こんな、明るいうちに夢を見るほど……俺は彼女を求めていたのだろうか。 開け放した入り口から、少しだけ冷えた夕方の風が流れ込んでくる。 その風を背中に受けながら、伸びた俺の黒い影は一寸の身動ぎもしない。 指の先一つ、動かない。 目の中に飛び込んできた嘘のような映像に、衛宮士郎は完全に凍り付いていた。 だって仕方ない。 夕刻の光に照らされて、黄金に燃え上がった道場は、常ならず美しく――。 おまけにあの時に勝るとも劣らない輝きの中で、彼女の姿は俺が知っているのと寸分違わぬままでそこにいたのだから。 見間違えるはずがない。 勘違いするはずもない。 だけど彼女がここにいるはずはない。だって俺と彼女は、間違いなく二度と再会しえぬ別離を経験したのだから。 だとしたらそこに座している彼女と、その端整な横顔は俺が生んだ幻か、それとも夢の光景か。 学校から帰ってきた俺は部屋に戻って制服から部屋着に着替え、まっすぐにここにきたはずだ。 思い返してもそこに『昼寝』という行動の影は見当たらない。 となればこの光景は夢の中のそれではないはずだし、第一抓り上げた頬が確かな痛みを訴えている。 やっぱりユメじゃない。 だとすれば幻? それにしてはなんて存在感。 息遣いさえ感じられるような幻なんて聞いたことがない。 それともそんな現実のような幻覚を見るほど、俺は彼女に餓えていたのか? ――声を聞きたい。 果たして目の前にいる彼女が、本当に本当なのか。 その声を聞いて確かめたかった。 幻が喋るはずがないから、彼女の声を聞ければ俺はきっと安心できる。 そして何よりも、懐かしいあの声を聞かせてほしいと心が訴えている。 だが同時にそのままでいてほしいとも感じている。 ――彼女が口を開いた瞬間、動いた瞬間、まるで全てなかったかのように消えてしまうのではないか? そんな恐れを抱いている自分がいた。 結局のところ、衛宮士郎に未練がないなどというのは、真っ赤な嘘っぱちだったわけだ。 目の前の彼女が消えてしまうことを恐れて何も出来ずにただ立ち尽くし、何もしてくれるなと――そんなことを思ってしまう臆病者のどの口が未練はないなどと吠えたものか。全くの強がりでしかないじゃないか。 「――」 と、彼女のまつげがふいに震えた。 ああ、彼女が閉じていた瞳を開こうとしているのだな、と漠然と感じる。 同時に、待ってくれ、とか、心の準備が、とか内心であたふたしてもいる。冷静な自分と動揺している自分と、別々な人格が二つ自分の中にできているかのようで、まるで以前遠坂から聞いた錬金術師の分割思考みたいだ、ともう一人の自分が場違いなことを考えていた。 そして彼女がその瞳を開いてこちらを振り向いた。 澄んだ瞳が、真っ直ぐに俺を見詰めている。その仕草も、エメラルドのような瞳の色も同じだ。 彼女は立ち上がり、相変わらず動けない俺に向かって、足音を殆ど立てずに静かに歩いていくる。 歩くたびに金色の髪が動きに合わせて上下し、道場の窓から射しこむ夕日を照り返して輝く。 「……」 そして――彼女が間近に立つ。 彼女はとても小柄で、その頭は俺の胸くらいしかなく、自然見下ろすような姿勢になる。 当たりまえだが彼女は俺を見上げていて、じっと互いに見詰め合っていた。 ――可愛いな。 と、そう思ってしまったのは、いつの間にか彼女の白皙の頬に朱が散っていて、桜色の唇が開きかけては、閉じ、開きかけては、閉じと繰り返している様が微笑ましかったから。 腰の横に下ろした手のひらをぎゅっと握り、緊張のせいか肩を張り、それでも見詰める目線は外さない。 こんな彼女を見て本物のセイバーでないなどと、疑う余地がどこにあるというのだ。 やがて彼女は意を決したように胸に手を当てる。 そしてひとつ、吐息を溜めて吐き出して、 「シロウ」 そう、名を呼んで――ほっとしたように笑みを浮かべた。 