立ち込める土の匂いと緑の匂い。生臭い獣の匂い。それらが綯い交ぜになった不可思議な匂いが鼻をつく。
 ぎぃぎぃと、声がする。猿の声のようなそうでないような、甲高くて妙に癇に障る騒がしい声。一番近くで、荒々しい自分の吐く息の音すらかき消されて、それが一層苛立たしかった。
 それにここは薄暗い。腕に巻いた安物の時計の針は正午少し過ぎを指しているのに、あるべき光が全然足りない。まるで部屋の電気を消したかのよう。
 屋外において本来頭上にあるべき空と雲は見上げても見当たらず、代わりにあるのは互いに幾つも折り重なった影と影と影。その隙間から僅かに零れて檻を作る陽光の一線が俺の眼を焼いた。

 足取りは重く、身体も重い。
 肉体に負担する疲労よりも、精神を侵す疲労が色濃く、どろりと絡み付いて前に進もうという気を次から次へと飲み込んでいく。それでも尚、足を動かすことをやめないのは、早くここから抜け出したいという本能じみた願望のせいだった。

 やがて俺の爪先が光の色に染まる。
 垂れていた頭を上げると、そこには黄金の色に染まりあがった光のプールが出来ていた。そこだけぽっかりと、穴が開いていた。
 その光に誘われて、頭上を仰ぎ見る。



 キィエエエエエ〜〜〜



 奇怪な怪鳥の声が、どぴーかんな五月晴れの空に木霊した。空一面に青のペンキをぶちまけたような鮮烈な青空。
 そんな空を見上げる俺を馬鹿にするように悠々と空を旋回している極彩色の塊が、その声を上げた張本鳥だった。

 鶏の鶏冠。ペリカンのくちばし。アヒルの水かき。ペンギンのボディ。そして白鳥の持つ美しい白翼。

「ていうか、アレはどんな生物だ?」

 たった一人、少なくとも日本のどこかにあるとは思えない鬱蒼と茂るジャングルで、じめじめと全身を浸す湿気に汗を流しながら、俺は鳥モドキをぼんやりと見上げていた。

 そもそも俺たちは動物園に遊びに来たはずだ。
 誰もが嬉しいゴールデンウィーク最後の休みに、衛宮家一同は連れ立って動物園に遊びに来たはずなのだ。
 言いだしっぺは藤ねえで、動物園など行ったことのないアルトリアとイリヤはどことなくうきうきした様子だったし、桜も弁当を作ったりしてくれてたし、遠坂だって口ではなんのかんのと言いながら、しっかり付き合ってくれた辺りそれなりに楽しみにしてくれていたはずなのだ。

 だってのに、何故俺たちは園内に入った瞬間に離れ離れになり、こんな人外魔境に迷い込んだりするのだろう。

「おーい、アルトリアー!?」


 アルトリア〜?……トリア〜?……リア〜?


 心と心で通じ合っている彼女に大声で呼びかけてみたものの、しかし返事はなく、虚しく俺の声がジャングルに木霊するのみ。
 ……っていうか、なんでジャングルの中で声が木霊するんだよ、オイ。木霊ってのは声が壁や山にぶち当たって反響する現象だ。右を向いても左を向いても上を向いても樹に囲まれたこの場所のどこに壁があるんだ?
 屋外と見せかけて、実はどこかの建物に入りこんだのだろうか。それともどっかのあくまが生み出した不思議空間に迷い込んだか? タイガー時空?

 どちらにしろロクなもんじゃねぇ。
 なんだってせっかくの休みの日にこんな目に合わなくてはいけないのだろうか。

 ……
 ……
 ……

 ああ、なんだ。簡単なことだ。

「そもそも事の発端は藤ねえなんじゃないか。そういうことなんだな」

 俺はあの日の、これまたいつになく際立って突き抜けた笑みを浮かべていた、その時の藤ねえを思い出した。

『うわーい! 士郎ー、おねえちゃん教授からどうぶつえんのチケットもらっちゃったー! 久しぶりに大学に行ったら棚からぼた、っておもちが落ちてきたのだ。士郎、おねえちゃん今日はおぞうにが食べたいなー』

 などと。
 とりあえず会話の前後の繋がりがまったくないのが意味不明かつ、いかにも藤ねえといった感じなのだが、ともかく藤ねえは大学の教授とやらから動物園のチケットを貰って来たらしい。ちなみにこの後、雑煮を作ったわけだが、概ね好評だったのでそれはよしとしよう。
 よろしくなかったのはそのチケットにあった、動物園とやらの名称――。

『冬木がくがくどうぶつランド』

 ――もう、怪しさ最高潮。

 事実、このチケットをアルトリアに見せたとき、彼女の妖怪アンテナはびんびんに反応しまくっていた。どのくらい反応していたかというと、『シロウ、このチケットからものすごい妖気を感じます!』ってな具合だ。
 何でもこの動物園、その教授とやらの親戚が経営している動物園らしいのだが、藤ねえから聞いたその教授の人となりとやらがまたすごい。
 自宅で666種のペットを飼育し、全身は黒尽くめ、しゃべるシカを常にお供として連れ歩いているらしい。好物がプリン・ア・ラモードなのがちょっぴりキュートでしょ、とか藤ねえは吼えていたが、俺からすればそれすらも不気味さを増すエッセンスである。



