<新生! 穂群原学園生徒会>



「予算不足にあえぐ弱小倶楽部を救うため、冬の寒さに震える人々に新しいストーブを届けるため、私は生徒会に入ります」



 ――転入してきたばかりの留学生が発したその一言は、穂群原学園を騒然とさせた。



「セイバーさんが生徒会入り!? な、なんてこと! あの娘はウチが狙ってたのに!」
「そんなあ……あれだけ熱心に勧誘したのに、そんなのってないよぅ……」
「な、なんて勿体無い……! 我が女子柔道部こそ、あの人の運動神経を最大限に活かす場だったのに!」
「うう、セイバーさん……。あなたがマネージャーに来てくれたなら、俺たちは甲子園にだって行けたんだ……」

 落胆する運動系クラブの部長たち。

「おのれ生徒会! なんて羨ましいんだ!」
「畜生! ウチら文学部だって狙ってたんだぞ! なのにどうして生徒会なんだ!」
「でも部長、平等な予算運営のために働いてくれるってんなら、それはそれで……」
「馬鹿野郎! セイバーさんとお近づきになれるチャンスが手に入るんなら、予算なぞ0でも構わんわぁ!」

 血涙を流す文化系クラブの部員たち。

「なあ、聞いたか? 例の超美人の留学生、生徒会に入ったんだってさ」
「それがどうした。俺たち帰宅部には関係のない話だろ」
「いや、さ。生徒会っていつも人数不足で、結構大変らしいじゃないか」
「……そうらしいけど、それがどうかしたのか?」
「いや、だからさ……」

 通学路で立ち止まり、なにやら密談を始める男子生徒たち。
 騒乱は一向に収まらないまま時間は過ぎていき――いよいよ、その日がやってきた。

「今日から私も、正式に生徒会の一員となるのですね」

 放課後。柳洞一成につき従って生徒会室へと向かいながら、セイバーはぐぐっと拳を握った。白磁のような頬がわずかに紅潮しているのは、新しい仕事に臨む昂揚と緊張のためか。
 気合充填しすぎて少しばかり空回り気味な少女に、生徒会長が苦笑する。

「そんなに肩肘を張ることはありませんよセイバーさん。当面は、仕事を覚えてもらうだけになりますから」

「しかし一成、生徒会は今、非常に多くの業務を抱え込んでいると聞きます。私も早く即戦力になる必要があるのではないですか?」

「うっ……。そ、その通りです……」

 図星を刺され、一成はうなだれた。
 やたらと災害が頻発することで有名な冬木市の中心に位置するだけあって、この穂群原学園も妙にトラブルが多い。特にここ数ヶ月間はひどく、小は生徒間の諍いから大は校内ガス漏れ事故、果ては夜の学校で人影らしきものが飛んだり跳ねたり変なものを振り回していたという怪談めいた目撃情報まで発生し、生徒会はその対処におおわらわであった。ただでさえ人手が足らず、部外者の手を借りてようやく備品の修理を済ませている状況だというのに。

「申し訳ありませんセイバーさん。異国の地で暮らすことだけでも大変でしょうに、さらに苦労をかけることになってしまって……」

 沈痛な表情で少女に謝罪する柳洞一成。最近は胃薬が手放せない。
 青い顔で頭を下げる生徒会長に一瞬だけ痛ましそうな視線を送ってから、セイバーは力強く笑ってみせた。

「一成、そのような配慮は無用です。これは私自身が望んだこと。貴方は私の力を存分に利用すればいいのです」

「せ、セイバーさん……」

 少女の誠実で優しい物言いに、生徒会長は内心で男泣きである。
 なんて素晴らしい人なんだろう。どこぞの女狐とは大違いだ。やはり我が友人にふさわしいのはこの人しかいない。待っていろ衛宮、俺が、俺がきっとお前を幸せにしてやるからな……!

