突然、隣にあったぬくもりが離れていき、冷たい空気が流れ込んで素肌に触れてくる。
 半分以上眠ったままで頭はぼんやりとしていたが、それが嫌で俺は身に纏っていたふとんを自分のほうに手繰り寄せた。

「――」

 なんだろう……誰かが笑ったような気がする。
 でもそんなことはどうでもよく、取り戻したぬくもりに誘われて俺の意識は再び深い眠りの底へと沈んでいく。確か……まだ休みだったはずなんだから、いつもよりは少しくらい……寝坊だってしたい。
 ふとんに残った誰かのぬくもりと甘い匂いに身を寄せて、俺の意識は――頬に何か柔らかい感触を感じたのを最後に、再び眠りに落ちていた。

 眠りの中で見た夢では当然のように彼女が、俺の隣にいてくれた。





「――シロウ、シロウ」
「ん……」
「シロウ、朝です。起きてください」

 自分を呼ぶ声にゆっくりと意識が奥底から引き上げられていく。
 ゆっくりとまぶたを開くと、最初に飛び込んできたのは縁側の向こう側から差し込んでくる朝の光。そして少し顔を傾げると、そこには傍らに座して穏やかな笑みでこちらを見てくれているアルトリアの姿があった。

「おはようございます、シロウ」
「んー……おはよう、アルトリア。起きてたの?」
「はい」

 まだぼんやりとしている頭を振りながら身を起す。すると当然、上半身を覆っていた掛け布団がずり落ちて、その下の素肌が露になった。

「……」
「……」

 ――なんとなく、気恥ずかしい。

 見ての通りに俺は上半身裸なわけだが、実は下半身のほうも物の見事に裸だったりする。そんで更に言うと、俺とアルトリアは昨晩、一緒のふとんで抱きしめ合いながら眠ったわけで――。

 ああ、ほら。アルトリアの顔が真っ赤に染まってしまった。
 その、林檎のようになってしまったアルトリアは、当たりまえのことだがきちんと服を着ている。というかそうでなかったら朝っぱらから彼女を押し倒してしまっている可能性が高いのだが――と、そうではなく、言いたいのは彼女はきちんと洗面を済ませて、自分の部屋で着替えてきたのだということだ。
 アルトリアの部屋は、これもまた当然のことだが俺と同室というワケではなく、公式には彼女が以前使っていた襖一枚隔てた隣の部屋だ。

 俺とアルトリアは世間一般に言って――まあ、恋人同士という関係なわけだが、それでもさすがに同室で一緒に、というのはなんとなく気が引けた。アルトリアにしてみればそれでも良かったみたいだが、曲がりなりにもこの家はたくさんの人間、しかも女性ばかりが出入りするのだから、いちおうのケジメはつけておくべきだろうと思う。アルトリアだって嫁入り前なのだし――。
 ――と、珍しく常識というものを振りかざして抵抗する藤ねえに、今回ばかりは俺も賛成だった。
 じゃあ、彼女の部屋はどの部屋にするか、という話になり、最初は離れの一室で、という意見がでた。で、それに強硬に反対したのがアルトリア本人。

 曰く、

『私はシロウの剣であるのだから、そのシロウの傍で生活するのは当然である』

 とのことだが、顔を真っ赤にしてそんなことを言ったのでは説得力も何もあったもんではない。
 おかげでとりあえず藤ねえが暴れた。
 とにもかくにも、すったもんだの末にアルトリアの部屋はかつて使っていた俺の部屋の隣の和室ということで落ち着いた。

 まあ、別室とは言っても、所詮はたかだか薄い襖一枚だけで隔たれた別室だ。襖を外してしまえば別室ですらなくなってしまうのだから、殆ど同室であると言っても過言ではない。
 遠坂などは『馬鹿ップル』などと言って罵ってくれたが、生憎と否定する言葉を持ち合わせていなかったのが悔しいやらなにやら。

「あの……シロウ」
「ん? あ、ああゴメン」

 呼ばれて自分の思考に耽っていた意識を彼女に戻す。
 アルトリアも落ち着いたのか、紅かった頬の色が今ではピンク色くらいにまでは薄くなっていた。

「さて、と。それじゃあそろそろ起きますか。朝飯の支度もしなくちゃいけないし」
「はい、シロウ。着替えは用意しておきましたから……」
「ああ、ありがとうアルトリア」

 きちんと畳まれたままの着替え一式を受け取って、俺たちは穏やかに微笑み合う。
 なんというか……こういう雰囲気、いいなぁ。まるでその――新婚夫婦みたいな、って自分で言うのもなんだけど。
 アルトリアって実は良妻賢母タイプなのかもしれないなぁ。



