大きめの鍋に満載されていたシチューは、すでに底を尽きかけていた。俺は怪我が響いたのか結局2杯しかお代わりできず、もともとあまり食べない遠坂は1杯しかお代わりしていない。残りの7杯分ほどが誰の腹に消えていったのかは、改めて言うまでもないと思う。ちなみに、俺が気絶している間に味方になったというマレクは、遠坂並みの小食だったことを付記しておこう。

 さて、少々ご立腹ぎみの騎士様が黙って食欲を満たしている間、俺はなぜか、くだんの歩兵と親睦を深めていたりする。

「シチューのコツですか? 私の場合は、同じものを作りつづけることでした。何しろ食材にも調理器具にも制限がありすぎて、いろいろな料理に手を出すなど不可能でしたから。同じ品に工夫を加えていくくらいしか、できることはなかったわけです」

「なるほど、一品だけを集中して鍛えつづけるのか。参考になる話だなあ。妹分に料理の腕で抜かれないために、俺もそろそろ本腰を入れなきゃならない頃だし」

「ふむ、君にも妹さんが?」

「いや、実の妹ってわけじゃないんだけど。妹代わりというかなんというか」

「……ん? こみいった事情があるようですな。ま、ハタチになる前に妹に上を行かれてしまった私の分も含めて、君の健闘を願っていますよ」

 てな感じで、つい3時間前まで敵味方に分かれていた俺たちは、ベッドの近くに円形に椅子を並べて、実に日常的かつ平凡な会話を楽しんでいた。しかも日本語で。
 ……英霊といい亡霊といい、人間一度死ぬと、やたらと語学が上達するものらしい。
 それはともかく、俺は初めて会話を交わすマレクに、必要以上の親近感を覚えていた。というのもこの人、どうも今の俺と同じような家庭環境で育ったみたいなのである。
 たとえば父親を早くに亡くしていたり、可愛い妹がいたり。あとは――

「あのさ。試しに聞いてみるけど、あんたの姉も無茶だったりするのか? 虎とかそんな二つ名を持ってたりして」

「? そんな面白い家族を持った覚えはありません。私の姉はいたって普通でした」

 そりゃそうか。藤ねえと同じような人間があちこちに存在するはずがない。されても困る。
 などと俺が勝手に納得していたら、マレクは急に遠いところを見るような目つきになった。

「まああの人は、仕事はできても家事が駄目だったり色気より食い気だったり無理で道理を引っ込めるタイプだったり暴れ出したら手がつけられなくはありましたが」

「なんだか微妙にウチの姉と被ってる気がするんだが」

「いやいや、さにあらず」

 ちっちっちと指を振るマレク。芝居がかった仕草だけれど、それが妙にこの人には似合っている。

「私の姉は文学趣味が強かったですから。活版印刷など無い時代なのに、街中の大人からいろいろな国の物語を聞き出しては羊皮紙に書き溜めていたのです。そして幼い私に、子守唄代わりに語って聞かせてくれたものでした」

「へえ。それなら確かに藤ねえとは違うかも」

「でしょう。征服王物語だのガリア戦記だのアルゴス探検隊だのアーサー王物語だのといった冒険物語を、いいかげん聞き飽きて嫌がる弟に無理やり語って聞かせる姉など、そうはいません。いてほしくない」

「……藤ねえとはタイプが違うけど、やっぱり無茶な姉だと思うぞ。それ」

 姉の横暴に苦しむ弟って、わりと万国共通の存在なのかもしれない。
 なんとなくマレクと二人して溜息などついていると、それまで黙って椅子に座っていた遠坂が、パンパンと手を叩きながら立ち上がった。

「そろそろ雑談は終わりにしましょ。セイバーも満腹したみたいだし」

「いえマスター、まだ腹七分というところですが」

「――満腹したみたいだし、このへんで真面目な話に移ってもいいかしら?」

 いつのまにか大変ご満悦な笑顔になっていた騎士様(まだ食事中)を、遠坂は一睨みで黙らせた。……いやだから、その目はやめろって遠坂。本気で怖いから。セイバーもうなだれてるじゃないか、可哀想に。
 とはいえさすがに俺も、自分たちを脅かす敵の存在を思い出していた。握った拳が自然と固くなる。
 プリーストという名のサーヴァントを洗脳し、そしてセイバーを奪い去ろうとした集団。かつてナチスに協力し、今またナチスの復活を目論む、トゥーレ協会とかいう連中。