 ともあれ俺は反対したんだ。聖杯戦争で培ったこの俺の危機感知能力が、こいつはヤバイと告げていた。
 それでも尚こうしてここに来てしまったのは、とりあえず虎が暴れたのと、イリヤが行きたそうな顔していたからなのだ。
 藤ねえはともかくとして、イリヤのわがままはできるだけ聞いてあげたいと思う。

 イリヤがこの国にやってきてから三ヶ月、そろそろこちらでの暮らしにも慣れてきたが、こうして外出して遊園地だとかに遊びに行ったことは一度もない。
 いくら多少大人びているとは言っても、イリヤはまだまだ子供なのだ。
 同じ年頃の女の子たちがしているようにいろんなところにだって遊びに連れて行ってやりたいし、本当は学校にだって通わせてやりたい――が、逆に同じ年頃の子供たちに、イリヤがすんなりと馴染めるかというとそれもどうかと思う。
 なにせ彼女は、ごく普通の一般人としての常識は殆ど持っていない。良くも悪くもイリヤは純粋すぎて、自分の思うままにしか行動できず、その価値観は普通の子供のそれとはあまりにかけ離れている。それをイリヤ自身も弁えているから――悲しいことに彼女の世界は狭い。
 だから彼女が動物園に行きたいというのなら、それは叶えてやりたいと思った。

 ――だからといって、いきなり最初がコレなんて、あまりにインパクトが強すぎるんじゃないでしょーか。

 ただでさえちょぴり性格がひねくれて、ちびっ子あくまなイリヤがこれ以上ヘンなことを覚えてしまうのはお兄ちゃんとしてはかなりいただけない。


 ああ、そうだ。そうだとすればこんなことをしている場合ではなかった。
 こんなところにアルトリアや桜、イリヤをほったらかしにするわけにはいかない。こんな状況なのだからどんな危険があるのかわからないのだし、もしかしたら今そこで俺に齧りつかんと間合いを計っているパック○フラワーのようなヤツが他にいないとも限らない。

 ……まあ、遠坂と藤ねえはなんとかするだろ、遠坂と藤ねえだし。





Day Dream/vow knight

――night 05――

『girl's holiday』






 土管から出現して火を吐いてくる植物や、やたら目つきがバイオレンスなシカやらの襲撃をかわしつつジャングルの中を歩くこと約三十分。途中、幾度も木々を切り開き、河を渡ったり流されたりと道なき道を歩き続け――。

「なんというかこう……どこかで見たデザインだな」

 ウサギ小屋、とでかでかと看板に書かれたその建物は、何故だか某有名正義超人が田園調布に構えていた家にそっくりだった。そりゃまあ、ウサギ小屋とは言われてたけどさ、コレはあんまりにあんまりなんじゃないだろうか。ベタすぎて。
 ともあれ、この中にはぐれてしまった衛宮家の人間がいる可能性は限りなく高い。連中が、こんな楽しそうな建物を見つけてじっとしていられるような大人しいのだったら、俺の日頃の苦労がどれだけ軽減するか。

「なんにせよ……入るしかないんだろうなー」

 嫌な予感がする。今すぐ家に帰ってふとんかぶって眠ってしまいたい気持ちで一杯だが、連中をこのまま放っておくのも忍びない。
 というわけで俺は、うりゃー、と気合一発扉を潜るのであった。



 突入したウサギ小屋は、外面はなんともアレだったものの、中は意外にも普通だった。
 広いスペースに十数匹のウサギが放し飼いにされており、白くて柔らかい毛玉のような彼らが思い思いに飛び跳ねている。他にも丸まって重なり合ったり、耳をぴんとさせて後ろ足で立ってこちらを窺っていたり。
 だが誰も人間である俺を恐れる様子はなく、どちらかといえば興味津々な、好奇心いっぱいの視線を向けてきている。
 それは外の世界とはまるで違う、ほのぼのとした絵本の世界の光景だった。

 その中で女の子が――イリヤが、絵本の主人公として、ウサギたちの輪の中にひとり座り込んでいた。
 真っ白なウサギたちに囲まれた、真っ白に純粋な少女。
 ぺたりとおしりを落とし、自分を見上げてふんふんと鼻を鳴らしたり、かまって欲しそうに前足を膝に乗せるウサギたちをどうしていいのかわからず、困ったような、それでいてなんとなく嬉しそうな、微妙に引きつった顔でウサギを見つめている。