「ああ――やっと呼べました。初めに貴方に会って何と言おうかと考えていたのですが、あまり意味がありませんでした」 「……なんでさ」 「はい。本当にいろいろと言いたいことがあったのですが――。シロウがこの道場に入ってきた瞬間に頭の中が真っ白になってしまって……気づいたらシロウの名前ばかりを繰り返していた」 なんて言って彼女は頬を染めて俯いてしまった。 それでもやはりこちらを懸命に見詰め、両手を胸元で合わせてはにかんでいる。 「――シロウ。……こんなにも嬉しいことだとは思ってもみなかった」 それで――吹っ飛んだ。 何が、なんて決まってる。ここで彼女を見た瞬間に緩み、これが現実であると確信した時にがたが来たモノ。 平たく言えば、それなりに頑丈だと自負していた衛宮士郎の理性というヤツで――。 次の瞬間、俺の腕は有無を言わさず彼女の小さな身体を抱きしめていた。 「あ……し、シロウ? いきなりなにを……」 「うるさい。セイバーが悪いんだぞ」 「わ、私のせいですか? 突然そんなことを言うなんて、シロウは横暴だ。説明を求めます」 「……今の俺にそんなまともなことが出来るもんか」 「んッ……ですからその、し、シロウ……?」 うろたえるような戸惑うようなセイバーの声。知っている。彼女はこんな不意打ちにめっぽう弱い。 知っててこういうことをする自分は、あの晩に彼女が言った通りに卑怯だと思う。 セイバーは俺の腕の中でおろおろして、どうしていいのかわからないので、とりあえず俺の胸に手を当てて抵抗らしきものを試みた。 だけど今の俺は理性のたがが外れてる。――そんなコト、許してやらない。 「あっ……」 彼女をより強く抱きしめ、二人の間にあるわずかな隙間さえ塞いでしまう。 小さな頭を胸の中に抱え込み、さらさらとした金髪を撫で梳き、自分の胸に彼女の頬を押し付けた。 どくどくと、自分の鼓動が激しく高鳴っているのを彼女を通して感じる。当たりまえだ、夢にまで見て幻にまで求めたセイバーが、今こうして俺の腕の中にいる。こんなにも近くにいてくれる。 これでなんでもないなんて言ったら、それこそ俺はどうかしている。 「セイバー」 「……はい」 名前を呼ぶと彼女の身体から強張りが抜けて、ふんわりと柔らかく俺に抱かれてくれた。 右手で引き寄せた腰が細くて華奢なのに、わけもなく感動してしまった。 静寂に包まれた道場の中で、互いの鼓動と息遣いだけが聞こえる。 いつしかセイバーは俺の服を掴んで、額を胸にあてて瞳を閉じていた。見下ろす俺からでは彼女の表情を窺うことは出来ないが、その頬は緩んでいるものと思いたい。 そんな彼女の顔が見たくてその頬に手を当てると、セイバーは逆らわずに顔を上げてくれた。 紅に染まりきり、殆どりんごのようになっているほっぺたと、わずかに潤んだ深緑の瞳。 ドクンッ 心臓がひとつ大きく震え、セイバーの瞳に吸い込まれるように視線を合わせる。 ――だめだ、止められない。 殆ど止まる気などないくせにそんなことを心の端に思い浮かべ、ゆっくりとセイバーに近づいていく。 彼女もわずかにまつげを震わせた後、ゆっくりと双眸を閉じ、俺は―― 「あー、随分と早かったんだな、遠坂」 「そうかしら、これでもゆっくりと来たつもりなんだけど――おジャマだったかしらね、衛宮君?」 セイバーを腕に抱きしめたまま、背後から襲ってきた赤いあくまのプレッシャーに、背中をじっとりと冷や汗で濡らしていた。 ――night 02―― 『再会』 「それではこれより、第一回衛宮家弾劾裁判を開廷します!」 ぴこんっ と、藤ねえが手にしたピコピコハンマーがひっくり返した桃缶の底に振り下ろされ、間抜けな音を奏でる。 藤ねえ曰く弾劾裁判。