 どたばたどたばたどたばた



 と、そんなことを考えていたら、足音を響かせてこちらに向かってくる何者かの気配。

「……? なんでしょうか? 敵襲でしょうか、シロウ」
「いや、敵襲というかなんと言うか……まあ、襲撃には違いないと思うが」

 ――つーか、そうだった。いっつもこのくらいの時間にはヤツが強襲してくるんだったっけか。

「シロウーーー! あさだよっ、おきろーーーー!!」

 勢いのままどばーんと襖を開き、くわー! と朝日を背負って仁王立ちで登場するイリヤ。

「……」
「……」
「……」

 正座して目を真ん丸くしているアルトリアと、上半身裸でふとんに入っている俺、そしてそんな俺とアルトリアを交互に見やるイリヤのきょとんとした瞳。

「……ねえ、シロウ。なんで朝から裸になってるの?」

 そんなこと答えられるわけないじゃないか、ばかちん。





Day Dream/vow knight

――night 04――

『がんばれ女の子』






 今日の朝飯は和洋折衷でキメてみる。
 と言っても、スクランブルエッグとウィンナーが洋食というものの範疇に入るのかという疑問は残るが、ぴかぴかの銀しゃり大盛りと豆腐とわかめの味噌汁に比べれば十分に洋食と言って差し支えないだろう。カタカナだし。

 で、今日の朝飯のメインシェフはというと実はイリヤだ。
 一ヶ月くらい前から時間があるときに練習をしていたらしく、今日が食卓デビューというワケらしい。今は卵と牛乳を良くかき混ぜたボールを片手に、フライパンを前に真剣な顔つきをしている。
 油を敷いたフライパンにゆっくりと卵を流し込んでいくその手つきは慎重で、その幼い顔立ちの眉間には小さくしわまで作っている。なんにせよ、真剣に物事に取り組む女性の顔というのは、とても綺麗なのだということを彼女で再確認した。
 俺はその間に味噌汁に入れる豆腐を手のひらの上で刻み、わかめをまな板の上で刻む。

「あの、シロウ」
「んー?」

 今のほうから声をかけてくるアルトリアに、包丁を繰りながら声だけで返答する。

「今日の朝食はイリヤスフィールが作るのですか? ……シロウではなく」
「そうだよ。今朝のメインはイリヤのスクランブルエッグだ」
「それは――確か卵料理ですね。うん、まるでとろけるような食感と甘さが、とても美味しかった」

 アルトリアはその時の味を思い出したのか、うっとりと瞳を閉じて胸の前で手を合わせている。まるで夢見る乙女のようだ。  さすがはハラペコ騎士。自分がかつて口にしたものに関しては、彼女の記憶が薄れることなどない。

 ――と、彼女ははたと、何かに気づいたかのように瞳を開いた。

「そ、そうではなくてシロウ、イリヤスフィールは……彼女も料理が出来るのですか?」

 なにやらアルトリアは随分と驚いている御様子。
 無理もないか、アルトリアが別れる前のイリヤは良くも悪くもお姫様で、自分で料理なんてするようには見えなかったし。むしろ俺のエプロン姿を見るのが好き、とか言って積極的に俺にメシを作らせてたしな。
 でもそんなイリヤにも、近頃ちょっとした心境の変化があったらしい。

「ああ、なんでも一流のレディは自分でも料理が出来ないといけないものらしくってな。最近になって練習するようになったんだ。食卓に出すのは今日が初めてだけど、簡単な料理だし、まず間違いなくまともなのが出てくると思っていいだろ」
「そ、そうなのですか……」
「そうなのです。それにけっこうイリヤは筋がいいぞ。師匠の贔屓目でも何でもなくな」

 少なくとも、こうしてすぐ隣で自分のことを話しているのに、まったく振り向くことすらせず、フライパンに注力するその集中力はさすがだ。
 卵をかき混ぜているへら捌きも堂に入っているし、このぶんならきっと美味しいスクランブルエッグが出来上がってくることだろう。
 今日の朝食は期待できるものになりそうだな。



 その後、いつも通りにぞろぞろと他のメンバーも現れて一同揃って朝飯の時間。
 イリヤが作った初めての料理は、舌の肥えた一同にも概ね好評のようだ。いや、確かに初めてにしては美味い。

「へぇ……なかなかやるじゃないイリヤ」
「ふふん。これでリンが唯一私に対してアドバンテージをとっていた部分もなくなったわけね」
「……前言撤回。このわたしに勝とうなんてまだまだ十年早いわよお子様」

 というかそこ、朝っぱらから火花散らすな。飛び火するだろ。

「士郎、お姉ちゃんごはんおかわりー」
「へーへー、ほら茶碗貸しな。それにしても今日も良く食うな、藤ねえ」

 藤ねえから専用の虎柄茶碗を受け取って、本日四杯目のおかわりをよそってやる。
 今日も相変わらず気持ちよすぎる健啖ぶりを発揮している虎は、とりあえずブレイクタイムとばかりに茶を啜っていた。ちなみに湯飲みも虎柄だ。

「だって士郎の作るごはん美味しいもん。いくらだってお腹に入っちゃうよ」
「あんまり食いすぎると太るぞ藤ねえ、ほら」
「大丈夫。士郎の作るごはんは、別ばらなのだー」

 えっへんと、まったく非論理的な回答を返してくれた現役高校教師。コレでいいのか現代教育。
 ものすごく幸せそうな顔で飯をほおばっている藤ねえを見るのは俺も好きだからいいけどさ。