 ――やれやれ。普段あれだけお兄ちゃんには傍若無人なくせに、こんなときばっかり不器用な妹さんだことで。


「イーリヤ」
「! あっ、シロウ」

 声をかけてようやく俺の存在に気づき、ぱっと顔をこちらに向けた。つられて周りのウサギたちも俺に振り向くのがなんとも微笑ましい。
 ウサギたちにイリヤの隣を譲ってもらい、すぐそこに体温を感じられる場所に腰を降ろす。ウサギたちは随分と人に慣れているようで、突如現れて居場所を奪った闖入者にも脅えることなく、やっぱりふんふんと様子を窺ってきた。
 俺は俺を見上げているチビの、そのふわふわのちいさな頭を優しく撫でてやりながらイリヤに話しかける。

「こんなところにいたのか、捜したんだぞ?」
「勝手にいなくなっちゃったのはシロウだもん。タイガもリンもサクラもアルトリアも、みんなどこかに行っちゃったんだから」

 まあ……確かにそうかもしれないけど、俺だって好きでいなくなったわけではない。
 それに俺からしてみれば、いなくなったのはイリヤたちなわけで――と、そんなことは今はどうでもいいか。俺の発言に気を悪くしたのか、イリヤがむーと可愛らしく眉根を怒らせて、こちらを睨んできている。
 やれやれ……お姫さまがへそを曲げて暴れ出す前に謝っておいたほうが身の為だな、これは。

「悪い悪い、でも俺だって好きで離れ離れになったわけじゃないんだぞ。いつの間にかイリヤもいなくなってワケわからなかったのはこっちも同じだって」
「言い訳なんて男らしくないんだから。――でも、確かにここはちょっと不思議なところね」
「藤ねえのツテだけあって、ちょっとどころじゃないような気もするけどな……で、イリヤはずっとここにいたのか?」
「え? う、うん……」

 イリヤは何故か口ごもって、撫ぜる俺の手のひらに目を細めて鼻を押し付けてくるチビに視線を落とした。

「みんないなくなっちゃって、目の前にこの小屋があったから入って……最初はすぐに出て行こうと思ったんだけど、この子たちが……」
「囲まれちゃったわけか」
「……うん」

 こうして話している間にもイリヤの視線はチビに向けて注がれている。チビも自分をずっと見つめているイリヤに気づいたのか、彼女と同じきれいな紅の瞳でじっとイリヤを見つめ返している。

「――ほら、イリヤ」
「えっ!? ちょ、シロウ?」

 俺は撫ぜていたチビを抱え上げて、イリヤの手に持たせてやった。
 イリヤは自分の手の中に突如やってきたぬくもりと柔らかさと、そして確かな重たさに、目を白黒させてチビの顔と俺の顔とに視線を交互にやっている。チビはチビで、目をくりくりに開き小首を傾げて大人しくイリヤを見つめ上げている。

「ほら、抱いてやれよ、イリヤ」
「う、うん……でも、えっと」

 今までにウサギみたいな小動物を抱いたことなどないのだろう。見た目でわかるくらいにおろおろしながら、視線でどうしたらいいのか、俺に問うてくる。
 時に大人びた態度を見せたり、年頃に似合わないくらいにしっかりしているイリヤではあるが、こうしたところは普通の女の子と何ら変わりない。
 ――むしろ、イリヤくらいの年の頃の子が、こうして動物と触れ合えるような機会すら無かったってことの方が異常だ。もう、過ぎたことだが、なにが悲しくて、イリヤみたいに純粋で可愛い女の子が、聖杯戦争なんて物騒な戦いに身を投じなければいけなかったのか。
 あの戦いがなければ俺たちは確かに出会えなかったかもしれないけれど……それは確かだけれど――。

「シロウ?」
「――ん。ほらな、こうやって……手で支えてやってな、落っこちないように添えてやるだけでいいんだ」
「う、うん」

 イリヤの手を取ってやり、チビの身体を支えるように導いてやる。
 小さなイリヤの右手はチビのお尻に添えられ、左手でその背中を支えるように抱きかかえる。

「……」

 初めてウサギをその手に抱いたイリヤは、声も無くただ自分の手の中の小さい重みを見つめて、やがて恐る恐る自分の胸に引き寄せる。

「……わぁ」

 思いもよらぬあたたかさに感動したのか、小さく囁くような声を漏らし、丸く開かれた口が次第に笑みの形に変わっていく。次に、先ほどよりももっと慎重に、まるで消えてしまうことを恐れるかのように、ゆっくりとチビの身体を自分の顔のほうに抱き寄せていく。
 と、チビが抱かれていた身体を伸ばし、その鼻先をイリヤの頬に擦りつけた。

「!」

 突然の濡れた冷たい感触に、イリヤは少し驚いたのか一瞬顔をぱっと離したが――

「……あはっ」

 ――そう、本当に嬉しそうに笑い、本当に素直に心の赴くままに、柔らかい身体に頬擦りを繰り返した。

「ねえ! シロウ! シロウ! すごいよ、あったかいよ!」
「そっか」
「ふわふわだぁー、あははっ、あはっ、あったかい! すごい!」
「ああ、イリヤ。すごいのはわかったけど、あんまりやりすぎるなよ」
「え? どうして? だってこんなにあったかいのに……」