はっきりと勘弁してほしいこの珍事の、それぞれの役割は以下の通り―― 裁判長:藤ねえ 検事:あくま 傍聴人:桜とイリヤ 被害者:セイバー んで、被告人である俺はといえば、そんな錚々たる女性陣に囲まれ、テーブルの上で石を抱いていた。 遠坂のヤツ、いったいどこからこんなもの掘り出してきたんだ? 土蔵にしまってる藤ねえのがらくたにはなかったと思ったんだが……まさか私物? それからできればもう少し優しく縛ってほしかったぞ。荒縄が手首に食い込んで血が滲んでいるじゃないか。 まったく桜のヤツ、いったいどこでこんな縛りのテクニックを覚えたんだか。レディースコミックで覚えたとかクラスで聞いたとか乙女の嗜みとか、そういうのとはかけ離れたレベルだぞ、これ。 「それでは検察側は発生した事件の流れを説明してください」 「はい」 藤ねえに指名され立ち上がる、眼鏡っ子モードの遠坂。 人差し指でクイとつるを上げ、手にした資料の中身を朗々と読み上げる。 「被告人衛宮士郎は本日午後五時頃、自宅敷地内にある道場で、被害者であるS嬢――あ、本人のプライバシーを重んじて本名は伏せておくわ――に、淫らな行為を行った疑いがあります。っていうか、わたしが目撃したんだから事実なんだけど」 「せっ、先輩……そんな白昼堂々なんて信じられませんっ、不潔ですっ!」 傍聴席から桜の悲鳴に近い声が上がる。なんというか、人情なんて紙風船なんだなー、とかそんなことを思ってしまった。 「被告人は被害者であるS嬢を自らの両腕で拘束し身動きできなくした上で、なんと無理やり接吻をぶちかまそうとしていたのです。当時の被害者の目が涙で潤んでいたことからもこれが同意の上での事ではないのは明白。乙女の唇を強引に奪おうなんて、外道の所業ね、外道の」 「ふーん、シロウってばそんなに溜まってたんだ。ひとこと言ってくれれば何とかしてあげたのに」 何とかってナニする気だったんだこの幼女は。どーでもいいがこの家庭環境、イリヤの情操教育には甚だよろしくないような気がするがいかがなものか。 「ま、そんなわけで簡単に事件をまとめると、被告人が道場で嫌がる被害者を拘束し、強引に唇を奪おうとしていたと。こういうワケね。白昼堂々と婦女暴行の現行犯、お上を恐れぬ所業とはこのことよ。被告人には強姦罪が適用されるわね」 「「「ご、ごうかん!」」」 「あの、凛……私は別に」 「シャラップ! この場でガイシャの発言は許可されていないわ!」 いや、どう考えてもこの場で一番話を聞かなきゃいけない、というかむしろ聞いてやってほしい人物なんだが、被害者のセイバーは。 まあ……検事が遠坂だし、裁判長なんてよりにもよって藤ねえだし……異次元裁判なんだから普通と違うのは当然か。 もはやライブで大ピンチな状況はとっくに過ぎ去り、現在は死んだお魚な心境の俺。デッドリィ・フィッシュ・衛宮士郎。 つまりはまな板の上のマグロだ。 こうなった以上、ロクなことにならないのはわかりきっている。事にタイガーが関わり、遠坂があくま超人になっているときは諦めもまた肝心なのだということを経験上、イヤになるほど知っている。 だから俺は無駄な足掻きはしない。マグロになりきり、嵐が過ぎ去って往くのをただ待つのみである。 「サクラ、シロウの魂が半分くらい抜けかけてるけどほっといていいのかな?」 「ごめんなさい先輩! ああなった藤村先生と遠坂先輩はもうわたしじゃ止められませんっ」 ああ、わかってる、わかってるさイリヤ。でも魂くらい抜かなきゃ理不尽で涙が零れちまうんだよぅ。 それから桜、あんまり気にするな。暴走した虎とあくまを止められる人間なんてこの世の中にいるもんか。 俺だって止めようとして止められるなら叫びたいさ。 「異議あり! 今の証人の発言はムジュンしています!」 ってさ……。 「……なに? 衛宮君、貴方は犯罪者のクセに何か言いたいことでもあるワケ?」 