「だからそんなにがっつくなよ藤ねえ。まったくもう……いい加減、ハタチ越えた女性がほっぺたにおべんとなんてつけるなよ」
「んー? ひろう、ほっへぇー」

 ん、と俺のほうに米粒のついたほっぺたを差し出して甘える藤ねえ。
 ひょいとくっついた米粒を取って口の中に放り込みながら、はたと気づいた。

「そういえば俺のメシが別ばらなら、イリヤの作ったメシはどうなるんだろうな?」
「え? イリヤひゃん?」
「ああ、今日のその卵、イリヤが作ったんだぞ」

 その瞬間。
 藤ねえの動きが凍りついたようにぴしりと固まり、その手から箸がポロリと零れ落ちる。

 からーん……

 オイ、なんなんだよ、このオーバーなリアクションは。

「まさか……」
「まさか?」
「イリヤちゃん、私のことをまるまる太らせてから食べようと企んでるとかーーー!?」

 ががーん! と吼えるタイガー。
 んなわきゃないだろう。朝っぱらから突き抜けてやがるな、この虎は。見ればイリヤも思いっきり呆れた目つきをしている。
 いいのか、ハタチ。自分の人生の半分くらいしか生きてなさそうな幼女に呆れられてるぞ。

「はあっ……タイガなんて食べたらお腹こわすんだから。そんなわけないじゃない」
「む。食べたことないくせになんでわかるのさー」

 幼女の言うことにむきになって反論するなよ、ハタチ。ちなみに俺も今回はイリヤに賛成だぞ。
 イリヤは藤ねえの反論に「ふぅん……」と小さくつぶやく。あ、なんか表情がいつかのあの頃に変わってきたぞ。目つきも半眼になって、今にも鈴を転がすような綺麗な声で、カトンボめっ、とか言い出しそうだ。
 イリヤはそんなちょっぴり怖い表情で、その長く艶のある銀髪をふわりとかきあげ――

「……そんなに食べてほしいなら、食べてあげるわよ、タイガ?」

 ――なーんて、ものすっごくいい笑顔でのたまってくれました。ははっ、やだなぁ、イリヤ。お兄ちゃんまで足が震え出したぞ?

「うわーん! 士郎ー、お姉ちゃん、ちびっこあくまに命狙われちゃってるよぅー!」
「はいはい、わかったわかった」

 びー、と泣きながら縋りついてくる藤ねえの頭をよしよしと撫でてやる。いいけど、幼女に思いっきり泣かされんなよハタチ。

「それで? イリヤの作った料理はどうだった? 美味かったか?」
「うん。すっごく美味しかったよう。どうしよう士郎、お姉ちゃん太っちゃうよぅ」
「だってさ、イリヤ」
「……うんっ」

 こと食事に関して藤ねえの評価に間違いはない。そして藤ねえは良くも悪くも正直……というかウソをつけるような複雑な思考回路を持っていない。
 いつだって直球、どんなときも野性の向くまま赴くままが藤ねえのライフスタイルだ。
 つまりなにが言いたいのかというと、イリヤの作った料理は美味しかったということである。

「えへっ、ありがと、タイガ」

 イリヤも、なんだかんだ言って懐いている藤ねえに褒めてもらえたのは嬉しいのだろう。純粋に喜びの成分だけの笑顔になって、自分が作ったスクランブルエッグをもぐもぐと食べ始めた。

「よしよし、藤ねえもイリヤもいい子だなぁ」
「ちょっとー、士郎なにするのさー」

 にこにこと嬉しそうなイリヤの笑顔に俺まで嬉しくなって、とりあえず手近なところにあった頭をくしゃくしゃにする。藤ねえも口ではぶーぶーいうものの、別に嫌がっている様子もなく、むしろこちらに頭を差し出していた。

「あのー、先輩?」
「ん? なんだ桜」

 と、先ほどから黙々と食べていた桜が話しかけてきた。
 む。どうやらちょっと不機嫌な御様子ですが、いったいどうしたというのか。眉根を軽く寄せて、口元がわずかにへの字になってますよ?
 こういうときは長年の経験からして――下手に出るに限る。

「えーと、桜さん。俺、もしかしてなんかやってしまいましたでしょうか」
「いえ、別に。わたしにはなんにもしてくれてませんけど……いつまで藤村先生のこと抱きしめてるんですか?」
「へ?」

 抱きしめてる? 藤ねえを?

「……」
「……」

 思わず互いに見合ってしまう俺と藤ねえ。
 うむ、まあ……藤ねえは俺に縋りついた時のままの体勢だし、俺の手は彼女の頭をくしゃくしゃにしてるまんまだし。
 構図的にそう見えなくもないなー。俺たちにとってはガキの頃からこの程度のスキンシップはしょっちゅうだったし、お互い別にどうということもないんだけど――って、オイ藤ねえ。なんだそのイヤすぎる笑みはコラやめ――。

「むふー、もしかして桜ちゃん、やきもちカナ? やきもちなのカナ? 私と士郎のらぶらぶっぷりにお餅焼いちゃったかにゃー?」
「うわぁ、なにはっちゃけてやがりますかアンターーー!」

 がっしと、さば折ってくれるわー! と言わんばかりにきつく腕を回してくる藤ねえ。
 オイオイ、さすがの俺もコレはちょっと洒落んならないぞ。普段はそんなこと殆ど意識しないと言っても、藤ねえだって立派に女性。薄っぺらいとはいえちゃんと自己主張している彼女の柔らかいのが俺の腹の辺りに当たって、否応なしに互いが男女であることを意識させる。
 でもとりあえずその前に、びきりびきりびきりと三連続で鳴り響いた米神バッテン装着音は聞かなかったことにしたいんですけどー!?