「……む? 一成、急に顔色が良くなりましたね」

「ふふふふふ、当然ですよセイバーさん。愛のために戦うとき、男は無限の力を得るのです」

「は?」

「いえ、遠慮は要りません。この戦いが終わったら、祝言はぜひ俺の寺で。料金は格安にしておきますから……!」

「しゅうげん?」

 きょとんとするセイバーをよそに、柳洞一成の思考は快調に脱線中。愛の戦士と化した彼の目に写るのは、若い二人の幸せな結婚式のみである。しかも仏式。
 一列横隊でお経を読み上げる、金色の袈裟をまとった坊主の群れ。そんなド派手かつ抹香臭い光景を幸せに妄想しつつ、一成が生徒会室への道を進んでいると。

「きゃっ!?」
「おっ!」

 廊下を曲がろうとしたところで、向こうから走りこんできた他の生徒とぶつかりそうになった。一瞬で正気に戻った一成が、寺の子として鍛え上げた反射神経でかろうじて回避する。

「す、すまない! 考え事をしていたものだから……。おや?」

「あー危なかった……って、あれ?」

 生徒会長と接触しそうになったのは、ロングヘアーを三つ編みにまとめた女子生徒だった。転倒を避けようと壁に手をついた姿勢のままで、大きめの瞳をぱちぱちとまばたきさせている。

「君は……」

 一成は反射的に脳裏の人物リストを見返した。
 この学校の生徒の情報はすべて把握していると豪語するだけあって、彼の人名禄は非常に分厚い。だが検索にはさほど時間はかからなかった。「生徒会役員」のカテゴリーの中に、彼女の顔写真が貼ってあったからだ。
 一年A組、有島咲子。今年の4月に生徒会に入ったばかりの新人。友人である雅(ミヤビ)蘭(ラン)とともに、今は文化委員として活動している。性格はおとなしく真面目――とそこまで思い出したところで、一成は思考を目の前の少女に戻した。

「有島くん悪かった、怪我はないか?」

「ええと、怪我はありません。大丈夫です」

「それはよかった……だが一体どうしたのだ、そんなに急いで。もうそろそろ、生徒会の定例会議が始まる時間だろう」

「あっそうそうそれなんです! 大変なんですよ会長! あれを見てください!」

 女子生徒が背後――生徒会室のあたりを指差した。普段は誰が訪れるでもなく、ただひたすらに閑散としているだけの教室。
 一成は目を見張った。

「……なっ!?」

 過疎化した村も同然だったはずのその場所は、いまや大量の生徒たちで人口過密状態だった。その数、30人以上か。部屋の中だけでは収まらず、廊下にまで溢れ出している。

「いったい何事……!?」

 驚愕する一成に、疲れ果てた表情で女子生徒が説明する。

「みんな生徒会への入会希望者です。今日になって急にどっと押し寄せてきたんですよ。今までずっと帰宅部だった人を中心に、1年生から3年生までいろんなとこから集まってます。中には、他の部活と掛け持ちしてでも入りたいって人も……」

「な、なんと……!」

「私たちさっきからずっと、あの人たちの入会手続きに追われっぱなしなんです。人手が足りなくてとてもじゃないけど捌ききれません。なんとかしてください会長」

「う、うむ。それはどうにかしよう。しかし……」

 部屋に群がる人だかりを、一成は呆然と見つめた。入会希望者の殺到する生徒会――そんな馬鹿げた、ありえない光景を。
 生徒会とは全校生徒を代表する機関。建前の上ではそうなっている。しかしありがちなことだが、この学園でも多くの生徒は、地味で目立たなくて面倒くさい事務処理係としてしか生徒会を見ていなかった。
 誰も見向きもしない校内活動。暇な生徒が内申点を稼ぐために行く部活。本来の崇高な理念を無視され、一成たちは今までずっと不当な評価に甘んじてきたのだ。
 そんな屈辱の過去を拭いさって余りある光景が、今まさに生徒会長の目の前で繰り広げられている。

「人が……。俺の、俺たちの生徒会に、こんなにたくさんの人が……」

 感動に打ち震える一成の肩に、後ろからぽんと手が置かれた。彼が振り向いた先には、労わるような笑顔を浮かべるセイバー。

「一成、素晴らしいことではありませんか。これこそ貴方の努力の成果です。貴方の努力が人々の心を揺り動かした結果です。あの人数が証明しています、貴方の二年間は、決して無駄ではなかったと」