 ――そして、あのハイエナのような男。セイバーを背後から撃ち、俺を殴り倒して気絶させた男。
 あいつのことは忘れない。次に会ったら、必ず――

 ぎりっと歯を食いしばる俺。その俺の顔を一瞥してから、遠坂がマレクに質問を始めた。

「ところでマレク、あなたはどのくらいの知識を持っているのかしら」

「私がプリーストによって召喚され、トゥーレ協会の洗脳を受けたのは10年ほど前のことです。それ以降のことはだいたい記憶していますし、それ以前のことも推測することは可能です」

「ふむ。じゃあ……まず、あいつらの戦力を教えてちょうだい。場合によったら、すぐにこの宿を引き払わなきゃならないし」

 マレクは首を振った。

「いえ、その必要はないでしょう。トゥーレ協会のチェコ国内での拠点は、ここから100kmほど東にあるブラニーク山の地下研究所だけです。そこには私と同じような亡霊戦士が40体ほどいますが、その全員をこのターボルにまで動員するほどの魔力貯蔵はありません。英霊であるプリーストまで出撃すれば、あとは10体を活動させるのが限度でしょう」

「そしてターボルにまでやってきた亡霊戦士たちも、さっきの戦闘で全滅した。ということは、連中もしばらくは攻めて来ないわね」

 一つうなずくと、遠坂は次の質問に移る。

「じゃあ、トゥーレ協会の情報収集能力を教えてちょうだい。あのハゲは、わたしたちがマティウスに会うことをどうやって知ったわけ?」

「それは偶然が重なった結果です、魔術師殿。いえ、もちろんトゥーレ協会は、第5回の聖杯戦争が終わった直後から騎士殿に目をつけていたのですが……」

 そこでマレクは、ベッドで眠る老紳士のほうを痛ましげに見やった。

「クローゼが最初に狙いを定めていたのはマティウスさんでした。とある理由から、奴はマティウスさんの召喚術理論を必要としていたのです。そして彼の研究成果を奪い取るため、霊体化能力を持つ私たちを使って、マティウスさんの行動を逐一監視していました」

「なるほど。で、監視を続けている最中に、彼があの場所でわたしたちと会うことをたまたま知ったというわけね」

 はあ、とため息をつく遠坂。それは己の間の悪さを嘆いているのか、それともクローゼの悪運の強さに辟易しているのか。おそらくは両方だろうが。

「あなたたちの来訪を知って、クローゼは狂喜乱舞していました。トゥーレ協会が目をつけていた英霊が己のホームグラウンドに乗り込んでくる。首尾よくこれを捕らえることができれば、最高幹部に引き上げられるのは間違いない、と」

「……まったく、なめられたものね。小娘一人くらいどうとでも捻じ伏せられる、ってことかしら」

 肩をすくめると、遠坂は後方の椅子にすとんと腰をおろした。すぐに知らなければならない情報は聞き尽くした、ということなんだろう。椅子に座り直したのは、これからじっくりとミーティングを行うためだ。彼女が一息ついている間、食器を片付けたセイバーも俺の隣、歩兵の対面の椅子に座る。
 全員が着席したことを確認してから、遠坂はマレクへの質問を再開した。

「それじゃ、プリーストの正体を教えてもらえる?」

「プロコプ。アンドレアス・プロコプ。われわれフス派の司令官を務めた男です」

「あっ……そっかフス派!」

 たちまち遠坂の顔色が変わる。どうやら思い当たるところがあったようだ。そして俺も、フス派という単語にはなぜか覚えがあった。ええと、どこで聞いたんだっけ。
 ……と、そう考え込んだのがいけなかったのか。