「――って、あれ?」

 恐る恐る顔を上げてみると、はて、バッテンをつけている面々の中に彼女の姿がない。
 で、彼女が座っている場所を見ると、

「……むむ、これは……」

 っていうか、むっつりした難しい顔で茶碗を抱え、穴が開くほどスクランブルエッグを凝視してます。あれれ? 無視ですか?
 いえ、そりゃあね? 怒ってしまわれたアルトリアさんにあの爽やかな笑顔で責められのはちょっとなんですけどね? ほら、恋人としてはこういうときにこそ、やきもちをやっぱり焼いてほしいというか何と言うか……スマン、正直ちょっと寂しい。

 まあ、取り急ぎは。

 各自茶碗を握り締めてきしきし言わせている三人と、しがみついて何やらごろごろ言っている虎をどうにかするのが先なんだろうなー。



◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 昼飯時も過ぎて、誰も彼もが気だるい五月の昼下がり。
 お腹も適度に膨らんで、空気は柔らかく温くて、油断をするとあくびが漏れてきそうな、そんな午後。縁の下では最近、桜が餌付けしたらしい猫が丸くなって眠り、居間ではでっかい虎が丸く転がってごろごろとテレビを見ていたりする。
 俺はといえば、久しぶりにアルトリアに稽古をつけてもらおうと彼女を捜して庭を歩いている。
 聖杯戦争も終り、もはや何か外敵の脅威と戦うような日常は既に終った。
 が、俺はアルトリアに誓った。その誓いを果たすためには、平時からこの身を鍛え上げる必要がある。
 その為に護るべき対象に鍛えてもらうというのもなんとも変な話だが、俺の知り合いの中では彼女が最も強いのだから仕方ない。

「おっと、いた」

 捜していた彼女は、縁側に座ってぼんやりと、外を眺めていた。

「なに見てるんだ、アルトリア?」
「あ、シロウ……」

 呼びかけた俺に気づき、下から見上げてくる。
 先ほどから彼女が見ていた方向に目をやると、そこにはエプロンにつっかけを履き、甲斐甲斐しく洗濯物を干している桜の姿があった。

「桜がどうかしたのか?」
「いえ……どうということではないのですが、その……楽しそうだな、と思いまして」
「? 楽しそう?」

 言われてもう一度桜を見ると――なるほど、楽しそうだ。
 まったくもってなにがそんなに楽しいかはわからないけど、桜は口元に笑みを浮かべ、今にも鼻歌でも歌いだしそうなほどリズム良く、次々とかごに入っている洗濯物を広げては伸ばし、物干し竿に干していく。
 最近の女の子だったら、あんなふうに男の下着なんて平気で干せるもんじゃないだろうに……まあ、桜は普段からそれが楽しいのだと公言しているし、慣れというのもあるのだろうけど、なんにせよ彼女にはほんとにいくら感謝してもし足りない。

 しかし――今から洗濯物を干すにはちょっとした不安を感じないでもない。
 朝起きた頃はまだ日の光も青空も出ていて晴れていたけど、今の空は青色よりも雲の灰色のほうが占める割合が多い。ゆるゆると流れてくる風も少し湿っぽい感じがするし、これはもしかしたら――。

「おーい、さくらー」
「あ、はい! なんですか先輩」

 エプロンの前掛けで手を拭きながらこちらに振り返る桜。

「もしかしたらこの後一雨くるような気がするんだけどさ、干して大丈夫かな?」
「え? うーん……そうかもしれませんけど、天気予報だと雨は降らないって言ってましたし……。それに洗濯物がけっこう溜まっちゃって、できるなら今日のうちに全部済ませておきたいんですよね」
「ふむ……」

 正直なところテレビの天気予報はあまり当てにはならないんだけど、桜も随分とやる気だし、まあ雨が降ってきたら急いで取り込めば大丈夫だろう。

「それじゃここは桜にお任せするとして、よろしく頼んじゃうとしますか」
「はいっ、お任せされちゃいました。あ、でも先輩、もしほんとに雨降ってきちゃったら手伝ってくださいね」
「ああ、わかってるよ」

 桜はにっこりとひとつ満面の笑みを浮かべると、再び洗濯物と格闘し始める。
 あの娘はほんと、天性の奥様タイプだな。桜を嫁さんに出来る奴はきっとすごい幸せになれる。俺が保障する。

 さて――。

「アルトリア」
「あ、はい」

 動き回る桜の後姿を目で追っていたアルトリアが再びを俺を見上げてくる。

「なんですか、シロウ」
「うん、実はちょっとお願いがあるんだけどさ。良かったらまた、俺に稽古つけてくれないか?」
「稽古――ですか」

 おや? なにやらあまり芳しくない反応。
 てっきり「ふむ、それは良い心がけです。シロウのためにもここはひとつ、思い切りお相手しましょう」とか言ってくれると思っていたのに。