「せ、セイバーさん……」

 目の端にわずかに涙を浮かべる一成に、セイバーはこくんとうなずいた。彼女はそのまま人だかりへと向き直ると、歓迎するように両手を広げて歩み出す。

「皆さん、よく集まってくださいました。これから一年間、私たちと一緒に頑張りま――」

「あ、セイバーさんだ!」
「セイバーさんがやってきたぞ!」
「なにい!? オイそこをどけ、見えないだろ!」

 そして両手を広げたポーズのまま、少女はあっという間に人垣に呑み込まれた。

「こ、こんにちは! 君を手伝うためにやってきました、オレ二年生の――」
「ええいどいてろ下級生! 俺はB組なんだけど、知ってるかな?」
「あのさあのさ、オレいままで帰宅部だったんだけど、今度から真面目に生徒会活動をやってみようかなって――」
「なんの、俺なんて文学部を放り出してこっちに駆けつけたんだぜ!」

 たちまち始まる自己紹介の集中砲火。我先にと前に出ようとする男どもの競争心が熱気の渦を巻き起こし、熱気はさらなる熱気を煽って、なにがなにやら良くわからない状態に行き着くのにさして時間はかからなかった。

「せ、セイバーさん! 放課後の生徒会室で夕焼けに染まる運動場を眺めながら二人で一緒に――」
「て、てめえ! 何口走ってやがる!? 放課後で二人きりになるのはオレだ!」

 どさくさ紛れの告白まで飛び出す始末。下心をむき出しにして、馬鹿どもの暴走は留まることを知らない。
 重包下に置かれたセイバーは、顔を真っ赤にして怒鳴った。

「静まりなさい貴方たち!」

「おおっ、困った顔も可愛いぜ!」

 効果なし。むしろ大ウケであった。

「ぶ、無礼ですよ! 三秒以内に下がらなければ強硬手段に打って出ますっ!」

「怒り顔キター!」

 駄目だこりゃ。
 ランクBのカリスマも弾き返す凄まじき煩悩、これが若さか。

「……えーと、説明するまでもないと思ったから言わなかったんですけど」

 そして人垣の外。ひとり取り残されて呆然としている生徒会長の横顔を申し訳なさそうに見つめつつ、有島が小声で話し掛けた。

「あの人たち、みんなセイバーさん目当てです」

「……ああ。分かっていたさ、そんなことは……」

 目の前の喧騒からふっと視線をそらして、一成はそうつぶやいた。何もかも悟りきったような表情の、しかしその瞳からはつうっと一筋、なにかがこぼれ落ちていったのだった。







<隊長就任>



「あのう、会長……。あの人たち、早く止めたほうがいいと思うんですけど」

「……はっ!? い、いかん!」

 有島の指摘に、涙をぬぐっていた生徒会長はすぐさまハンカチをしまいこんだ。セイバーに群がる男子生徒どもを強引に押しのけ、人垣の中へと分け入る。腕力だけでは埒があかないと見るや、彼は寺の子として鍛え上げられた声量でもって大喝した。

「いいかげんにせんか貴様ら!」

 廊下全体を震わせるその声は、悪ノリに暴走する連中を止めるには充分な威力だった。40人が一斉に逆の方向を振り向き、そしてうろたえる。

「うっ、生徒会長……!?」

「まったくお前らは。セイバーさんが困っているのがわからんのか。それではただの嫌がらせだ」

 一成にじろりと睨みつけられ、男たちは押し黙った。自分たちの行いを客観的に振り返って、さすがに罰が悪くなったのだろう。大半の者が気まずげな表情で視線をそらしている。
 もっとも、真に反省の色を見せる人間はほとんどいなかったが。

(ちえ、まずっちまったぜ……)
(だけど怒鳴ることはないじゃないか、生徒会長め)
(ふん、まあいいさ。次の機会をうかがうだけだ)

 一向に懲りていない男たちに、士郎に勝らずとも劣らぬ正義感を持つ少年は憤りを覚えた。

(くっ、こいつら全員、本当に下心しかないのか……!)

