※このSSには、一部に専門用語が使われています。あとがきに用語の簡単な解説をご用意しましたので、そちらも併せてご利用下さい。
 なお、このSSは丸餅さんの作品「らいおんの小ネタ劇場」の設定をお借りして作成されております。ご了承下さい。













それは、誰にも知られることの無く……



月の無い夜。柳洞寺へと続く石段を脇に逸れて、男は鬱蒼とした森へと足を踏み入れる。
濃く茂る森の腕は、闇をより深め、明かりが無くては凡そまともに歩けるとは思えない。
頼る道標も無く、足場は不安定。文字通り一寸先は闇の中であるにも関わらず、まるで見えているかのような足取りで男は迷わず進む。
聞こえてくるのは、男が地面を踏みしめる音のみ。
聳える木々の間を抜ける後姿は、粛々と立ち並ぶ墓の間を往く墓守にも見えて――


どれほど奥へと来たのだろうか。
柳洞寺の石段も見えなくなり、さらに進んだところでようやく男は歩を止めた。
そこに何があるという訳ではない。あるのは変わらぬ森、そして闇。男は暫し、その場で立ち止まる。


目を閉じ、静かに待つ。時間にして数分が過ぎる。
すると、何を思ったのか男は足元にある小石を拾い上げた。そのまま、目の前へと投げつける。闇に飲み込まれる小石。だが、いつまで待とうと地に落ちた音は無い。
その結果も予想の内だったのか。男は別段驚きもせず、虚空へと手を伸ばす。
しかし、取り出すような動作も見えなかった男の手に、三本の細い剣の柄が握られているのは、一体どういう仕組みなのか。
小石などとは比較にならない程凶悪なそれを、躊躇いもせず前方の闇へと再び投擲。
今度は、闇の向こうから硬い金属を弾く音が響いてきた。

「おいおい。殺す気かよまったく」
内容とは裏腹な、気楽な調子の言葉と共に、男の前へと人影が現れた。手には先の投剣を防いだと思われる、朱い槍。
「私の隙を窺っていた君が言える台詞では無いな。それにあの程度で死んでくれるのならば、先の戦いで私が苦労することも無かっただろう。加えて君には矢避の加護もあると聞く。軽い挨拶だと思ってくれ」

男は腕を組み、やってきた人影を迎えた。
「にしてもなんだあの剣は。強度も無さそうだし投擲用ってのは分かったが、軽い気持ちで弾いたらすげえ衝撃がきたぞ。まあ、お前の創る剣に曲物が無い訳ねえし、そこは俺の落ち度か」
「剣自体はそう大した物ではない。せいぜい不死者を生前の体へと戻す鍵程度の能力だ。君が受けた衝撃は純粋に技法によるものだよ」
「何が挨拶だ殺る気満々じゃねえかこのヤロウ……妙な投げ方しやがって」
「いや、本気では無い。本来なら対象を燃やしたり石化させたりする魔術効果も乗せられる剣だぞアレは」
「だからそれ以前にそんな物騒なモンを投げるなっていう話だろうが」
「済んだ事だ、気にするな。ところであと一人はどうしたランサー?」

まるで意に介さずといった男の様子に、これ以上は追及しても無駄だと判断し、人影――ランサーは面倒臭そうに答える。
「ああ、あいつならもう少しかかるんじゃねえのか? 言峰の晩飯にとっ捕まってたからな。そういやアーチャー、お前メシ作るの上手いらしいじゃねえか。今度こっちにも顔出してくれ。頼むぜ割とマジで」
「断る。私としても極力、綺礼との食事には関わりたくないからな」
即答する目の前に立つ男――アーチャーに、ランサーは苦々しく舌打ちした。
「ちっ、やっぱりお前も知ってるよな……メシさえあれじゃなきゃ、俺もあいつの所に居候すんのに異存は無えんだが……」
食卓の上の惨劇を思い出しているのだろうか、ランサーの顔はどこか青ざめて見えた。