 見ればアルトリアは眉間にわずかにしわを刻み視線を落とし、何事か考え込んでいる御様子。
 なんだろう。今日はちょっと彼女の様子がおかしい。朝起きた時は別になにもおかしいところもなかったと思うんだけどな。

「……あの、アルトリアさん、わたしになにか?」
「あ、いや……なんでもありません桜、気にしないでください」

 自分にじーっと向けられている視線に気づいた桜が、少々居心地悪そうに問い返す。対するアルトリアはぱたぱたと慌てたように手を振って返した。

 ――ちなみに、この家での彼女の呼び名は以前の『セイバー』から今の『アルトリア』へと変わっていた。なんでも俺が昨日、庭につるされている間にアルトリアがみんなにそう呼ぶよう頼んだらしい。
 藤ねえ辺りは、はてな、と首を傾げていたようだったが事情を知る遠坂とイリヤに上手く丸め込まれたようだ。

 とまあ、そんな余談はともかくとして、本当に大丈夫なんだろうか。
 ……もしや昨日の夜のことが原因だろうか。そりゃあ、確かにちょっと頑張りすぎたかもしれないが。
 なんか、不安になってきたぞ。

「あのー、アルトリア? もしかして体の調子あんまりよくないか? 休んでたほうがいいんじゃないのか?」
「えっ? いえ……違いますシロウ。ありがとう、私は平気ですから。鍛錬、ですよね。私でよければ喜んでお相手しましょう」
「いや、ほんとに無理しなくてもいいんだぞ……その、昨日の夜もちょっと無理させすぎちゃったと思うし」
「……なっ!」

 最後の言葉だけを耳元で囁くようにつぶやくと、一拍置いて、アルトリアの顔と言わず耳と言わず、それこそ全身がゆだったように真っ赤に色づいた。

 ――うわー、すごいなー。人間の身体ってここまで一瞬で変化するものなんだー。

 などと、どうでもいいことに感心していると、真っ赤になったアルトリアが眼前に迫って、ぐわーと気炎を上げていた。

「なっ、ななななななななな、なんてことを言っているのですか貴方は! そ、そんなことなど、そんなことなど……!」
「え? いやでも、そのせいで体調が悪いんじゃないのか?」
「そういうことではありませんっ!!」

 アルトリアは一声叫ぶと、俯きながら視線を足元に落とし、

「それに……確かに昨夜はその……しょ、少々身体に負担はありましたが……そ、それ以上に」

 嬉しかった、と、そうぽつりと、聞き取れないくらいに細い声でそう囁いてくれた。

「……ですからシロウには、そんなことを気にしないでほしい」
「あ、ああ。わかった。気にしないことにする」

 互いに真っ赤に照れ上がりながら、視線を互いの足元に落とす。
 それでも相手が気になって、ちらりと、視線をわずかに上げると思わぬところで視線がぶつかってしまい、再び互いに視線を逸らす。

 ――ああ、やっぱりこいつ、可愛すぎ。アルトリアは……反則だよ。

 と、

「ん?」

 ぽつりと、俯いていた頭のてっぺんに何かが当たる。
 誘われて仰ぎ見てみれば、天を覆った灰色の雲から、ぽつりぽつりと落ちてくる雫がひとつふたつみっつ――。

「って、ほんとに降ってきやがった!」

 ぱっと振り向いて、既に洗濯物を抱え始めている桜に並んで干してある物を次から次へと外しては縁側に放り投げる。
 そうこうしてる間にも雨足は次第にその歩調を速くし、落ちてくる粒も大きくなっていく。乾いた庭の土は小さく土煙を上げながら久しぶりの恵みに喉を潤しているようだが、洗濯物にまで喉を潤されたらたまったもんじゃない。

「それにしても随分と予想より早く降って来たな!」
「そうですね! わたし、もうあのチャンネルの天気予報なんて信じません!!」

 俺も桜も急いで動いているせいか、自然としゃべる声が大きくなっている。別にこんな大声で離さなくても互いに聞こえるのだが、なんとなくそうなってしまうのだから仕方ない。
 しかし声の大きさが俺たちの動きに支障を来たすわけはもちろんなく、更に言えばこうした事態にはなんだかんだ言って慣れきっている俺たちだ。
 次から次へと洗濯物を外しては家の中へ放り込み、結局三分もかからずに全ての洗濯物を取り込み終えていた。

 俺も桜もほっと一息つき、縁側の庇の下に避難して並んでその空を見上げる。今やわずかに残っていた青空はすっかりなくなっており、灰色というよりも黒ずみかけた雲と、線となって流れる雨の雫だけが空を覆っていた。

「まあなんだ、同じ降ってくるんだったら、俺たちがその場にいる間に降ってきてくれた分だけまだマシだったってことだな」
「ですね。……でも、またお洗濯物干しなおさないと……」
「ああ、だったら俺も手伝うし、アルトリアも……あれ?」
「……アルトリアさん、いませんね」

 居間の方に――と、思ったらそこにはいつの間にか寝息を立てている虎がいるだけ。
 ばたばたと急いでたから気づかなかったけど、どこ行っちゃったんだアルトリアのやつ。俺たちが洗濯物取り込んでるのをほっといて一人でいなくなるなんてことはないだろうし……。