 セイバーと仲良くなりたいという気持ちはわかる。純粋ではない目的で生徒会に入ることも――今回に限った話ではないから――まあ黙認しよう。だが、こればかりは見逃せない。醜い下心を勤労精神という化粧で覆い隠して、あの少女に近付こうとする行為だけは!

(セイバーさんに迷惑はかけられない。それにこんな連中の助けなど、借りる気も起こらん)

 ぎりぎりと拳を握り締め、一成は決意した。彼らの入会は絶対に認めない、と。
 湧き上がる怒りに身を任せ、生徒会長が40人めがけて口を開く。

「貴様ら、荷物をまとめてさっさと――」

「待ちなさい、一成」

 一成の憤怒を遮ったのは――意外なことに、当事者であるはずのセイバーだった。事の成り行きをじっと見守っていた少女は、静かな足取りで一成の前に出ると、自分よりも頭二つも高い彼を見上げて語りかける。

「人々を率いるべき立場の人間が、怒りに我を忘れてはいけません」

「せ、セイバーさん?」

 彼女の思わぬ言い分に、戸惑いを浮かべる一成。

「こいつらを許すというのですか? あなたにあのような無礼を働いた連中を」

「無礼……なるほどたしかに彼らの先ほどの振る舞いは、礼儀正しいとは言えませんでしたが。しかし、貴方がそのように目くじらを立てることではありません」

「で、ですが」

 なおも反論しようとする生徒会長の瞳を、少女の鋭い視線が射抜いた。

「一成。これはあくまで大事の前の小事。この程度のことで、もっとも大事な目的を見失ってはいけない。生徒会を立て直す――なによりも優先されるべきはそれでしょう?」

「うっ……!」

 雷を受けたような衝撃に、一成がたじたじと後ずさる。セイバーの威厳、そしてセイバーの言葉の正しさは、彼の心を激しく揺さぶっていた。

(この人の言うとおりだ。今の生徒会は切羽詰まっている。とにかくあまりにも人手が足りない。セイバーさん目当てだろうが何だろうが、一人でも多くの人間に入ってきてほしい状況なのだ。しかし、しかし……!)

 しかしそれは、セイバーに対して下心を持つ連中を、大量に生徒会に引き入れることを意味するのだ。
 少年は葛藤する。生徒会のためにセイバーを犠牲にしていいのか。彼女一人にさらなる苦労をかけることになってもいいのか。1を切り捨てて9を救う、そんな行為を正義と呼べるのか……!?
 苦悩する一成の背中を、セイバーは静かに見守っていた。事態についていけずにぼけっと突っ立っていた男子生徒たちも、少女に釣られるようにして生徒会長に視線を向ける。
 沈黙の時間は、しかし5秒ほどで終わりを告げた。40人余の人々の注目の中、一成が決然と顔を上げる。

「……われわれ生徒会は、君たちの入会を歓迎しよう。よりよき学生生活のために、君たちが尽力してくれることを期待する」

 万感を込めた宣言だった。何かを切り捨てることを決めた者の言葉だった。犠牲を払ってでも己の信念を遂げようとする、それは決意表明だった。
 どこまでもセイギノミカタ、じゃなくて生徒会長を張り通そうとする一成に、廊下を埋め尽くす生徒たちからおおっという歓声が上がる。

「諸君、とりあえず生徒会室では手狭だ。入会手続きの続きは、向こうの会議室で行うことにしよう。全員そちらに移動してくれ」

 一成の命令に、男たちは顔を見合わせた。だがそれも一瞬のこと、すぐに全員が素直に移動を始める。今の生徒会長には決して逆らってはいけないことを、彼らも肌で感じたのだ。ぶっちゃけ正義の名のもとに抹殺されかねないし。
 40人の男子生徒たちが、会議室に足を向けてぞろぞろと歩き去っていく。
 そうして周囲から人がいなくなったところで、一成はこっそり肩の力を抜いた。胸の奥から、重い息を吐き出す。

(これでいい。これでいいんだ)