「ふむ。だとすると暫く時間がかかりそうだな。あまり長いこと家を空けていると凛に勘繰られてしまうのだが」
さて、どうしたものか――
考え込むアーチャーだったが、しかし答えを得る必要は無かった。

「お」
「思っていたよりも早かったな、ギルガメッシュ」
ランサーとアーチャーが背後を振り返る。
茂みの奥から姿を現した三人目は、暗い闇夜の中でもその存在感はいささか衰えることも無い、堂々とした佇まいの男だった。

「馬鹿にするな槍兵、贋作者。我が食事如きに時間を取られ、約束を違えるとでも思うたか?」
胸を張り威風高く仁王立つその姿は、さすが英雄の王と称されたことはある。
しかしそれも
「まあ言葉は立派だが、真っ赤な唇と涙目じゃあまり締まらねえぞ英雄王。キツかったなら素直に泣いとけ。見ないフリしておいてやるから」
「う、うるさいぞ槍兵! 貴様もアレの辛さと辛さは知っておろうが!」
「だから見ないフリしてやるって言ってんだろうが」
今となっては過去の尊称となってしまっていた。










「らいおんの小ネタ劇場番外変・逆襲の三馬鹿」










「で、だ。わざわざここに呼び出した訳は何だランサー」
「特別に我の時間を貴様の為に費やしてやろうというのだ。下らない理由であるのなら明日の日は拝めぬものと思え」
呼び出された者と呼び出した者の三人が集い、木に凭れ掛かりながらアーチャーが口火を切り、ギルガメッシュがそれに続く。
ランサーは近くにあった倒木に腰掛けた。いつの間にかギルガメッシュは岩の上に立ち腕を組んで二人を見下ろす位置。さすが英霊、三人ともこの暗がりの中だろうと不自由は無いらしい。
具現化していた愛槍を消し、ランサーは大げさな身振りを含めて話し始めた。
「んなの、大方予想ついてんだろ? この面子に用事があるってこたあ、あん時の話だよ。温泉の。俺としてはどうしてもセイバーの奴に一泡吹かせてやりたくてな。同じ痛みを分かち合った者同士、協力してもらえねえかと思って呼んだ訳よ」
「何を言っておるのだ槍兵。我は貴様等のような下賤の者と共に湯を浴びた記憶など無いぞ」
「はぁ? お前こそ何言ってんだよ。三人で酷え目に遭ったじゃねえか……いや、俺達よく生きて帰って来たよなあそこから。ロクな守りも無え中、大魔術と呪いが飛び交い、影と魔蟲が湧き乱れ、聖剣が舞い狂って、トドメは石化の魔眼と天馬の突撃だぞ。あん時は流石に“生還する者”の俺でもヤバいと思った。ったく、生前のどんな戦場よりもキツかったぜ」

くつくつと苦笑とも嘲笑ともつかない笑みを漏らす青の英雄。筆舌に尽くしがたい地獄を潜り抜けてなお笑える胆力は、凄まじいの一言に過ぎよう。内実がどうあれ、彼にとって生死を賭した駆け引きは何にも勝る娯楽であり、生きる目的なのだ。だがそんなランサーとは裏腹に、アーチャーはらしくもなくその言葉に狼狽した。
「ま、待てランサー。その話を迂闊にするな、ギルガメッシュが思い出してしまう」
「…………」
「思い出すって、まさかアレを忘れたってのかよ英雄王!?」
「失念しているなランサー。ライダーのキュベレイを受けた時、私は抗魔に成じ、君は石になりかけながらも所持する技能とルーンで切り抜けた。だが抗魔に失敗したギルガメッシュは捕縛されたではないか。そして……」

