後で引き換えに何要求されるかわかったもんじゃない。 「まあ、あんたたちの仲がいいのは今更だから別にわたしには……関係ないんだけどさ。アルトリアが弱くなっちゃった理由。推測に過ぎないけど、いちおう聞いとこうとか思わない?」 「あ、ああ……そういえばおまえ、そんなこと言ってたっけ」 「言ってたわよ。帰ってきたら聞かせてやろうと思ってたのに、あんたさっさとアルトリアのところに行っちゃうんだもの」 「そ、そうか。悪い」 「……別にいいけどさ」 別にいいとか言っといて、じゃあなんでぷいっとそっぽを向いちゃうかなこの娘は。 毎度のことながらわかりやすかったりわかりにくかったり、遠坂凛という女の娘だけは読めん。 「凛、それでその理由とやらですが……」 「そうね……さっきあんたたち、等価交換の話してたでしょ?」 「ん? ああ、してたけど」 「多分、それが正解よ」 ぴん、と指を一本立てて、その指を真っ直ぐアルトリアに突きつける遠坂。 「理由は良くわからないけれど、今のアルトリアは正真正銘の人間よ。そりゃ、人間離れした魔力量と剣技は持っているけど、ただそれだけ。あくまで人間であって、もうサーヴァントじゃない」 「ああ、そうだな」 「……そうだなって、あんた。それだけ? これでわからない?」 「む……仕方ないだろ。俺は遠坂みたいに頭がいいわけじゃないんだからさ」 「あのね……頭がいい悪いじゃなくて、少しは考える頭を持ちなさい、衛宮君」 遠坂は一つため息をつくと、魔術の師匠としての顔を以って俺を睨み据えた。 「それじゃアルトリア……一つ聞くわ。あなたアーサー王だったときに、サーヴァント・セイバーと同等の戦闘能力を持っていた?」 遠坂の唐突な質問に、アルトリアはほんの少しだけ考えて、 「……いえ。身につけていた剣技は同じでしたが、身体能力……特に魔力放出の技能は……あ」 「気がついた? そういうことよ、アルトリア。士郎は?」 「ああ、よくわかった。なるほどな……そういうことか」 つまりアルトリアは――サーヴァントだった頃は自然に行っていた魔力放出による身体能力の向上が、今となってはできなくなっているのだ。 女性であり、体格だって小柄なアルトリアが、例えばバーサーカーのような敵と互角に打ち合えたのは自身の莫大な魔力を身に纏い、身体能力を強化していたからに他ならない。逆に言えば、魔力を上手く制御して利用できなければ、アルトリアの身体能力はあくまで人間レベルの達人と変わらない。 それにしたってたいしたものだが、今日の白の少女のように自身を魔力で強化しているのが相手では分が悪いのは当たり前だ。 遠坂がアルトリアにアーサーだった頃とサーヴァント・セイバーだった頃と、戦闘能力に差があったか聞いたのはそのためだ。 もし、アーサー王だった頃も自身の魔力を制御できていたとしたらともかく、そうでなかったなら、当然普通の人間に戻った今のアルトリアに魔力の制御なんて簡単にできるわけがない。 サーヴァントはそもそも魔力を糧として行動する存在だから、その頃のアルトリアが自分の魔力を制御するのは息をするように容易いことだったのかもしれないけれど、今の彼女の身体はそういう風にはできていないのだから。 というか、アーサー王にセイバーと同等の戦闘能力があったら、彼女はまさしく一騎当千・万夫不当の伝説を残していただろう。 「ま、とにかくそういうことよ。でもね、アルトリア。曲がりなりにもセイバーだったときはちゃんと自分の魔力をコントロールして身体能力を強化してたんだから、今のあなたに同じことができないはずないのよ。今はただそれを忘れているだけ。ちゃんと思い出せばかつての力を取り戻すことだって可能なはずよ」 「そ、そうなのですか、凛!?」 勢い込んで遠坂に迫るアルトリア。 口ではなんだかんだ言ったって、やっぱり不安が消えるはずはなかった。特に彼女は真面目で責任感が強いから尚更だろう。 俺はそんなアルトリアに、もうちょっと俺のことも頼ってほしいと思うのだけれど。 「で、それにはどうすればいいんだよ、遠坂」 「簡単なことよ。忘れてるんだったら思い出すようにこちらが誘導すればいいんだわ。というわけで、アルトリア。今日からあんたもわたしの弟子よ」 「「……え?」」 期せずしてハモる俺とアルトリアの声。 対して遠坂のほうはといえば平然とした、というか何を当たり前な、とでも言いたげな顔をしている。 「え? じゃないわよ。魔力による身体能力の強化だって立派な魔術なんだから、それを教えてやれるなんてわたしくらいじゃない。……それともアルトリア、イリヤにでも教えてもらう?」 「う……そ、それは」 「そうね。イリヤスフィールだってナリはああでも超一流の魔術師よ。彼女に師事しても同じ結果が得られるかもしれないわね」 ただし、と続けて、 「その場合、貴女はイリヤスフィールの『弟子』になって、彼女を『師匠』と崇めることになるけど……ま、それでもいいならね」 にやりと微笑むあかいあくま。 ああもう、これで決まりだな。所詮、アルトリアのような純粋無垢な少女が百戦錬磨の遠坂に口で敵うはずもなかったのだ。 アルトリアは傍目にも疲れたようにぐったりと肩を落とし、 「いえ……是非、貴女にお願いしたい。凛……」 そう、小さく小さくつぶやいた。 ……どうでもいいんだけどさ。 俺が師匠になるっていう選択肢はなかったのか? いちおう俺も魔術師なんだけどさ…… まあ……なかったんだろうなぁ。 あとがき 書いてる途中、短編モードと混じってアルトリアをセイバーと書いてしまうときがあります。こりゃどうにもならんのぅ。 それから、ええい……! リーズリットなのかリーゼリットなのか、いったいどっちなのさー! 本編とか本家投票ページではリーゼなのに、マテリアルではリーズ。いったいどっちがどっちなんだか、これはもしやプレイヤーを混乱させる罠なのか? とすら思ってしまったり。正体不明の謎メイド・リズ。 しょうがないので開き直って、この作品ではリーゼリットで統一することに。愛称はリズだけどな。 あとメイドのふとももから拳銃とか投げナイフが出てくるのはもはやデフォルトだと思っているのだけど、私だけなんでしょうか? あと今回採用した戦闘能力のバランスコントロール。まあ、こんなカンジに。 人間のアルトリアにサーヴァントのセイバーと同じ戦闘能力があったら、戦闘シーンがレッドキング対ウルトラ警備隊になっちゃうからなぁ。 感想、ご意見などございましたらこちら、もしくはBBSまでよろしくお願いします。 二次創作TOPにモドル |