「そこの馬鹿弟子、世界史でやったでしょうが世界史で! 教科書に出てくる単語くらい丸暗記しときなさいよ!」

 とたんに遠坂が無理難題を吹っかけてきた。俺は呆れて肩をすくめる。おいおい、そりゃ無茶ってもんだろ師匠。

「――あのね衛宮くん。一人前の魔術師になろうと思うなら、その程度の暗記量じゃ済まないのよ?」

 冷たいながらも完全に本気の口調で、遠坂がそう釘を刺してきた。――ええと、師匠。それは本当ナノデスカ?
 ……俺、本気で魔術師に向いていないかもしれない。自信を失くした俺は頭を抱え、そんな俺を無視して遠坂は質問を続ける。

「じゃあプリーストの宝具って、『賛美歌の勝利』がもとになっているわけ? あと、連結した荷車を盾代わりに呼び出していたような覚えがあるんだけど、あれって車砦ワゴンブルク?」

「両方ともその通りです。付け加えれば、ブラニーク山に眠る我々フス派の戦士の魂を召喚し使役するのも彼の固有能力の一つ。トゥーレ協会はそれを悪用して、亡霊戦士の数を増やしているのです」

「むむ、むむむむ」

 妙な唸り声を上げると、師匠はそのまま沈黙してしまった。本格的に熟考モードに入ったのだろう。こうなると、いくら外から呼びかけてもまともな反応は返ってこない。
 さっぱり訳がわからない俺は、仕方がないのでマレクに直接質問することにした。

「結局あんたたちって、何なんだ?」

 生真面目な顔で遠坂の矢継ぎ早の質問に答えていた歩兵は、俺のその言葉に、なんとも形容しがたい表情を作った。そのままこちらに視線を向けると、何かを確かめるように、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。

「理想をかなえるために剣を取り、教会と皇帝と欧州のすべてを敵に回して一歩も引かず、戦って戦って戦い抜いて。勝って、勝って、勝ち続けて」

「――――」

「勝ち続けたがゆえに理想を見失い、そして最後は同胞に裏切られ、血塗られた丘に戦死した。つまりはそれが私たちです」

「嘘だ」

 唐突に響いたその言葉は、俺が発したものではない。俺はただ、彼女がその一言を発したことに驚き、隣を振り向いただけだ。
 金色の髪の少女が、睨みつけると形容してもいいほどの厳しい視線をマレクに送っている。その両手は膝の上で固く握り合わされ、その顔からは少し血の気が引いていた。

「嘘だ。そんなはずはない」

「嘘と言われましても」

 俺と同じくセイバーの反応に驚いていたマレクだが、彼は静かに首を振った。

「少し格好をつけすぎたかもしれませんが、今のはおおむね事実ですよ」

「事実だというなら、きっと貴方は本心を隠している。戦って、戦い抜いて、何も報われぬままに死んだという人間が、そんな満足げな笑いを浮かべられるはずが――」

 何かに憑かれたように捲したてるセイバーの様子は、傍目からでも尋常ではない。俺は思わず彼女に声をかけていた。

「セイバー?」

「あっ……」

 俺の呼びかけに、ようやくセイバーが我に返る。彼女は後悔の眼差しを浮かべると、消え入りそうな小さな声でマレクに謝罪し、口を結んだ。
 いったい今のはなんだったんだろう。あんな子供じみた態度で相手の言葉を否定するなんて、明らかにセイバーらしくなかった。食欲が戻ったから安心していたけど、まだ身体の調子がよくないのかもしれない。
 三人ともが不意に黙り込んでしまったせいで、部屋の中が急に静かになった。午後の静寂があたりを満たす中、ただ一人自分の考えにふける少女のつぶやきが、嫌でも耳につく。

「……ったく、あのハゲめ。なにが邪教徒よ。おかげで思考の方向がマイナーな秘密結社に固定されちゃって、フス派なんてスーパーメジャーに気がつかなかったじゃないの。この遠坂凛ともあろう者がなんて不覚。ああもうあのハゲ、次に会ったら絶対ツブす……!」