しまった、と思ったときには既に手後れだった。はっとしたランサーがギルガメッシュを見ると、そこにはぷるぷると全身を小刻みに震わせる姿が。
「落ち着けギルガメッシュ! もう終ったことだ、心を平静に保て!」
「あアアぁあああァあっっ!? セイ、セイバー! ごめんなさい、王の名にかけてもう二度としないからッ!? だから、だから股間に零距離風王結界解放はぁァぁぁっ!!?」
アーチャーの制止も空しく、ようやく塞がりかけていたギルガメッシュの心の傷は、一瞬にして全開した。
股間を押さえながらごろごろと岩の上をのた打ち回るギルガメッシュ。理性は一瞬でブレイクダウン。そしてこんにちは忌まわしき過去よ。
眼にはもうアーチャーとランサーは見えていない。あの時の恐怖がまざまざと写し出されているに違いないだろう。

ギルガメッシュの悲痛な叫びをBGMに、アーチャーが沈鬱な表情で呻く。
「……遅かったか。どうするのだランサー、こうなってはギルガメッシュは中々戻ってこないぞ」
非難の目を向けるアーチャーに、ランサーはばつが悪そうな顔で返した。
「悪い。もうちょっと慎重にいくべきだったか。しゃあねえな、俺が何とかする」
「ふむ。ルーンでも使うのかね?」
「そんなのいらねえよ、勿体無い」
軽い足取りでギルガメッシュに近づいて行くランサー。未だごろごろと転がり続けているギルガメッシュめがけて
「せえ……のっ!」

鈍い音が森を揺らした。衝撃にはらはらと木の葉が舞うほどに。

「……また随分と乱暴な手段だな。効果的である事は否定しないが」
「だろ。最近ようやくこいつのあしらい方にも慣れてきたぜ」
「それはそうとして、ぴくりとも動かなくなってしまったのはどうなのだランサー」
「あ? あー……やりすぎたかもしれねえな……」
頭の後ろにでかいたんこぶを作ったまま、うつ伏せになって微動だにしないギルガメッシュ。二人の頬を、一筋の汗が伝う。
「ま、まあこいつだって腐っても英雄だ。ちっとばかし首がヤバい方向に曲がってても起き上がってくるだろ」
「いささか道徳や常識に欠けた意見だとは思うが、対象がギルガメッシュならばそれも是と思えてしまうのはどうなのだろうな……」

二人の予想通りに、数分後には何も無かったかのように復活してしまうギルガメッシュは果たして褒め称えられるべきなのだろうか。

「何やら我の後頭部がやたらと痛む上に、恐ろしい夢を見ていた気がするが」
「夢なら別にいいじゃねえか。それよりも話の続き、いいか?」
「ああ、いきなり脇へと逸れてしまっていたが本題に戻ろう」
そのまま何事も無かったかのように元の位置へと戻る三人。ここであっさりと仕切り直しができる辺り、英霊とはやはり人と明確な一線が引かれてしまっているのかもしれない。出来れば超えたくはない線だが。

「んじゃ続けるぞ……お前等に聞くが、このままでいいと思うか?」
「このままで、とはどういう意味だ槍兵」
「だから、セイバーだよ。マスターである坊主の前じゃ真面目で可愛い娘演じてるクセしやがって、その裏で食うわ斬るわ頑固だわ食うわ。んで大体そのワリ食ってんのが俺達じゃねえか。理不尽だろこれって」
「別に小僧の前だとか気にせず斬ったり食ったりしていると思うが、確かに君の言わんとする事は分かるな」
「何を言うか。我に対するセイバーのあれは愛情の裏返しだ。貴様等と違ってな」
それはどうかという二人のツッコミは無い。徒労であることは火を見るより明らかだからだ。

「まあ坊主云々は抜かしても、俺達がセイバーに色々としてやられてるのは事実だ。俺はなんとかしてセイバーの奴にこの間の事も含め、リベンジをしようと考えた。その結果、思いついたのが……こいつだ」
どこに隠していたのか、ランサーは小さな鞄を二人の前へと出した。
放り投げられたそれを、アーチャーが受け止める。革のような素材で出来た鞄は見た目の小ささにしてはやや重く、上部が釦で二箇所、留められている。その部分を外して中身を出す構造のようだ。