「いえ、なんでもありません。どうぞ先に進めていただいてケッコウです」 どうやら本人の意思とは無関係に口に出ていたらしい。 まあ、もちろん簡単に一蹴されて、ついでとばかりに鋭い眼光で鉄槌されただけなのだが。 結局、被告人と被害者の言い分だけは綺麗さっぱり無視されて、異次元裁判はとうとう最終局面を迎えてしまう。 「それでは裁判長、判決を!」 「主文! 士郎のえっちっちー! ううっ、お姉ちゃんは士郎をこんな子に育てた覚えはないよぅ」 「判決、有罪!」 ぴこんっ! めそめそと泣いている裁判長の代わりに検事が力強くハンマーを振り下ろした。 そして俺の額に『有罪!』と書かれた紙がべちっ、と貼り付けられた。 ――この衛宮士郎、一七年間生きてきて、ここまでの屈辱には出会ったことがない。 「最後に被告人、何か言いたいことは?」 「あー、そうだな」 せめてものと与えられた情けに、俺は一拍だけ考え込み、 「とりあえず弁護士呼んでくれ……」 不当裁判だー、と叫び出したい衝動をぐっと堪えてただそれだけを口にした。 とりあえず有罪判決を受けた犯罪者は、簀巻きにして庭の杉の木から吊り下げておいた。 まったくあの馬鹿。久しぶりなんだから気持ちはわかるけど、人前でああいうことはやめなさいよね。 「ふん、士郎のばーか」 「は? シロウがどうかしましたか凛?」 「え? ああ、なんでもないなんでもない」 訝しげな表情を向けてくるセイバーにぱたぱたと手を振って答える。 ……なんだろ、なにイライラしてんのかな、わたし。 と、イリヤがこちらをじっと見ていた。 「む。なによ、何か言いたいことでもあるの?」 「べっつにー。ただ素直になれない女は可愛くないって思っただけよ」 「な、なんなのよそれ……」 イカン。イリヤスフィールの言っている意味は良くわからないけど、何故か頬が熱い。 自覚したら頬だけじゃなくて、だんだん耳のほうまで熱くなってきた。 う。これはよくない。あまり人前で見せてはいけないことのような気がするのだが。 「あの、ところで凛」 「な、なによ」 急に話しかけてきたセイバーに、少しだけ高くなった声で返答しつつ、自分の心を落ち着けようと試みる。 「シロウのことなんですが……いくらなんでもあれは少しひどいのではないかと」 「ふんっ、いいのよ。あいつは少しくらい反省したほうがいいんだわ」 「でも、結局先輩はセイバーさんになにもしてないんですよね? だったら……」 「うっ……」 桜にまで追随されて思わず言葉に詰まる。 ――わかってるわよ。 わたしだって今の自分が結構無茶言ってるなー、っていうのは自覚してるし、そもそもあの士郎が、セイバーであれ誰であれ、相手が嫌がるようなことを本気でするなんて思ってない。 そんなことはわかってるけど、今はダメ。とにかくダメ。わたしだって良くわかんないけど、ダメなもんはダメなのっ。 「とにかくっ! ――久しぶりねセイバー。なんかいきなりごたごたしちゃったけど、また会えて嬉しいわ」 「そうねー。セイバーちゃんってば、いきなり何も言わずにいなくなっちゃうんだもの。先生、寂しかったよぅ」 「ありがとう、凛、大河。私もまたあなたたちに会うことが出来て嬉しい。それから何も言えずに去ってしまったことを許してほしい。私としても心苦しかったのですが、実家の急用ですぐに国に戻らなくてはいけなかったのです」 そう言って礼儀正しく頭を下げるセイバー。 なーんてこと言って桜と藤村先生は納得してるけど、もちろんそんなの嘘に決まっている。 セイバーは三ヶ月前に人知れずこの街で勃発していた戦争の最終決戦で帰らぬ人となったのだ。 いや、それは正確ではなく、士郎によれば彼女は自分の居るべき場所に還り、為すべきことを為しに行ったとのことだった。 