「おい師匠、邪悪な独り言はやめてこっちに戻って来い。みんな引いてるぞ」

「……へ?」

 ぱちくりとまぶたを上下させた遠坂は、きょとんとした表情で、俺たち三人を順繰りに見回した。

「どうしたの。わたしの顔になんかついてる?」

「いや、その……もういい。それより遠坂、なんか打開策とか解決策は思いついたのか?」

 彼女の悪癖については完全に諦めることにして、俺は頓挫した話を前に進めるべくそう尋ねた。

「いえ、まだよ。だって状況が全然整理されてないもの。過程を無視して一気に結果を求めたって失敗するだけよ」

「んじゃ、状況は整理できたのか?」

 次なる俺の問いかけに、今度は首を縦にふる遠坂。

「ええ。だいぶ推測交じりだけどね。フス派についてはわたしも詳しいわけじゃないから後でマレクに話してもらうとして、まずはトゥーレ協会のことについて、時系列順に整理していきましょ」

 そう前置きして、彼女の話は始まった。

 第一次大戦が終わったばかりの1918年に設立されたトゥーレ協会は、早くからヒトラーに目をつけ、彼と親交を結んでいた。トゥーレ協会のリーダーであるエリック・ヤン・ハヌッセンの思想はヒトラーに大きな影響を与え、また資金面でも、ドイツ労働者党――1920年に国家社会主義ドイツ労働者党、俗称ナチスに改名――に多額の協力を行ったのだという。
 魔術師の掟を破ってまで歴史の表舞台に出たトゥーレ協会の目的は、第一次大戦の敗北で荒れ果て、重い賠償金を課せられた祖国を復興することだった。そしてそのためには、ヒトラーのような強力な指導者と、周辺国を圧倒できる軍隊が必要だと彼らは考えた。ヴェルサイユ条約によって軍備を厳しく制限されたドイツに影の軍隊を創設するため、彼らはさまざまな魔術的手段を模索したのだ。

「その模索の中でトゥーレ協会が目をつけたのが、サーヴァントだった、というわけか」

「ええ。しかも、強すぎず弱すぎない英霊を、ね」

「強すぎず弱すぎず? なるべく強いほうがいいんじゃないのか?」

 首をかしげる俺に、遠坂は呆れたような視線を向けた。

「あのね。わたしたちが参加した聖杯戦争を思い出してみなさい。バーサーカーとかランサーとかキャスターみたいな連中を、人間の魔術師がどうこうできるはずがないでしょう?」

「ああ、たしかに」

「神代や古代の英雄は、ほとんど半神のような存在よ。そんな存在を制御できるはずがないし、できたとしても維持コストだけで莫大なものになるでしょうね。でも、それほど力のない歴史の浅い英霊ならば、制御も維持も比較的簡単になる。だからトゥーレ協会はプロコプに目をつけたんだと思うわ」

「むう」

 俺はまだ首をかしげていた。その理屈はわかるけど、だからって弱い英霊を味方につけても、強力な軍隊を創設するという目的には適わないんじゃないだろうか。

「士郎、プリーストの使った宝具を思い出してみなさい。最強の魔力耐性を持つセイバーすらも拘束したあの歌を」

「えーと……」

 セイバーが背後から狙撃される直前の状況を、俺は思い出していた。たしか、プリーストが呪歌のようなものを口にした途端、それまで疾風の速さで敵陣を切り裂いていたセイバーの動きががくんと止まったのだ。アレは一体なんだったんだろう。

「あれはね、信じられないような歴史的事実に基づいた宝具なのよ。ある意味で『ゲート・オブ・バビロン』よりもインチキくさいかもしれない」

「……その、インチキという形容詞はどうかと思いますが……」

 情けなさそうな表情で、マレクが控えめに抗議の意思を送る。彼はそのまま遠坂に代わって、プリーストの宝具の解説に移った。

「あの宝具の正確な名は――トゥーレ協会は破滅の種撒く悪魔の歌などと呼称していましたが――『祝福受けし戦士の歌コラール』というのです」

 彼が簡単に説明したところによれば、フス派とはカトリック側にとっての異端者であり、全欧州から敵視される勢力だったという。ゆえに1431年、教皇は欧州全土に呼びかけて13万というとてつもない数の異端撲滅十字軍を編成し、フス派の本拠地の一つであるプラハに向けて進軍させた。対するフス派が迎撃に用意できたのは2万。それまで何度も勝利を重ねてきたフス派ではあるが、6倍以上という圧倒的な物量の差は致命的だった。しかしプロコプは慌てることなく、フス派が戦闘を始める前に必ず行う儀式に取り掛かる。