「これは……! 成程、そういうことか。君がどうしてこんな物を知ったのかは分からんが、考えたなランサー」
驚きに目を見張る。中を見ずともアーチャーはそれが何であるかを理解したらしい。しかしギルガメッシュにはそれだけでは伝わらない。
「何だこれは? おい贋作者、分かったのなら我にも説明しろ」
首を傾げるギルガメッシュに、ランサーはにやりとした笑みを見せた。

「こっちで10年暮らしてた割にゃモノを知らねえな英雄王。そいつはな、大陸からこの国に伝わり、そして手を加えられて本来の趣旨とは違った目的を持つようになった道具だよ」










呼び鈴が鳴らされた。
時刻は午前10時を少し回ったところ。この家の主である士郎をはじめ、凛や大河、桜といった、学校がある面々は既にいない。
来客を出迎えるため、僅かに残念そうな顔をしつつセイバーは手にした五つめのどら焼きをお茶請け入れに戻した。
「ふむ。配達の方でしょうか」
戸棚にしまってあった判子を片手に玄関へと向かうセイバー。すっかり留守番にも慣れた様子。
印のために包丁で指をさっくりやった血判を押そうとして、慌てた郵便局員に止められたのは遠い過去である。
実はそう遠くも無い過去である。

「はい、どちら様でしょう」
インターホンの無い衛宮家では、玄関前で用件を聞く。玄関の向こうにいた人影は、しかしセイバーの予想とは違う人物であった。

「私だよセイバー。今日も相変わらず暇しているのだろう?」
そのまま了承も得ずに戸を開けたのは、長身に浅黒い肌、そして白髪といった、街を出歩けば人目を引くこと間違い無しの人物。
アーチャーだった。
ちなみにかつてのような赤い外套ではなく、ダークグレーのスーツに赤いネクタイといった、これまた派手な衣装である。
まあ聖杯戦争時と比べれば幾分かマシではあるが、それでもやはり隣を歩くのはご遠慮願いたい格好だ。サングラスをかけて藤村組を出入りすれば、もれなく誤解されること必至。

「貴方でしたかアーチャー」
「よお。俺達も来てるぞ」
「久しいなセイバー。寂しかろうと思い、我自ら出向いてやったのだ」
アーチャーの背後から現れたのは、シートのようなものを抱え、大きなカットの入ったジーンズにTシャツといったラフな格好のランサーと、こちらはシャルフ・トルテのロゴが入ったケーキの箱を手に、もう見慣れた感のある、黒を基調としたライダースーツのギルガメッシュ。
「やはりいましたね……」
最近、何故か衛宮家に訪れるようになった三人を迎え、セイバーは盛大なため息をついた。



「で、今日は一体何の用なのですか」
勝手知ったる何とやら。ずんずんと玄関をあがり廊下を突き進み居間に座り込む三人を睨みつつセイバーは尋ねる。それでも一応は客だからと茶を淹れてあげるあたりは彼女らしいというか何というか。
「なに、この間と同じだよ。またセイバーに面子合わせを頼もうと思ってな」
自分が淹れた茶に比べればまだまだと思いつつもそんなことは面に出さないアーチャーが、食卓へと手に提げていた小さな鞄を置く。それはあの日の夜、ランサーが二人の目の前に出した鞄であった。次いでランサーが抱えていた筒状のなにかを卓上に広げる。その表面は草原を連想させるような緑。
釦を外し、中身を取り出した。
中から出てきたのは、いくつかの箱に入れられた無数の小さなブロックと、数個のサイコロ、そして中央に点が付いた大量の細い棒。
ブロックには表面に当たる部分に精緻な文字や記号、絵などが彫り込まれている。
そう、三人が衛宮家へと持ってきたのは、中国発祥と云われている卓上遊戯――麻雀の牌であった。

「かまいませんが、貴方達も変わり者ですね。わざわざ負ける勝負を挑んでくるなんて」
「これも修行の一つだ。負けてこそ得るものだってあるだろう?」
「成程」
「贋作者の言う通りだ。ここでの敗北がセイバーの隙を突ぐゥっ!?」
突然、ギルガメッシュの体が衝撃に揺れたかと思うと、その場へ崩折れた。
「どうかしましたかギルガメッシュ。まるで兇刃に脇腹を突かれたような声でしたが」
セイバーとギルガメッシュ双方の死角から、見事な貫手をギルガメッシュの脇腹へと叩き込んだランサーに、アーチャーが後ろ手でサムズアップをかます。