 セイバーの今後の苦労を思うと、一成は胸を痛めずにはいられなかった。生徒会活動に参加する間、彼女は延々男たちの告白合戦の的にされることになるのだ。その精神的苦痛はどれほどのものだろう。
 だが。

『これは私自身が望んだこと。貴方は私の力を存分に利用すればいいのです』

 それはセイバー自身が一成に告げた言葉。高貴なる少女が発した、汚してはならない誓い。ならば自分は少女の献身に応えなければならない。男たちの邪な想いすらも、生徒会のために役立てなければならない。
 一成はそう決心していた。張り裂けそうになる己の心を、鉄の殻で覆って。

(すいませんセイバーさん。あなたの美貌、あなたの人気……存分に利用させてもらいます)

 再び少年の瞳を涙が濡らす。それは哀しみの涙ではなかった。決意の涙だった。
 ――ちなみに同時刻。男泣きする一成の背後で、金色の髪の少女はまったく別の考えを抱いていたりする。

(なぜ一成は、これほどまでに思いつめているのでしょうか)

 胸中に生まれた疑問に、ちょこんと小首をかしげる。少女は視線を、一成の背中から男子生徒の列へと移した。

(彼らが少々礼儀に欠けていたことは、私も認めますが……)

 つい先ほどの男子生徒たちの行いを、彼女は脳裏に描き出していた。
 出会い頭にいきなり周囲を取り囲み、自己紹介の集中砲火を浴びせる。それは確かに非礼に過ぎた行為だ。さすがの彼女も冷静さを保つことができず、思わず本気で怒鳴り返してしまったほどだ。
 だが、と少女は胸中で付け加える。

(なにがなんでも生徒会に入って、この学校の役に立ちたい。心からそう願っていたからこそ、彼らも必死で自己アピールをしていたのだろうに)

 本気でそう思い込んで、セイバーは一人うんうんとうなずく。
 ……少女は未だに、男子生徒たちの真意を誤解していたのだった。

 男として生きた時間が長すぎたせいだろうか。誰よりも見目麗しい美顔を備えた騎士王は、しかし恐ろしいまでの恋愛オンチであった。なぜ男子生徒たちが自分に対して熱烈な自己紹介をしてくるのか、その理由を彼女だけが知らない。仕事にかける情熱がうっかり先走ってしまったのだろうという程度の認識である。当然ながら一成の涙の理由も、彼女はまったく理解していなかった。

「一成、いいかげん泣き止みなさい。あれほどたくさんの人間が手助けしてくれるのです。生徒会の未来は明るい」

「……その通りですセイバーさん。なにがなんでも明るい未来を掴み取らなければなりません。でなければ、あなたが何のために犠牲となるのか……!」

「む? なにか会話が噛みあっていない気が……いえ、まあいいでしょう。私も入会手続きをしなければなりません。先に行っていますよ、一成」

 大いなる勘違いを抱えたまま、金色の髪の少女がすたすたと歩き出す。男子生徒たちの列を追って、会議室へと。
 そしてそんな少女の背中を、一成は罪悪感に満ちた視線で追っていた。

(やはり、セイバーさんだけに労苦を押し付けるわけにはいかん。少しでもいいから、あの人を助けられるような手段はないものか……)

 廊下に立ち尽くし、考え込む生徒会長。そんな彼に、横合いからおずおずと声がかけられる。一成やセイバーの会話をなす術もなく見つめていた三つ編みの少女だった。

「あのー、生徒会長。わたしもこのまま会議室に移動したほうがいいんでしょうか?」

「ん? ああ、有島くんか」

 一成はちらりと相手を見ただけだった。そうしてくれ、と気のない返事をし――直後、いきなり額に手を当てて考え込む。

「? あ、あの……会長、どうかしましたか?」

「……ちょっと待ってくれ。そうだ、これなら……」

 一言二言つぶやいたかと思うと、一成は額から手の平を引き剥がした。そのまま後輩に真剣な視線を向ける。

「――有島くん。友人の雅くんは来ているか?」

「ええ、まだ生徒会室に残っていると思いますけど」

「そうか、では急いで連れてきてくれ。大事な話がある」

「わ、わかりました」

 いつになく切羽詰まった生徒会長の指示を受け、有島が困惑しつつも生徒会室へと戻っていく。
 彼女を見送りながら、一成は自分にしか聞き取れぬほどの小さな声でつぶやいた。