「彼は全軍を整列させ、賛美歌を歌わせました。『汝よ神の戦士たれ』。フス派が自らの戦意を高めるため、戦闘前に必ず口にする歌です。同時にそれは、フス派の前に敗北を重ねてきた十字軍の諸侯たちにとって、戦闘前に必ず聞かされてきた悪夢の歌でした」

 賛美歌によって起こった変化は劇的だった。歩兵として駆り出されてきた農民たちが真っ先に逃げ出し、傭兵や騎兵たちが後に続く。逃亡者が続出するのを目の当たりにして、諸侯たちも馬首を返した。聖職者も王も陣形の崩壊を食い止めることはできず、やがて地平線を埋め尽くした13万の軍は、雪崩を打って撤退を始めたのだ。

「――たしかに信じられないぞ、それ」

 唖然とする俺に、遠坂がうなずいた。

「もちろんそれは、周囲を取り巻く状況がフス派に味方したからこそ起こった現象だった。でも、彼らがとてつもない奇跡を起こしたことには違いないわ。ゆえにフス派の賛美歌は高貴なる幻想にまで昇華され、宝具となった。そうでしょう、マレク?」

「ええ。あの歌は史実どおり、味方の戦意を高め、敵を敗走に追い込みます。対軍という分類の中では、これほど優れた宝具もないでしょうね」

 なるほど、だからトゥーレ協会はプロコプに目をつけたのか。たとえ英霊本人が大した力を持っていなくても、軍隊そのものを強化した上で敵を弱体化させる宝具を持つなら、下手に強力な英霊よりずっと役に立つ。

「というわけで、トゥーレ協会は聖杯戦争のシステムを悪用して、チェコの英雄を自らの兵隊に仕立てようと目論んだの。そして彼を確実に呼び出し制御するため、ナチスや配下の者たちにあるものを探させたのよ」

「あるもの?」

「プロコプを呼び出すための触媒。それも、剣とか鞘とかピアスのような物品よりも、もっとずっと本人と深い繋がりを持つもの。つまりは、本人の遺体よ」

「遺体!?」

「そう」

 ひとつうなずいてから、師匠はさらに詳細な解説を加えてきた。
 触媒は普通、狙った英霊を呼び出すための道具に過ぎない。しかし触媒の種類によっては、英霊の魂にまで影響を及ぼすことができるのだという。特に本人の遺体は、英霊自身の魂と密接な繋がりを持つため、やり方次第で英霊の意思に大きく干渉することができるのだそうだ。
 プロコプの遺体は、何度か発掘作業が試みられたにも関わらず現代にいたるまで発見されていない。しかし彼の遺体が失われていないという噂は根強く残っている。たとえば、どこかのフス派の教会が大切に保存しているだとか、彼の復活を恐れたカトリック教会が持ち去って封印してしまったのだとか。

「どの噂が本当だったのかはわからないけど、とにかくトゥーレ協会はプロコプの遺体をどこかから見つけて回収し、第3回の聖杯戦争で彼を召喚することに成功した、ってわけ」

 なるほど、そういうことか――と納得しかけて、俺は見落としに気がついた。

「そんな強力な宝具を操る英霊を手に入れたっていうのに、なんでナチスは戦争に敗北したんだ?」

「あの宝具には弱点があるのです、見習い殿」

 答えたのはマレクだった。

「『汝よ神の戦士たれ』は、フス派の全軍が声を合わせたからこそ劇的な効果を発揮したのです。宝具となった今でもその本質は変わりません。ゆえにプリースト一人だけで歌ったところで、賛美歌の威力をすべて引き出すことはできない。具体的には、射程距離がかなり限定されてしまいます。そうですね――8メートル程度といったところでしょうか」