わたしにはそのときに何があったのか、詳しいことは知らない。 ただ、士郎とセイバーが――互いに想い合っていたはずの二人が、二人の意思で別離を迎えたのだということだけは知っていた。 その日の朝、一人で帰ってきた士郎を見て、わたしは凄まじい自己嫌悪に襲われたのを覚えてる。 最後にわたしも一緒にいれば――そりゃあ、どうにもならなかったかもしれないけれど、でも、士郎を一人にさせるなんてことはなかったはずだ。 その後のアイツはまるっきりけろりとしていて、なんでもなかったかのようにしてたけど。 でも、わたしのときには少なくとも……士郎がいてくれたから。 まあ、なんでかは知らないけれど、結局こうしてセイバーは帰ってきたわけだし、いきなり士郎と二人でよろしくやってるしで、それじゃわたしのこの三ヶ月はいったいなんだったんだー、と言いたいことがないわけではない。 ……ああもう、その通りだ、認めよう。 わたしはこの三ヶ月、ずっと士郎のことを気にしていた。心配していたと言ってもいいだろう。 アイツは曲がりなりにもわたしの弟子なのだし、心情的には――まさかこんな感情を抱くとは思ってもみなかったが――家族というものに対するそれに近いものを抱いている。 わたしにとって、衛宮士郎という少年の価値は、少なくとも五本の指に入る位置にランクインしているのだ。 だからきっと、今わたしが感じている苛立ちは、可愛がっている弟をぽっと出の彼女に掻っ攫われた姉のそれなのだろう。多分。 要するに士郎はあぶらあげで、トンビがセイバー。うん、これでは悔しくないはずがない。 それがわかったら、昂ぶっていた自分の気持ちもだんだん落ち着いてきた。 「それでセイバーちゃん、今度はいつまでいられるのかしら」 考えに沈んでいたところを藤村先生の声で引きずり出される。 いつまで――か。そんなのわかりきってるけどね。 「大河、私は叶うのであれば、今後はずっとこの家に居続けたいと思っています」 「え……? ずっと?」 「はい」 こっくり頷くセイバーに、ぽかーんとする桜と藤村先生。 わたしとイリヤなんかは既にわかりきっていた答えだったので、とりあえず目の前のお茶なんかを啜っている。 「んー、そっかー。んーんーんー」 藤村先生がウンウン唸って何事か考えている間に、桜はようやくフリーズから解け出そうとしている。 わたしとイリヤは、その様子をお茶菓子なんぞ食べながら見守っていた。 と、ぶつぶつと口の中でつぶやいていた先生が、ようやくその顔を上げた。 「んー、セイバーちゃんならまあしっかりしてるから信用できるし、士郎が良いって言うなら私もそれでいいわよ」 「ありがとう、大河」 「ま、シロウが反対なんてするわけないわよね」 言ってイリヤは、自分でおかわりのお茶を急須からお茶を注いでいた。 明らかに洋風、それも西欧文化の気風漂うイリヤだが、これでなかなか和の文化というヤツを気に入っているようだ。 ただ、こんな幼女がレンタルビデオで『仁義なき戦い』なんて借りちゃうのは、絶対に下宿している場所のせいだと思う。 ……このちびっ娘あくまがディズニーなんて借りてる姿も、それはそれで背筋が凍るものがあると思うが。 で、一見すると堅固そうで、実は意外でもなんでもなく脆かったりする藤村先生が陥落したため、桜が動き出した。 「でもセイバーさん、ご家族の方は大丈夫なんですか?」 「その心配は無用です桜。家の者にはきちんと断ってきました」 「そ、そうなんですか? えっと……それじゃあ、あの、あちらの学校とかは」 わたしたちを蚊帳の外にして繰り広げられる桜とセイバーの問答。 あの子にしてみれば、いきなり戻ってきていきなり士郎といちゃついてるんだから居ても立ってもいられないんでしょうけど――ま、仕方ないと思って諦めてもらうしかない。