 チビを抱き寄せたまま、不思議そうな顔をしているイリヤ。
 彼女は気づいていないかもしれないが、その腕の中にいるチビは少々窮屈そうな表情をしている。それでも尚、イリヤから離れないのは、チビもその場所をまだ心地よいと感じているからなのかもしれないが――。

「イリヤ、そいつにだっていろいろと思うことがあるんだぞ。自分だけじゃダメだ」
「……そうなの?」

 イリヤは俺に問いかけ、俺が頷くと、今度はチビの顔を見て同じ問いかけをした。チビは黙ってふんふんと鼻を鳴らしているだけだったが、イリヤにとっては何か通じたものがあったのか、

「……うん、わかった。シロウの言う通りにする」

 そう言って珍しく、俺の言うことに素直に頷いた。
 俺はそんなイリヤが可愛くて、思わずその銀色の髪をくしゃくしゃにしてしまった。
 イリヤはその感触にくすぐったそうに目を細めてくすくす笑顔を見せてくれる。

「んー、なに?」
「いや。イリヤの髪は気持ちいいな」
「そうかな? ――うん、シロウの手もおっきくて気持ちいーよ」
「……なあ、イリヤ。知ってるか? ウサギってすごい寂しがりやなんだぞ」

 俺は突然、イリヤにそんな話をしていた。

「寂しがりや?」
「ああ、ずっとひとりぼっちにしてると、寂しさのあまり死んじゃうんだ」
「……ふぅん」

 なんでいきなりこんな話をしたのかというと……なんとなく、イリヤとこのウサギが似ているな、と思ったからなのだ。
 そんなことイリヤに言うつもりはないけれど、イリヤも本当は寂しがりなのだと思う。
 今までずっと傍にいたバーサーカーを失ったときのイリヤを、俺は今でも忘れられない。今までずっと一緒にいて、絶対であると信じていた彼を失い、イリヤは独りぼっちになった瞬間、自分の意識を現実から手放した。

 その光景を目にした時の彼女の気持ちはどんなものだったろう。


 遠坂には覚悟があった。俺は別離を受け入れていた。

 でもイリヤには何もなかった。その死別は、まったくの突然で理不尽なものだったに違いない。でも、もし彼女に俺たちのような何かがあったとしても、やっぱりイリヤは同じだったと思うのだ。
 それがどうしてかはわからない、わからないけど確実に言えることは、もう二度と、一瞬でもイリヤを独りになどしない。
 俺たちのうち、誰もいなくなるような本当の孤独になど、してたまるものか。


「ゴメンなイリヤ、独りにしちまって」
「……別にいーよ。ウサギがいたもん」

 髪をゆっくりと撫でる俺の手のひらに甘えながら、イリヤはしれっと、そんな憎まれ口を叩いてくれた。



◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ウサギ小屋でイリヤと別れ、俺は他の連中の捜索を開始した。……なんか、動物園に来たはずなのになんでこんなことをしているのだろうか、理不尽な気持ちに苛まれないでもない。
 本当はイリヤも一緒に連れてこようと思ったのだけれど、彼女はもう少しあそこでウサギと一緒に遊んでいるとのことだった。お兄ちゃんとしては少しだけ心配なのだが、まあ、イリヤは藤ねえと違ってしっかりしてるし、知らない人にふらふらついていくようなヤツじゃないだろう。



 そうしてこうしてやってきたのが、今度はこれまたでかでかと『狐狗狸さん』と書かれた檻の前……というか、物陰からそこを窺っているわけなのだが。

「いったい誰があの異様な雰囲気の中に乱入していけるというのだろうか」

 狐狗狸さんというだけあって、その檻には狐と狸が一頭ずつ入れられ、キツネとタヌキだけあって仲が悪いのか互いに犬歯をむき出しにして睨み合い、唸り合っている。それもまた、動物園の見世物というには少々相応しくない、一種近寄りがたい雰囲気ではある。

 ――が。

 ぶっちゃけ、俺にとってはそんなんどうでもいいのだ。


「……」

 向かって左、キツネ側の檻の前に遠坂。

「……」

 向かって右、タヌキ側の檻の前に桜。


 別に犬歯を剥き出しにしているわけではないし、互いに死なス視線で睨み合っているわけでもない。
 だがしかし、魔力にも似たうっかりしたら視認すら出来てしまいそうなほどに存在感を持った、こってりと重たい異様な空気が二人の間に渦巻いている。あ、なんか俺、いつの間にか手のひらと背中にものすごく嫌な汗かいてるな。
 それにしてもなんであの二人があんなふうに対峙してるんだか。

「……のこと」

 む。風に乗って二人の話している声が少しだけ聞こえてきた。

「なによそれ……どういうこと?」
「そんなの決まってるじゃないですか……わたしは……」

 何だか盗み聞きみたいで気が引けるのは確かなのだが、二人がなにを話しているのか気になるのも確か。
 ……というかあの二人、いつも同じ屋根の下でメシ食ったりしてる割には、あまり一緒に話している光景を見たことが無い。別に仲が悪いようには見えないけれど、特に親しいという風にも見えないからな。
 なんかそれってちょっと寂しいよなぁ。

「あんたは……どうだってのよ」
「……わたしは、わたしは好きです。ずっと見てたんです、中学の頃から」
「……あんた、それ」
「はい、今でもです。きっと、ずっと変わらないと思います。……ううん、変わりません」

 とかなんとか。
 俺が二人についていろいろを思いを馳せている間にも、会話は風に乗って流れて聞こえてくる。

 ――っていうか、これって恋愛相談というヤツではないデスカーーー!?