 ああ、あのとき動きを封じられたのがセイバーだけだったのはそのためか。俺や遠坂も賛美歌を耳にしていたけれど、射程距離を外れていたせいで効果が及ばなかったのだろう。

「逆に言えば、プリースト率いるフス派の亡霊戦士の数が増えれば増えるほど、コラールの有効射程は伸びていきます。10人の小隊なら半径40メートル、40人の中隊ならば半径80メートル……といった具合に」

「だから、トゥーレ協会は亡霊戦士の数を増やすことにこだわったってわけね」

「はい」

 遅まきながらプリーストの宝具の特性に気付いたトゥーレ協会は、1938年にナチスがチェコを保護領とすると、さっそくブラニーク山に秘密裏に研究所を作った。なぜならチェコの伝説では、フス派の戦士の魂はブラニークに眠るとされていたからだ。果たしてその山は、プリーストが亡霊戦士を呼び出すのに最も適した場所だった。
 コラールの威力を高めるため、トゥーレ協会は第二次大戦が始まってからも、亡霊戦士を召喚してはそれを洗脳するという作業を続ける。

「亡霊戦士の数が1万にまで増えていれば、ナチスの勝利もありえたかもしれません。幸いにしてそんなことにはなりませんでしたが。プリーストの自主的な協力を得ずに亡霊戦士を召喚するのは大変な手間が掛かりますし、召喚した戦士を洗脳するのはそれ以上に大変だったのです」

 静かに語るマレクだが、その瞳に浮かぶのは安堵ではなく、激しい怒りだった。チェコを守るための戦士が、チェコを侵略した者たちによってその魂を冒涜され、奴隷のように扱われているのだ。彼の怒りも当然だろう。
 ともあれ、プリーストの能力は発揮されないままで第二次大戦は終わり、ナチスは敗北した。しかし魔術協会の追撃を逃れたトゥーレ協会の幹部は、いつかナチスが復活する日を夢見て、研究所の存在を隠匿し、プリーストの研究を続けたのである。

「でも、亡霊戦士の数を増やすことに関しては、はかばかしい進展はなかったようね。ブラニーク山に研究所が建てられてから60年以上も経った今でも、50体までしか増えていないんだから」

「その通りです魔術師殿。大々的に実験を行えるならともかく、ブラニーク近郊の人間や、なにより魔術協会の目を誤魔化さなくてはなりませんから。それに、資金不足などさまざまな理由で、何度も中断期間があったようです。そんなわけで、研究は遅々として進まなかった」

「マティウスの召喚術理論を奪おうとしたのも、そのためね?」

「はい。彼の理論を応用することで亡霊戦士の召喚と洗脳を飛躍的に早めることができるはずだ、とクローゼは言っていました」

「むう……」

 俺は唸り声を上げた。自分たちのろくでもない目的を果たすために、トゥーレ協会は生者と死者の双方を踏みにじり、そのうえ英霊たちまで利用しようとしているということか。

「それじゃあ、奴らがセイバーを狙っているというのも――」

「ええ。やはりあいつらは、本気でサーヴァントを中核とした軍隊を創設するつもりなのよ」

 そうでしょう? と遠坂が、マレクに視線で問い掛ける。歩兵はうなずき返し、そしてトゥーレ協会のもう一つの計画について説明を始めた。
 遅々として進まぬ研究に痺れを切らしたトゥーレ協会は、プリースト以外のサーヴァントを手に入れる試みに取りかかったのだ。第4回聖杯戦争にも、魔術協会と聖堂教会の監視をかいくぐって、トゥーレ協会の息の掛かった魔術師が参加したのだという。しかし結局その魔術師は、サーヴァントを持ち帰るはるか手前の段階で、無数の宝具を飛ばす恐るべき英霊に殺害されてしまった。
 第4回はそういった経過で失敗に終わり、第5回では魔術協会の目を逃れることができず、魔術師を送り込むことすら叶わなかった。しかし落胆するトゥーレ協会の幹部のもとに吉報が届く。聖杯戦争に勝ち残った魔術師の一人が、戦争が終わった後もサーヴァントを使い魔として手元に残していたのだ。ただちにトゥーレ協会は、その生き残りの魔術師を次の標的に定めた。
 そして、日本にいる彼女のサーヴァントをどうやって奪おうかと思案していたところで、その当人がサーヴァントを連れてチェコの地までやって来たのである。