――後方支援は任せろ。お前は目標の誘導を頼む

――OK相棒、良いインターセプトだった

目と目で通じる馬鹿二人。目的の為には仲間ですら口封じに手加減はしない。エロの絆で結ばれた者達は、僅かな間にアイコンタクトさえ可能としていた。
「どうせ茶に咽たりしたのだろう。それよりも、早く始めようかセイバー」
水面下での作戦漏洩阻止成功など微塵も感じさせずに、アーチャーが嘯く。
ああ、げに恐ろしきは馬鹿の熱さよ。



「それにしても、この麻雀という遊戯は意外と奥が深いですね」
じゃらじゃらと四対八本の腕が緑の河で洗牌する。
「だろ。セイバーなら必ずこいつの面白さが分かると思ってたんだよ」
ある程度混ぜ合わせたところで各自思い思いに自分の手前へと山を作り出す。
「ふん。現世というのも中々我を楽しませる物が揃って――うぉっ、山が!」
山を作り終えれば、次は親を決める。崩れたギルガメッシュの山を無視して、仮親のアーチャーがサイコロを自分の山へとぶつけた。
「だがセイバー、君の飲み込みの早さには驚いた。もう我々と同等以上に楽しんでいるのだからな。何日か前に始めたばかりの人間とは思えん」
最初の親はランサー。そしてアーチャー、セイバー、ギルガメッシュという順。
「勝負事は何であれ真剣に取り組むのが私の信条です。それがたとえ遊戯であろうと、そしてどんな相手であろうと」
ランサーがサイコロを振り、出た目に従いアーチャーが自分の山を二つに分けた。
「ほう、言うじゃねえか。ならセイバー、そろそろ俺達も本気で麻雀をやろうと思うんだが。どうだ、乗るかこの勝負?」
各々の手元に並べられる配牌。ランサーの挑発に、セイバーは退却の二文字など思いつきもしなかった。
「笑止。貴方達の実力はこれまでの手合わせで見切っています。仮に今までが余興であったとしても、ルールを熟知した今の私に敗北などありえません」
理牌し、準備は整った。あとは親の第一打牌で全てが始まる。アーチャー、ギルガメッシュ、そしてセイバーの目が、ランサーに向けられる。
「いいんだな?」
「はい、全力での勝負は私としても望む所です」
「私からも確認しよう。二言は無いな、セイバー?」
「諄い。騎士が言を反す事などありえません」
「その言葉忘れるなよ。よし、槍兵始めるがよい」

かかった――――!
卓の下、同時に三人が拳を握り締める。
この時、セイバーは三人の目に宿った不敵な光を、純粋な闘志に因るものだと思っていた。その裏にある、邪悪な思惑に気付かず。

孤高の鷹、勇壮なる猛狗、黄金の王の偉大なる三馬鹿は、着実にそして慎重に青の獅子を恐怖の罠へと追い詰めていた。
恐ろしくもエロい罠に。





「ふ、甘いなギルガメッシュ。その一打は迂闊に過ぎる」
アーチャーが手牌を倒した。並ぶ牌はギルガメッシュの捨て牌を以って、一つの完成を見る。
「おのれ贋作者……我の牌を手駒にするとは良い度胸だ、次を見ているがいい」
和ったアーチャーの手牌を忌々しげに睨むギルガメッシュ。だがそれでも自分が振り込んでしまったという事実は覆らない。

「しかし安い手ですねアーチャー。貴方らしい堅実な形ですが、もう少し待てばもっと好形で聴牌できたのでは?」
「だな。しかし今回はどんな手であろうと和るってのは効果的だ。アーチャーは正しいぜ」
「そういう事だ。ギルガメッシュ、分かっているだろう? 早くしたまえ」
「く、心得ているからそう急かすな!」