 と、考えていたら、庭にひとつの小柄な人影が飛び込んできた。

 ああ、もう言うまでもないだろう。

「……」
「……」
「……」

 すっかり洗濯物のなくなった物干し竿を呆然とした表情で見つめているアルトリア。
 その綺麗な金色の髪が、降ってくる雨の雫に晒されてしとしとと濡れそぼっていく。

「あの、シロウ……その、これは」
「うん、大丈夫。説明してくれなくてもなんとなくわかるから」

 要するにあれだ。雨が降ってきたのに気づいて、アルトリアも俺たちを手伝おうと思ったと。
 ところが庭に出るのに必要なつっかけは既に桜が履いていてそこにはない。いくらなんでも裸足で庭に出るような真似は出来ないからと、急いで玄関に回って靴を履き、走って庭にやってきたら――。

「ごめんなさい、アルトリアさん。もう、終っちゃいました」

 いや、桜。そこは多分謝るところじゃないと思う。
 逆になんか悲しくなってしまうから――ああ、ほら。雨に濡れたアルトリアの肩がすっごくしょんぼりしてるし。
 とりあえず少しばかり寂しそうに引き上げてきた彼女のために、俺はバスタオルを取りに洗面所に向かう。

 すっかり濡れてしまったアルトリアの髪を拭いているとき、彼女がポツリと、

「ごめんなさい」

 と、つぶやいたのが少しだけ気になった。



◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その日の晩、俺はまたもやアルトリアを捜して庭を歩いていた。
 今日の彼女は、ずっと何だか様子がおかしかった。
 朝、イリヤが作ってくれた朝食を食べている時。昼、桜が洗濯物を干している時。
 そして夜――ついさっき、遠坂が作ってくれた晩飯を食べている時。

 遠坂の作った料理はさすがに美味しかった。なにやら朝のイリヤに触発されたらしく、いつもより気合の入った様子で自分の得意分野である中華料理で見事にキメてくれた。あの、炎を支配していた遠坂の雄姿は今でも俺のまぶたに焼きついている。

 が。

『ふふ、ふふっ、ふふふ……見てなさいイリヤスフィール。お子様には真似できない遠坂の中華の匠の業、とくとその目に焼きつけてやるわ! 昨日今日に習ったばっかりのあんたに負けたりしないんだから』

 なーんて、遠坂も藤ねえも幼女相手にむきになるなんて、まったく大人気ないと思う。周りがこんなんばっかりだからイリヤがどんどん好戦的になっちゃうんじゃないか。

 だがまあ、言うだけあってさすがに紅の完璧超人、遠坂の作ってくれた中華料理は絶品であった。
 藤ねえや桜は言うに及ばず、イリヤでさえもおかわりするくらいなのだから、当然アルトリアもおかわりをしていた――のだが、その表情はやっぱり冴えないものであり、以前の彼女だったら軽く四杯はいけるところを、今日はたったの二杯だけだった。

 そしてみんな揃ってごちそうさまをした後、アルトリアはふらりとどこかへ行ってしまった。

 不安は……ない。
 と、言ったらウソにはなる。昨日の今日で突然、とは思わないがやっぱり少しは動揺した。
 もっともその事を察してくれた遠坂にぽん、と、ひとつ肩を叩かれただけで落ち着いてしまうのだから現金なものだと思う。

 ――まあなんとなく、アルトリアが落ち込んでる理由がわかるからそんな簡単に俺も安心できたんだけどね。

 とにかく彼女を捜して部屋という部屋を見てまわったけれども、家の中にはどこにもいなかった。
 だとすれば、残っているのは庭にある道場か、土蔵くらいしかない。


 雨上がりの夜、濡れて冷たくなった地面の冷気が足元から昇ってきて、じんわりと身体を冷やす。
 少しだけ、肌寒い。
 木の葉に残った雫が、部屋から漏れる光を反射して、きらきらと切れるくらいに光っていた。

 こんな寒い夜に、部屋のぬくもりも何もない外で、落ち込んでいるあいつをひとりになんてしたくはなかった。そんな大したことじゃないんだよ、と彼女の悩みに微笑んであげて一緒にいてやりたいと思う。

「実際のところ……ほんとに大したことじゃないんだよなぁ。……可愛いだけで」

 口に出して思わず、にんまりと笑みが浮かぶのが止められない。
 アルトリアにしてみれば真剣に悩んでいるのだろうし、悪いとは思うのだけど、やっぱり俺にとっては可愛い悩みにしか思えないのだ。

 なにはともあれ。

 彼女を見つけて話をしてみないことには始まらない。一先ずは、何故か誰もいないはずなのに灯りがついている道場から。



 で、入った瞬間、早速後悔し――

 『百戦百敗』
 『衛宮家鏖』

「こんばんわー、みんな元気にしてたかなー? こんな夜中に女の子のお尻追っかけてふらふらしてる青少年の悩みを脳天直撃ズバッと解決! 怪傑ズ○ットも吃驚仰天なタイガー道場でっす!」
「この道場はにぶちんでばかちんでおたんちんなシロウを手取り足取り、腰まで取ってお助けしようという目的で運営されている、まー言わばこの物語の影の舞台? 実を明かせば真のヒロインはこの私――」