 いかんいかん。さすがにこれ以上は聞いてはイカンな。
 いくら親しいといっても当然その間に礼儀はあってしかるべし、である。
 それにしても桜にも好きな男がいたんだなぁ……ちょっとだけ感慨深いものがある。嬉しいような悔しいような……というか、けっこう悔しいかも。気持ちは可愛い妹を見知らぬ男に盗られてしまった兄の心境である。
 ――と、そんなこと考えている場合ではない。桜がいくら家族として俺を慕ってくれているとはいえ、こんな話は聞かれたくなんてないだろう。それをこんな厭らしい手段で知ったとなれば、俺は桜に嫌われてしまう。そんなの、俺だって嫌だ。

 俺は二人に気づかれないよう、そっと物陰から退散を始める。
 遠坂はあれでケモノじみた気配察知能力を持っている(特に俺に関して)から、行動は慎重の上に慎重を期す必要がある。見つかってしまった日には間違いなくガンド百連発だ。痛いのは嫌だ、暴力反対。

 じりじりと、抜き足差し足忍び足で後退していく俺。壇公三十六策、グルヲコレ上計トナス。
 すぱーんと逃げられればいいのだが、そんなことをして盛大に音を立ててしまえば、たちまちガンドが雨霰と降り注ぎ、俺は風邪をひいてしまうだろう。そうなったらアルトリアに看病してもらうんだけどなっ。

 ――それはそれでありかもしれん。

 などと益体もないことを考えている間にも、二人の話し声を少しずつ距離を遠ざけながら拾ってしまう。

「遠坂先輩は……なんですか?」
「……しは、別に……どうでも……」
「うそ……! 正直に……さん!」

 なにやら二人の話はクライマックスに向けて盛り上がりを見せていたが、その会話を盗み聞きするような資格は当然俺にはない。
 俺はこの三ヶ月で身に知って覚えた遠坂の知覚範囲を越えた瞬間、脱兎の如くその場を後にした。
 最後に聞こえた桜の言葉が少しだけ気にはなったが――それはきっと今はまだ聞いてはいけないことなのだと頭の中から追い出しつつ。

 というか……キツネが遠坂、タヌキが桜だとしたら、その間に挟まれたイヌって……誰になるんだろうなー。



◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 さて、さっきまでジャングルだったのに、いつの間にかサファリパークになっているという事実についてはもう目をつぶっておくとして。

「……アルトリア……」

 捜していた彼女は大きなの下にいた。圧倒的な大きさの木で、わかりやすく言えば『この木なんの木気になる木』と言えば、わかる人にはわかると思う。
 燦々と照りつける太陽の下、アルトリアは数頭のライオンたちに囲まれ、木の幹に背中を預けて腕に何かを抱いていた。
 遠目からなのでアルトリアの表情は良くわからない。けれども、何故だか穏やかに微笑んでいるであろうことだけはなんとなくわかる。彼女を囲んでいるライオンたちも、明らかに異種のアルトリアが群れに混じっているというのに気にした様子もない。
 まるでそこにいるのが当たりまえかのように彼女を群れに受け入れて、その傍らには見事なたてがみの雄ライオンが、まるで護るかのように伏して控えている。その周りにいるのは大人の雌ライオンと、時折ころころと転がったり跳ねたりしているのは子ライオンだだろうか。

 と、不意に顔を上げた彼女の視線と、彼女を窺っていた俺の視線がぶつかる。ついでに顔をのっそり上げた雄ライオンとも目が合った。
 アルトリアは俺の顔を見て微笑むと、ひらひらとその手を振って俺を呼んだ。ついでにギャレオン(仮)は俺に牙を剥いて威嚇している。

 やあ、アルトリアのところに行きたいのはやまやまなんですが、俺、彼らに迎え入れてもらえるんでしょうか。
 なんというか気分は、親父さんのところに『娘さんをボクにくださいっ』と申し込み行くような気分だ。そしてそれはなんとなく、あながち間違ってないんではなかろうか、などとも思えてしまうのだ。

「王様っていうか……あれじゃ、まるっきりお姫様だよなぁ、アルトリアってば……」



 結論から言うと、ギャレオン(仮)はけっこうあっさりと俺のことを受け入れてくれた。
 確かに最初は彼も含めて群れの連中みんなして俺に唸り声を上げてくれたもんだが、アルトリアがギャレオン(仮)の背をすっとひと撫でしただけで、みんな揃って大人しくなってしまったのだ。
 というワケで前言撤回。