アーチャーとギルガメッシュの会話の意味が分からず、きょとんとした表情のセイバー。すると、ギルガメッシュは着ていたライダースーツの上を勢い良く脱ぎ捨てた。下のシャツが露となる。
「? 何をしているのですかギルガメッシュ。そんなに室温が高いというわけでは――」
手休めに、ギルガメッシュが持ってきたシャルフ・トルテのレアチーズケーキをぱくつくセイバー。因みに今彼女が口にしているのはアーチャーの分であり、自らの分は麻雀が始まる前に消えている。いつ食ったんだ腹ぺこ王よ。

「始める前に言ったではないか、『本気の麻雀』をやると。我が贋作者に振り込んだ。故に『本気の麻雀』の法に従い、我が着ている衣服を一枚脱ぐ。至極当然の事だが」
いきなり突きつけられた衝撃の事実に、セイバーは思わずケーキを噴いた。対面のランサーは持ち前の敏捷さで素早く退避。ここら辺はさすが最速のサーヴァントである。

「むう。汚いなセイバー。君も女の子だろう、少しは行儀を覚えたまえ」
かつての自分の家が汚されるのは、やはり気にかかるのだろう。アーチャーが持ち前の甲斐甲斐しさを発揮し、いそいそと布巾を持ち出して掃除する。
しかし、そんな些事はどうでもいいとばかりにセイバーが叫んだ。

「ままままま待ちなさいギルガメッシュ! それは一体どういう意味ですか!?」
「どうもこうもないであろう。振り込んだら脱ぐ、これだけだ。実に簡単だと思うが、分からんのかセイバー」
「分かりますが分かりませんっ!! 何を考えてるのですかあなた達は!」

興奮未だ冷めやらず。があーと吼えるセイバーに横槍を入れるのはランサーだ。それこそ心外だと言わんばかりの身振りで、やれやれと肩を竦めた。
「おいおい。これはこの国にある『脱衣麻雀』っていうれっきとした麻雀だぞ。嘘だと思うんなら後で坊主にでも聞いてみろよ。それに最初に確認した筈だぜ、『本気だがいいのか』って。しかも繰り返してな。まさかここでいきなり降りるなんて冷めたこと言わないよなあセイバーよ?」
「で、ですがこんなルールは聞いていません……!」
「別にルールが変更された訳ではない。ただ本気である証拠として、振り込んだ者へのペナルティが追加されただけだ。遊戯だからといっておいそれと負けるわけにはいかない。そう言ったのは確か君だったなセイバー。その覚悟ならば、負けた時のことなど、考える必要もなかろう?」
「う、ぐ」

一見正論を吐いてるように思えるアーチャーの言葉に、反論できずに呻くセイバー。搦め手は得意としない彼女は、アーチャーのような婉曲に追い立ててくるタイプの相手とは相性が悪い。
「そういや、騎士に二言は無いとも言ってたよな。ってこたあセイバーの返事は一つしかない訳だ。こっちも気合入れてかねえとな、アーチャーよ」
獲物を捕らえ、にやついた笑みを見せる猟犬がいる。
「さあセイバー、勝負を続けるぞ。我の手によって、その美しき柔肌を白日の下に晒してやろう」
金の王が絶望的な宣誓を口にした。

事此処に至り、自分は嵌められたのだという事実が漸くセイバーにも実感できた。表面上は一対一が三方の図式。だが三人が狙っているのは明らかに――
冷たいものが、背筋を伝う。
一瞬、逃げようかという考えが浮かんだ。
だが、それは適わない。ランサーの指摘の通り、騎士の誓いは絶対だ。それをまさか、このような理由で曲げることなどあってはならない。
それはつまり、『シロウを護る剣になる』という、セイバーにとって最も重い誓いをも穢す事に繋がるのだから。
戦うと決めた――それが彼女の願い。
願ったからには、最後まで駆け抜ける。
駆け抜ける対象が選定の剣に縁る王位継承だろうと聖杯戦争だろうと、そして――脱衣麻雀だろうと。それが騎士の王の名を冠する者、セイバーなのだ。
援軍は無い。何とかして、この場は一人で切り抜けるしかない。
そう、アーチャーの言う通り、負けなければそれで良いのだ。シロウを護る剣たる私が、このような場所で敗北する訳にはいかない――!