二人ともそっち方面は子供みたいに不器用なんだろうけど、それでも相思相愛であることに変わりないのだ。 わたしとイリヤの場合、あえて彼女に聞きたい事があるとすれば、それはただ一点。 すなわち『セイバーはどうやって現界しているのか?』ということだけだ。 彼女の身の内にある人間離れした魔力量は、あの頃と比べて一切の遜色がない。加えてわたしたちのこともきちんと覚えているということは、彼女がわたしたちの知っているセイバーであることに間違いはない。 だが、今の彼女があの時のようにサーヴァントであるという事はありえないのだ。 五回目の聖杯戦争は既に終り、起動式である大聖杯も今は停止している。本来は英霊である彼女を現界させる力は今の冬木市には存在しないし、士郎の左手にももはや令呪はないのだから、あの時に彼女の現界を支えていたものは今や何一つ存在していないのだ。 聖杯戦争が終結し、士郎がマスターでなくなった以上、英霊であるセイバーがこの世に留まる術はない。 であるにも関わらず、セイバーはこうしてしっかりとわたしたちの目の前にいる。 つまりそれがどういうことかというと―― 「ま、けっこうどうでもいいんだけどね」 「? なにがですか凛?」 「ん、気にしないで。独り言よ独り言」 ひらひらと手を振ってセイバーに返す。 魔術師としては彼女がどうやってここに留まっているのか、興味がないといえば嘘になる。 でもまあ、遠坂凛にしてみればそれはどうやら些末事でしかないらしく、優先順位は下の下でしかなかった。 わたしにとって重要なのは、士郎が今朝に見たという夢の続きが、現実に訪れたということだ。 強く思えば同じ夢も見続けられるってことなのかしら? 何だか魔術師にはあるまじき非論理的思考だけど。 まあ、そうだとして、士郎の想いの強さがどれほどのものだったのか知らないけれど……素直に良かったって思える。それが何よりも優先されるという時点で、遠坂凛もずいぶんとあのお人好しに毒されてきたなぁ、なんて感じてしまう。 だが悪くはない。 現に、わたしは今きっと微笑を浮かべていて、それはこの状況を受け入れることを歓迎しているということなのだから。 「で? それで結局セイバーはどうするの?」 「はい。これからもこの家でお世話になろうと思ってます。……士郎が良いと言ってくれればですが」 「ああ、そんなモン心配するまでもないわ。セイバーだってあいつがNOって言うとは思ってないでしょ?」 「……はい」 そう言って彼女はわずかに頬を染め、心なしか胸を張って頷いた。 ――ったくもう、可愛くなってくれちゃって。 桜を見ると、あの子も苦笑して頷いている。いろいろ思うところはあっても、受け入れることに異論はないのはあの子も同じってことか。 なんにせよ、これで全て丸く元通り。 わたしがいて、桜も藤村先生もイリヤも、そしてセイバーもいる。 この家はますます大所帯になって騒がしくなるだろうけど、こんなきれいどころを抱え込む幸福と引き換えにするのだ。士郎にはひとつ男の甲斐性というヤツを見せてもらわねばなるまい。 「それじゃ話もまとまったところで――これからもよろしくね、セイバー」 「はい、こちらこそよろしく、凛。ただその前にひとつだけお願いがあるのですが」 「お願い?」 首を傾げるわたしたちにセイバーは頷くと、同性から見ても見惚れるくらいに、それはそれは可憐な微笑をして見せた。 あとがき 第2話。何故だろうか。やっぱり凛が目立っとる。 まあ、それはそれとしてようやくセイバー登場。タイトル前の冒頭は少なくとも彼女がヒロイン。 そして次回は完璧にセイバー独壇場。物語導入部で最も重要な話なんで、彼女にゃ頑張ってもらわないと……。 感想、ご意見などございましたらこちら、もしくはBBSまでよろしくお願いします。 二次創作TOPにモドル |