「すいません、間違えました」

 ――入った瞬間、即行で異界から脱出していた。



 今の虎とブルマはなにも見なかったことに、というか最初からなかったことにして俺の足は土蔵へと向かう。

 ……夢に見ないといいんだけどな。



 ――ああ、いたいた。
 薄暗く、空気が流れ込んで積もった埃が舞っている中でも、彼女の白い肌、金色の髪はぼんやりと浮かび上がっている。
 土蔵の、俺がいつも魔術の鍛錬をしているその場所でアルトリアはひとり、道場でするように瞑目していた。

 ほっとして嘆息する反面、そのあまりの微笑ましさに思わず声を出して笑ってしまいそうになる。
 とはいえ、彼女は彼女なりに真剣に悩んでいるんだから、それをこれ以上笑うのは良くない。俺からすれば大したことないと思えることでも、彼女からすればとても重要なことなのだから。
 その悩みを――俺が晴らしてあげることが出来ればいいんだけど。

「――アルトリア」

 声をかけて近づくと、彼女は伏していたぱっと目を開き、頬を上げて驚いた顔をこちらに見せてくれた。

「し、シロウ……ど、どうしたのですか? こ、こんな夜に」
「それはこっちのセリフだ。どうしたんだ、アルトリアこそこんなところで」
「い、いえ……別にどうもしません……」

 そう言ってアルトリアは視線をまた落とし、自分の膝小僧を見つめてしまう。

 ――やれやれ。まさかアルトリアにこんな臆病な一面があったなんてな。思っても見なかった。

 いや、もしかしたらこっちが本当の彼女なのかもしれない。
 俺が知っている彼女なんて、所詮剣の英霊『セイバー』としての姿だけ。いつだって雄々しく、生真面目で純粋で真っ直ぐで、頑固で可愛い……それは確かに彼女の本質だけれども、同時に一面でしかないのだと思う。
 何故なら俺が少女『アルトリア』と出会ったのはつい昨日のことだ。彼女だって『アルトリア』としての自分に戻ったのはつい最近のことだ。それまではずっと『アルトリア』としての一面を削ぎ落としていたのだから、自分自身、今の自分に戸惑っているのかもしれない。

 俺はそんなことを考えながら、彼女の隣に腰を降ろす。

「……シロウ?」
「うそつき」

 そうして彼女の額をこつんとやった。

「なんでもないわけないだろ? こんなところにひとりでいてさ。……どうしたんだ?」
「……」

 俯いて黙り込むアルトリアの髪をゆっくりと撫で梳きながら彼女が話す気になってくれるまでじっと待つ。
 何度も何度も――俺自身、その感触を楽しんでいたが、できるだけ優しく、初めて知ったアルトリアの弱い心が落ち着くまでは続けてやるつもりでいた。
 少なくとも、アルトリアが自分から話そうという気になるまで。

「……シロウ」
「ん?」

 どれだけの間そうしていたか、正確に時間は測ってないけれど、多分たいした時間ではなかったと思う。

「あの……シロウは」
「うん」
「シロウは……」
「うん」
「シロウはっ――その、料理ひとつ出来ない女を……どう、思いますか……?」
「そうだな……やろうともしないってのは、ちょっとどうかと思うけどね」
「っ!」

 俺の答えにアルトリアの身体が強張る。

「だけどさ、今出来ないのはしょうがないんじゃないか? 今まで料理なんてしたことなんてなかったんだから」
「そ、そうでしょうか……」
「そう思うけどな、俺は」

 アルトリアの頭を撫で回しながら俺は答え、アルトリアは考える。

「そ、それでは……洗濯とか、掃除とか出来ないというのは……どうでしょうか」
「同じだって。誰だってやろうと思えばできることだし、やろうと思わなければ出来ないことだろ?」
「あ……はい」

 得心したように一つ小さく頷くアルトリア。
 俺は彼女の頭から手を離し、傍らに転がっていた鉄パイプを手に取る。

 そして――脳裏にその設計図を浮かび上げ、人体の構造を知るが如くにこの物の肉体、筋肉、骨格、血管を解析し――。

「――同調、開始トレース・オン

 この鉄パイプを構成している物体の、わずかな隙間に自身の魔力を流し込み、以前とは比べ物にならない容易さで物体を『強化』してみせた。

「シロウ、今のは」
「ああ、強化の魔術だ。俺が使うことができる、数少ない魔術の片割れ」
「……鮮やかな手並みですね」
「そうか?」

 アルトリアはそう言って褒めてくれた。
 確かに、以前に比べて俺の強化は成功率も精度も格段に向上した。今の俺ならば、万に一つも強化に失敗するということはないだろう。
 今の俺ならば、それだけのことができると――そのくらいの自信はある。

 ――今の俺ならば、だ。

「アルトリア、おまえも知ってると思うけどさ。俺って半人前だろ?」
「……それは、魔術師としてのシロウ、ですよね」
「ああ。今だってそう褒められたもんじゃないけれど、でも、前はもっとひどかった。アルトリアが今褒めてくれた強化だって、遠坂に教えてもらうようになる前の成功率なんて、せいぜいコンマ数パーセントがいいところだったんだぜ」