シロウ、どうか私に力を――

三人には聞こえぬよう、最愛の人への祈りを呟く。悲壮なる決意を胸に、セイバーは重い口を開いた。
「……良いでしょう。あなた達の邪な野望、私が打ち砕いてみせます!」
「君のことだ、退く事は無いと思っていたよ……いくぞ騎士王、衣服の枚数は十分か」
そして激突する、騎士の誓いと漢達の煩悩。
騎士王含め四人となった馬鹿共の明日はどっちだ。








(後編へ続く)









(あとがき)
こちらで、作中に使われた専門用語の簡単な説明をさせていただきます。

河   :麻雀牌をやりとりする場所の、特に中央部を指す。主に牌を捨てるのに使う場所です。
洗牌  :麻雀牌をかき混ぜること。トランプでいうところのシャッフルです。
山   :書かれた字を伏せた状態にして、二列二段の麻雀牌をプレイヤーの手前に並べたもの。山を作ってる途中で崩すと白い目で見られます。
親   :プレイヤーが順番で持ちまわるフェイズのこと。親でないフェイズは子。親の時は、獲得得点とある条件の支払得点が1.5倍になります。
配牌  :サイコロに指定された人の山から、親を先頭にして順番に配られる麻雀牌。親は14枚、子は13枚の配牌で始めます。
理牌  :配牌を自分が把握しやすいように並べ替える作業。上級者は理牌による敵からの配牌の予測を防ぐために、理牌をしない人もいます。
打牌  :自分の手元にある14枚の麻雀牌から、任意の一枚を河へと捨てる動作。本来は山から一枚拾い、14枚にしてから打牌するのですが、親は14枚の配牌からスタートなので拾う事無く打牌するのですね。
卓   :麻雀をしている場所。麻雀卓、略して雀卓などとも言います。
和る  :「あがる」と読む。14枚の手牌を、一定の法則に従って揃えた状態です。
手牌  :プレイヤーの所持する牌。13枚が常で14枚にしては一枚捨てるを繰り返します。
安い  :和った状態で得られる得点が低いこと。安い手は作りやすく和りやすい傾向にあります。
聴牌  :「てんぱい」と読む。あと一枚揃えば和る状態の手牌。13枚が一定の法則に従って揃っている状態です。ちなみに12枚だと一向聴と書き、「いーしゃんてん」と読みます。聞いていませんねスミマセン
振り込む:聴牌の状態である他のプレイヤーが必要とする14枚目の牌を河へと打牌してしまい、他のプレイヤーがその牌を使って和ること。振り込んでしまった人は、和った人へ所持する得点を支払わなくてはなりません。支払う点数は一定の計算式によって算出されます。「放銃する」とも言います。




管理人の感想

 やべえ! 俺が書くより面白いぞ!? どうしよう、三馬鹿のキャラが脳内で固定されちゃったよ!!(特にギル)
 つーか、久しぶりに名無しさんから投稿の〜、ってメールが来たんで読んだららいおん貸してくれと。もちろん快諾した翌日に送られてきたのがこれだ。
 やっぱり名無しさん面白いっすよ。脱衣マージャンって視点もナイスです。マージャンは私も考えてたんだけど、どう考えてもあの超短編のネタにするには難しいしなぁ……

 あとがきで書かれた専門用語解説も親切ですね。まあ、高校時代、受験生だってのに一週間に一回は必ずマージャンやってた私は全部説明するまでもなくわかる類のものなんですけどね。タバコの煙が充満する八畳の部屋で野郎が六人ひしめき合って徹マン(二人順番待ち)。懐かしい思い出です。

 かなり真剣に続きが楽しみです。はよう後編が読みたい!


 名無しさんへの感想はBBSまでよろしくお願いします。


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