「俺にできるのはここまでです。セイバーさん、どうか俺の無力を許してください……」





「というわけで!」

 満面の笑顔。しゅたっと伸びる右手。不意打ちの挨拶は、底抜けなまでに快活だった。

「今日一日、セイバーさんの傍にいるよう命ぜられた雅でーす! セイバーさんはじめまして、これからもよろしく!」

「…………」

 冷静沈着がモットーのセイバーも、唖然として立ちすくむばかりである。会議室に入ろうとしたところで一年生の二人組に呼び止められ、その片方からいきなりハイテンションな自己紹介を浴びせられたのだから無理もないが。
 ミヤビと名乗った少女は、薄く茶色に染めた髪をうなじのあたりで切りそろえた一年生だった。全身から元気をだだ漏れにしているような印象で、友人だという有島とは色々な意味で好対照である。
 相手の困惑も気にとめず、雅は好奇心を全開にして捲し立てる。

「セイバーさんの噂は聞いてましたよぉ、すっごく日本語うまくて運動神経よくて美人の留学生が来たって。間近で見てみるとやっぱり綺麗ですよね、羨ましいなあ」

「いえ、それはともかく。何がなにやら事情がわからないのですが――」

「ご趣味はなんなんですか? やっぱり紅茶を飲むこと? わたし良い紅茶を売ってる店を知ってますよ。今度ご一緒しません?」

「えーと、その」

「雅、雅、セイバーさん困ってるよ」

 横から助け舟を出したのは有島だった。そのまま彼女はセイバーに向き直り、丁寧に自己紹介をやり直す。

「どうもお騒がせしました。わたし、生徒会の一年生の有島です。で、こちらが同じ一年生の雅。これからよろしくお願いします」

「……よろしくお願いします。三年生のセイバーです」

 釣られてセイバーも自己紹介を返した。が、その顔はまだ疑わしげなままである。

「で、私の傍にいるよう命ぜられた、とはどういう意味なのですか?」

「え、それは……」

 一成からの指令を、有島は思い出す。
 今日一日セイバーの傍に張り付き、男子生徒からの告白や誘いを可能な限り妨害すること。それが彼女らに課せられた使命である。いくら男どもが煩悩に猛っていても、他の女の子と一緒にいるときに声をかけてくることはあるまい。そう読んだ一成の立てた作戦であった。
 ……が。いくらなんでもそんな情けない事情を、正直に本人に明かすわけにも行かない。適当に話を誤魔化しておくこともまた、有島たちの仕事の一つであった。

「つまりですね。セイバーさんはまだ生徒会に不慣れでしょう? だから、わたしたちがセイバーさんの案内をするんです」

 事前に用意していた文面を、有島がセイバーに告げる。こう言っておけば相手も納得するだろう、そう彼女は踏んでいた。
 ――が。

「何を言っているのですか、貴女たちは?」

 金色の髪の少女に対しては、その嘘は完全に逆効果だったようだ。セイバーはたちまち表情を硬化させた。不機嫌さを隠そうともせず早口で後輩たちに告げる。

「他にも新入委員は大勢います。生徒会に不慣れなのは私だけではない。そのような特別扱いをされる理由はありません」

「え? でもあの、えーと」

「帰って一成に伝えなさい。そんな配慮は無用だ、と」

 ――そう。誇り高きかつてのブリテンの王は、他人から侮られることを何より嫌っていた。理由もなく特別扱いされて苦労を免除されることを、好意ではなく侮辱と受け取るタイプの人間だった。

「あ、あの、そういうわけにはいかなくて……」

「貴女たちにも自分の仕事があるのでしょう? 私に構っているような暇はないはずです」

 うろたえる有島にそう言い放つと、セイバーは会議室のドアノブに手を掛ける。これ以上会話を続けるつもりがないのは明白だった。大いに不機嫌な表情のまま、彼女はドアノブを回し――