 それは強化の魔術がどうというより、魔術回路のスイッチの存在を知らなかったことが原因の殆どだったわけだけど、事実は事実。衛宮士郎の強化魔術は、ほんとにひどいものだった。
 でも今の衛宮士郎の強化魔術の成功率は、ほぼ100パーセントに近い。

 だから。

「――俺の言いたいこと、わかるよな?」

 頭の良い彼女が、こんな簡単なことに気づかないはず、ない。だって彼女だって、今までに何度もそうしてきたはずだから。
 たくさんの困難にぶち当たっては苦しみ、努力し、自分を鍛え上げ、そしてモノにして乗り越えてきたはずだ。

 そんな彼女が今少しだけ臆病になっているのは、自惚れていいなら多分、俺のせいだろう。
 そんなアルトリアだから、俺は彼女が可愛くて仕方がない。

「……シロウはすごい」
「ん? なにがだよ」
「私に出来ないことをあんなに簡単に、毎日こなしている」
「そりゃ、今までだって毎日やってきたことだからな。できないほうがおかしいさ」
「はい――そうですね。そしてイリヤスフィールや桜も、同じようにしてきたのですね」
「ああ。桜の料理だって最初はひどいもんだった。正直言って食えたもんじゃなかったけど、桜は一生懸命だった。イリヤだってこの一ヶ月、きっと俺たちが教えてやれない間も自分で勉強してたと思う」
「そうですね」

 アルトリアがそっと顔を上げてこちらを見上げる。そこにもはや悩みの色はなかった。

「できないことを恥ずかしいと思うのは間違ってないけどな。だからって悩むのは多分、意味ないぞ」
「わかっています――シロウは意地悪だ。……私の気持ちをわかっていてそういうことを言っている」
「うん、だってアルトリアが悪いんだぞ、こんなことでいじけたりするから」
「なっ! だ、誰がいじけたというのですか! いったい誰のために私がこんなに悩んだと……」
「俺のせい?」
「!」

 にんまりと笑う俺と対照的に、アルトリアは顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。
 まなじりを必死に吊り上げて、怒った表情をしていても、こんなに照れまくっているのではそれすら可愛いとしか思えない。
 うん、だからもっと意地悪になったとしても仕方ないことだと思うぞ。

「もしかしてアルトリア、俺にカッコ悪いところ見せたくないとか思ってなかった?」
「な、なにを言っているのですか、貴方は」
「本当は俺に料理を食べさせたかったり、洗濯とか掃除とか役に立つところを見せたいのに、失敗するのが怖くてどうしたらいいかわからなかったんだろ」
「うっ……」

 俺の指摘に言葉を詰まらせて黙り込んでしまうアルトリア。
 つまるところ、思いっきり図星というヤツである。
 アルトリアは再びさっきとは違う意味で俯いてしまい、か細い声でつぶやく。

「……だってシロウは優しい。そんな貴方の向ける言葉や笑顔を、独占したいと思ってしまった……だから、シロウが悪いのです」
「……む」
「だけど、今の私には彼女たちと同じことが出来ない。だから」
「あー、わかった。もういい、もういいから。ゴメン。ゴメンな」

 彼女の頭を抱き寄せて、くしゃくしゃとその髪をかき混ぜる。そうでもしないと、なんだか今にも泣きだしてしまいそうだった。
 俺の知らない彼女は、実はけっこう臆病で、実はけっこうやきもち焼きだった。

 ――というか、はっきり言って惚れなおした。こんな可愛い女の子、他にいるもんか。

 そっと胸から彼女の頭を離すと、その深緑の瞳は少しだけ濡れて光っていた。
 もしかしたらちょっとだけ泣かせてしまったかもしれない――そんな罪悪感に苛まれたが、それ以上に濡れた彼女の瞳が綺麗で見惚れた。

「大丈夫だよ、アルトリア。俺、おまえのこと好きだから」

 だから思わずそんなことを言っていた。無意識のうちに口走ってしまった言葉だけど、多分、俺の顔も真っ赤になってしまっていると思う。

 アルトリアはその言葉に微笑んで、俺の肩にその小さな頭を寄せてきた。
 肩に感じる重みとぬくもりが心地よい。

「アルトリア……明日は少し、早起きしような」
「はい。明日とは言わず、しばらくの間……少なくともシロウに美味しいと言ってもらうまでは」

 そんなことを言いながら俺たちは、結局この土蔵で日が変わるまで、こうして肩を寄せ合っていたのだった。





あとがき

 しばらくぶりに連載更新。かれこれ二週間ぶりー。
 途中に短編を挟んでいたことだし、作品の掲載は一週間ぶりになるのだけれど、書いていた本人はあまり久しぶりという気がしないのは何故だろう。

 それはそれとして第四話の反省。
 ご覧の通りにセイバー目だってませんがな(中盤)。どちらかと言えばヒロインはタイガー? むしろ時代は虎?
 ヤツのシーンの印象が強すぎるぞなもし。おかげでセイバーが自分の中で埋もれてしまった。
 うむ、まったく予想外の展開。書いた本人が一番吃驚です。(ていうか、いつも吃驚してないか、自分……)

 あと、話の展開が某短編に似ているとかいうのはきっと気のせいです。


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