「アルトリア、やっぱり君は王様だよ」
「は? なんですかシロウ?」
「いや、なんでも」

 そうですか、とそれだけで頷いて、アルトリアは腕に抱いた子ライオンの背中を撫でてやっている。子ライオンもアルトリアに甘えて、目を細めて自分自身を一生懸命彼女に擦りつけていた。
 アルトリアはそんな彼に本当に優しい瞳を向けて、自分もまた楽しげに微笑んでいる。

「そういえばアルトリアって、ライオン好きだったんだっけ?」

 俺はかつて彼女とデートした新都のファンシーショップでのことを思い出して、ひとり得心してこくこく頷く。

 今からしてみればあの時は、なんとも余裕がなかったものだと、そう思う。
 アルトリアと戦い以外の時間を作りたいと、そう思って彼女を連れ出した。サーヴァントではない、ただの普通の女の子の思い出を彼女と、そして自分に残しておきたかった。だから、あのとき強引だったけど、アルトリア……いや、セイバーとデートした。
 その時は特別楽しかったわけではない。逆に特別つまらなかったというわけでもなかったけど。
 ただ、そうすることに意味があるのだと、俺は刻み込むように彼女との時間を過ごした。

 でも、今は――

「なあ、アルトリア。今日は楽しかったか」

 だから、俺はあの時と同じことを聞いていた。

「……はい。いきなりシロウたちがいなくなってしまったことには、戸惑ったけれども」
「ああ、そりゃこっちも同じだよ」

 二人顔を見合わせて笑う。
 かしかしと、子ライオンがかまってほしげに手を伸ばしてくる。アルトリアは子ライオンの指を捕まえて、彼の肉球を弄って遊んだ。

「こんなに……穏やかなものだったのですね」
「え?」

 振り向くと、彼女は微笑みながらも、どこか泣きそうな顔していた。

「……アルトリア?」
「……今までは、ずっと戦の中にあって、身を休める時にもそのことを忘れたことなどなかった。シロウ、かつて私が貴方のサーヴァントであったときも、それは同じだった。王であり騎士である私にとって、それ以外のことは必要なことではないと――そう思っていました。そしてそれは今でも変わりません」
「……アルトリア、それは」

 反論しようと声を上げる俺を、だが彼女は制するように、更にその上に声を重ねる。

「だから、今はこんなにも穏やかなのが少し不安にも感じるのです。この緩やかな時に溺れ、自分を忘れてしまうのが恐ろしい。もし……もし、今後シロウになにかあったとしたら……それに、今の私では」
「ばか」

 瞳を伏せて、そんなことを言いかける彼女の言葉を、俺は一刀両断に切り捨てた。
 と、見る見るうちにアルトリアの表情がきょとんとしたものに変わり、次にむーと不満そうなものに変わる。

「ば、ばかとはなんですか、ばかとは! シロウ、真剣に悩む者を相手にそのようなことを言うのは失礼だ」
「だから、そんなことで真剣に悩んでるのがばかだって言ってるんだよ、俺は」
「なっ……!?」

 まったく、真面目すぎるんだよアルトリアは。サーヴァントじゃなくなってもその辺、ちっとも変わっちゃいない。
 そりゃまあ、だからこそ彼女らしいっちゃらしいんだけど、その融通のなさは少しくらい直したほうがいいと思う。

「いいか、アルトリア。今、俺たちがいるのはどこだ」
「ど、動物園ですが……」
「じゃあ、なんでここにきた」
「それは遊びに来たからに決まっている。シロウこそ、私をばかにしているのですか?」
「だったら素直に遊べばいいんだよ」

 って、なに目ぇ見開いてるんだよアルトリア。そんなの当たりまえのことじゃないか。
 せっかく聖杯戦争なんてのも終って、命を削りあうような戦いもなくなって、なんの心配もなく毎日を過ごせるようになったんじゃないか。なのになんだってそんなつまらないことを心配して、つまらない時間を過ごさなきゃいけないんだ。
 だからアルトリアはばかだ。

「おまえはもう普通の女の子と一緒なんだから、こんなときにまでそんなこと、気にしてなくたっていいんだよ」

 あの時のように、サーヴァントの使命に身を縛っていたアルトリアじゃない。
 楽しいことは楽しいと言っていいんだ。遊んでいる時は素直に楽しんで、笑ってほしい。
 ありもしない不安に脅えて過ごすことが穏やかだなどと、誰が認めるか。

「ですがシロウ……私は貴方の剣になると誓いました。ですからいついかなる時でも心は戦場にあることを忘れることはできない。でなければいざという時に貴方を護ることが出来ません」

 でも、こいつはこういうヤツだ。自分よりも俺を優先してしまう。
 アルトリアはいつか俺に、自分の命の重みを知らない、と言った。だけどそれは、アルトリアだって同じだ。俺たちは互いに、自分を置くべき場所に互いを居座らせている。それは……素直に嬉しい。

 だけどだからって、こんなときにまで楽しめないなんて間違ってる。
 俺が護ってあげたいと誓った、アルトリアの夢の続きは、彼女が普通の女の子として過ごせる当たりまえの幸せだ。その中には俺がいて、彼女は俺と笑っている。言ってしまえば、それは俺の幸せでもある。