「部下です!」

 その瞬間に飛んだ声は、底抜けに明朗だった。
 雅である。横で成り行きを見ていた彼女が、身を乗り出してセイバーに捲し立てる。

「わたしたちはセイバーさんの下につくよう命ぜられたんです。セイバーさんが今日から存分に働けるようにって、生徒会長が配慮してくれたんですよ!」

「……え?」

 意外や意外。セイバーはあっさりと停止していた。ドアノブに手を掛けたポーズのまま、呆然と立ちつくしている。
 逆に有島は、友人の脈絡のない発言に慌てふためく。

「ちょ、ちょっと雅……いきなり何を言いだすのよ、もう」

「まーまー有島。ここはわたしに任せなさい。要するに、セイバーさんが気持ちよく仕事ができればいいんでしょ?」

 困惑する友人に向かって軽くウィンクすると、雅は再びセイバーに向き直る。

「よかったですねセイバーさん、いきなり隊長ですよ! 平をすっ飛ばして昇進です!」

「隊長……!」

 具体的な役職名は、セイバーの琴線を激しくかき鳴らしていた。雷に打たれたように目を見開くと、少女は再び視線を二人に戻す。

「隊長……今日から私は、部隊を率いる長……!?」

「そーでーす!」

「い、いえ、待ちなさい。私より貴女たちのほうが、生徒会の実務経験は長いのでしょう。何の経験もない私を隊長に任命するというのは、いくらなんでも――」

「不自然じゃありませんよ! だって生徒会長、セイバーさんにはすっごく期待してましたもん! あの人こそ生徒会の救世主だって!」

 嘘ではなかった。後半部分は、だが。隊長うんぬんの話はもちろん完全なデタラメである。しかしセイバーにとって大事な部分はそこではなかった。

(――き、救世主……そこまで期待されていたというのか、私は……!)

 ――そう。誇り高きかつてのブリテンの王は、他人から期待され信頼されることを何よりも喜ぶタイプの人間だった。

「なるほど。隊長という地位も二人の部下も、一成からの信頼の証というわけですか……」

「そーですよセイバーさん――いえ、これからは隊長と呼ばせてもらいます! 頑張りましょうね、たいちょー!」

 下を向いてぶつぶつとつぶやくセイバーに、雅の駄目押しが炸裂する。
 それが決定打となった。

「……なんと重き地位を得たことか。ふふっ、喜びと重圧に押し潰されそうです……」

 金色の髪の少女の雰囲気が再び一変する。口元に浮かぶは不敵な笑み。騎士としての矜持を胸に、彼女は決然と顔を上げた。どうも変なスイッチが入っちゃったらしい。

「一成の信頼、生徒会の信任――確かに受け取りました。私もまた、全力で以ってそれに応えましょう」

「あのー、セイバーさん? 今のは雅の冗談なんですけど……って聞いてます?」

「さあ、そうとなればぐずぐずしている暇はありません! 雅、有島、行きますよ!」

「了解ですたいちょー!」

 セイバーはばばっと会議室へと振り向くと、ドアノブに手を掛けて勢いよく跳ね開けた。そのまま雅を伴って、ものすごい勢いで会議室へと消えていく。

「…………」

 一人とり残された有島は、かくんと首を落とした。

「今日一日、大丈夫なのかなあ……」

 自分に与えられた任務の困難さを思い知って、少女は深くため息をついたのだった。




管理人の感想

 つーわけでセイバーさんが生徒会に入ったわけですが、すげえボケっぷりかましてますね、これ。
 まあ、世間知らずっていうかこっち側にまだ疎いのだし仕方ないといえば仕方ないのですが……天然だなぁ、と。
 今回は特に士郎とか絡んでこなかったわけですが、いつの日かきっと絡んでくると俺は信じている。

 ところで、だ。
 オリキャラさんの名前、有島さんなわけですが。
 学園モノで有島というとどうしても究極超人あーるの有島君を思い出してしまうのは俺だけではあるまい。
 ……あれ? 俺だけか?
 あとそれから、

 >たいちょー!

 これを見ると咄嗟にヤザン隊長を思い出す俺はきっと間違ってない。
 ……あれ? 間違ってるかも?


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