 俺は彼女を護ることで、自分自身をも護っている――だって、衛宮士郎にとってアルトリアは半身だ。
 俺は彼女を幸せにすることで、自分自身をも幸せにする。何故なら衛宮士郎の幸せに、アルトリアはなくてはならない存在だから。

 だったらアルトリアは、俺のためにも、もっとこの日を楽しまなくちゃいけない。

「アルトリア、おまえが俺を護るというんだったら、俺はおまえを護る……それは忘れてないよな」
「それこそ愚問というものです、シロウ。そのようなことは改めて問うまでもない」
「ああ、そうだ。だからおまえが俺のことを護ってくれるというように、俺はおまえを不安にさせる全てから、おまえを護る――それが俺の誓いだ」

 そう、誓い。
 なによりも神聖で絶対な、俺だけの誓い。

 ――アルトリアを護る。彼女の夢を苛む、全てのモノから。それはたとえ相手がなんであろうと例外はない。

 それが目に見えぬカタチのないものであっても、彼女を脅かすのであれば例外はない。

「だからアルトリア、おまえは俺と一緒にいるときだけは、その不安を捨てていい」
「――それは」

 口ごもるアルトリア。揺れる瞳を俺に向け、そして腕の中の子ライオンに落とし、彼女に見つめられた彼が小首を傾げる。
 声を聞かなくても聞こえてくる、彼女の戸惑いの声。

『シロウ、そんなことを言われても……困る』

 まあ……それはそうだろう。いきなりそんなこと言われたって確かに困る。俺だって困る。
 だけどしょうがないじゃないか、理屈じゃないんだから。不安からだって護ってみせると、その言葉は本気だけれども、具体的に何をどうするなどという方法などはあるわけがない。そもそも俺はそんなに器用じゃない。

 だから結局は――

「あーもうっ! ごちゃごちゃ言わないでいいから今日は楽しむ! 今日だけじゃなくって毎日楽しめばいいんだよ! ほら、笑えアルトリアッ!」
「ひゃ!? ひゃにふるでふか、ひ、ひろうーーー!?」

 ――遠坂直伝の詰めの甘さで力技になるわけだ。

 アルトリアのやわらかでふにふにのほっぺたを両側からむにょーんと伸ばし、ついでにそのすべすべのお肌を堪能する。いくらばたばたと彼女が暴れようと、所詮は女の子、本気になった男の前では無力でしかない。ええい、よいではないかよいではないか。
 びっくりして彼女の腕からずり落ちた子ライオンは、素早くキャッチしてアルトリアの頭の上にぶぎゅると乗っけてやった。子ライオンはバランスを一瞬崩したものの、ひっしと彼女の頭にしがみつき、どうにか落ち着いたようだ。
 その際、アルトリアのおでこに軽く爪が立ったようで悲鳴が上がったが……聞かなかったことにしよう。

 ふむ……しかし、こうして子ライオンを頭に乗っけて、ほっぺたを餅のように伸ばしているアルトリアは、

「なかなかに愉快な顔をしていらっしゃる」
「……」

 こんなマヌケな姿、お目にかかるのも初めてだ。貴重すぎてできれば写真にとって額縁に飾っておきたいくらいだぞ。
 それに思った以上にアルトリアのほっぺたはやわらかくて魅力的な感触だ。しかも横だけではなく、上下にも良く伸び、円運動とて容易くこなす機動性を持っている。さすが、いい仕事をしていらっしゃる。
 アルトリア、君は誰にも誇れる素晴らしいモノを持っているんだよ――って、アレ? なんかぷるぷる震えてますが。
 あ、ついでに言うならすっごいプレッシャー。すごすぎて周りのライオン、みんなしっぽがぼわぼわになっている。

「……ひろう」
「なんれひょう」

 地獄のそこから響いてくる鈴の音のような、非常に不吉な綺麗な声に誘われて、思わず俺まで舌ッ足らずになってしまった。
 一方の彼女はほっぺたをむにょんと伸ばし、頭の上に子ライオンを猫の子のように乗っけたままの格好で、ぷるぷるぷるぷると震えを増すたびに、その身から発するプレッシャーもどんどんどんどん増していく。
 ああ、もしかしなくてもかなり怒っていらっしゃいますか。

 そりゃ、怒るよなぁ――

「ひつまれひろのほおをふかんれいるのれふか、ひろうーーー!!」

 ――でも、そんな風に舌ッ足らずだと可愛いだけで全然迫力ないんだけどなー。



◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「まったく……シロウは女性の肌をなんだと思っているのか」
「い、いや、だからさ、もうなんども謝ったじゃないか」
「ええ、謝罪は何度も受けました。ですが、だからといってシロウの犯した罪が消えるわけではない。――女性の肌をああも好き勝手に弄び、し、しかも……愉快だなどと……無礼にもほどがある」

 そんなわけで、アルトリアさんはあれからずっとお冠だった。



 カエルが鳴いたので帰ることにした。

 実際あのライオンの群れの中のどこにカエルが混じってくる隙間があったのかはわからないが、事実としてゲコー、と鳴いたのだから仕方ない。それに時間も時間だし、空も程よく焼けてきたことだしと、俺とアルトリアはライオンたちに別れを告げた。
 アルトリアは最後まで懐いていた子ライオンとの別れを惜しみ、

「貴公が私とのこの出会いをこれから先も忘れないのであれば……いや、忘れぬであろうが……その時は必ず、必ずまた貴公に会いに来ることを誓おう」

 とまあ、別れの言葉にと再会の誓いを立てていた。誓ったからにはいつか必ず、彼が立派なたてがみの持ち主になった頃に再会の日が訪れるだろう。

 で、帰るといってもここは動物園のくせに休日に俺たち以外の客の姿が一切見当たらない人外魔境、帰りもさぞかし苦労するのだろう――というか、どうやって帰ればいいのかさっぱりわからんちんだったのだが、ぷりぷり怒ったまま、すたすたと歩き出すアルトリアの後ろを大人しくついて歩いていたら、何故か出口のゲートが向こうから出現してくれた。
 俺は今日ほど不公平というものの存在を感じた日はない。



 なにはともあれ、こうして動物園で過ごす俺たちの休日は終った。
 今は遠くに見えるゲートに向かって、アルトリアと二人肩を並べてのんびりと歩いている。歩きながら、俺は先ほどの狼藉についてアルトリアから責められていた。ほっぺたを引っ張るくらいいいじゃないかと思うんだけど、彼女にとっては許せないことらしい。
 広い広いサバンナの大地の向こう、地平線から顔を出す……はぁ、地平線ね。いいけど。
 とにかく地平線から顔を出している赤い太陽の光を横顔に受けて、アルトリアは少しだけ頬を膨らませている。
 その横顔はどこにでもいる、普通の少女の怒り顔で、俺はそれが嬉しかった。

「む、なにを笑っているのですか、シロウ」
「いやいやいや、笑ってない笑ってない」
「現に今笑っているではないですか! 人の顔を見て笑うなど無礼千万です! シロウ、そこに直りなさい!」

 こちらとしてはホントに笑っているつもりなどないのだが、アルトリアは俺が笑っていると言い、顔を真っ赤にしてうがーと吠えている。
 ……うん。このまま暴走ライオンになられても手がつけられないので、ここは再び三十六計としゃれこもう。

「あっ、シロウ! 背を向けるなどとは卑怯な!」

 逃げる俺と追うアルトリア。魔力を使えばすぐに捕まってしまうのだろうけど、何故か彼女はそうせずに、純粋な脚力と脚力の追いかけっことなる。
 みるみるうちに近づいてくるゲートの傍には、遠坂と桜と、それから頭にウサギを乗っけているイリヤの姿。あいつ、連れてきちゃったか。

 まあ、とにもかくにも各人それぞれ、思い思いに過ごしたこんな休日。

 ……焦らずに行こう。
 いまだ彼女はこんな日常に慣れていないかもしれないけれど、時間はまだまだいくらでもある。
 彼女が、なんでもない無駄とも言える時間を、ただ楽しむためだけに過ごせるようになるための時間が、今の俺たちには許されているはずだから――だからいつかまた、あの子ライオンに会いに来たときは、アルトリアも本当に穏やかな時間を過ごせるはずだ。

 俺たちの時間はまだ始まったばかりで、これからもずっと続いていく。
 目の前に広がる地平線のように、果てがあって果てはない。
 そんな日々を俺たちは、遠坂と、桜と、イリヤと、藤ねえと――きっとみんなで歩いていけるはずなんだ。

「シロウーーーーッ!!」

 だから俺は、全力疾走で駆け寄ってきて、どてっ腹に頭からのタックルをかましてくれたイリヤの一撃に昏倒しながらも――笑っていられた。





 って――そういや藤ねえどうした?



◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 一方その頃、虎舎にて――。



「くわーーーー! 打っても打っても倒れないっ、対虎属性を持つ虎竹刀が効かないとわっ! っていうかきゃー!? お姉ちゃんはかじっても美味しくないようー! これが愛!? 食べたいほど愛されてるわたし――!? こうなったら徹底抗戦、ほしがりませんかつまでわーーー!!」



 ――本邦初公開、虎VS虎の時間無制限一本勝負。金網電流爆破デスマッチが開催されていた。





あとがき

 まず、今回の舞台設定というかなんというかとりあえず目をつぶってくださいお願い。

 よし、いいわけ終了。(いいわけ?)

 一先ず序盤戦はこれにて落着。次回よりはちょこっと趣向を変えて話を展開させていこうと思ってます。
 そんなわけですので、次回は連載の更新はお休み。短編を一本書きつつ、プロットの練り直しに入ります。

 ざっくりとこんな話でテーマはこんなん、というのはあるんですけどねー。


感想、ご意見などございましたらこちら、もしくはBBSまでよろしくお願いします。

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