「あちゃあ……連中にとってみれば、カモがネギ背負って自分の家に飛び込んできたようなものね。そりゃあ思わず先走りたくもなるわ」

 自分の間の悪さを本気で嘆いているのか、遠坂は頭痛を抑えるように手の平を額に押し付けた。その気持ちはわかる。召喚術の技術取得と小旅行を兼ねてやってきただけのこの国に、こんな陰謀がてぐすね引いて待ち構えていたのだから。そこだけを見れば、たしかに見事なまでに出来の悪い偶然だった。
 しかし結局のところ、トゥーレ協会との対決は避けられなかったのだ。奴らは必ずセイバーを手中に収めんと動き出していただろうし、遠坂だって奴らの企みを許すはずがない。そしてもちろん俺も、遠坂やセイバーに手を出そうとする連中を野放しにする気などなかった。あいつらは、いずれ必ず潰さねばならない敵だ。

 いつになく好戦的な気分になっていることを自覚しながら、それでも俺は、忘れてはならないことを思い出した。俺たちの命を救ってくれたという人が、毒に蝕まれて死に瀕している。まずはそれを何とかしなくてはならない。

「ともかく今は、解毒剤を手に入れないと、な」

 いちばん手前のベッドに眠るマティウスは、現在は小康状態を保っている。しかしクローゼという男の言葉を信じるなら、彼の命はあと三日もない。そして彼の死を回避する唯一の手段は、トゥーレ協会が持つ解毒剤を手に入れること。さらに言うなら、俺たちが知る唯一の手がかりは、ブラニーク山にあるという研究所だけなのだ。

「……やっぱり、ブラニークに乗り込むしかないようね」

 額から手の平を外して、遠坂が顔を上げる。そこにあるのはまぎれもなく、魔術師としての冷然たる表情。俺の師匠もすでに第2ラウンドを戦う覚悟を決めていた。
 と、そんな俺たちの様子を見やって、慌ててマレクが立ち上がる。

「二人ともお待ちください。解毒剤は、私が研究所に忍び込んで奪ってきます。あなた方は、ここでマティウスさんを守っていてください」

「無理よ」

 きっぱりと遠坂は断言した。

「相手は60年以上も魔術協会から逃れつづけてきた秘密結社なのよ。その研究所には、さぞや巧妙に警戒用の魔術が張り巡らされているでしょうね。すでに敵として認知されたであろうあなたが忍び込むなんて不可能だわ」

「しかしだからと言って、正面から乗り込むのはもっと無茶です。研究所周辺ならばすべての亡霊戦士を動かせますから、プリーストの宝具の射程は80メートルに達します。一体どうやってそれに対抗しようというのですか?」

「セイバーの魔力耐性にわたしの防御魔術を上乗せすれば、少しは――」

 言いかけた遠坂をさえぎって、マレクはかぶりを振った。

「魔力耐性も対魔防御も、コラールの前では気休めにしかなりません。あれは史実どおり、戦う理由もなく戦場に来た者、自らの命を危険に晒す気のない者、あるいは戦う理由を見失った者、戦うことに疑問を持っている者に対して、ひとつの例外もなく効果を発揮します。……いえ、その説明では不正確ですな」

 髭に手を当ててしばらく考え込んだ後、マレクは思い出したように付け加えた。

「たしか、クローゼは因果逆転の一種だと言っていました」

「因果逆転……というと」

 ランサーの宝具がそうだった。あれは、槍の穂先が心臓に命中するまでの過程を無視し、槍が心臓を貫くという結果をいきなり現実のものにしてしまうのだ。ゆえに、穂先をどの方向に向けて放ったところで、それは普通ではありえない軌道を描いて必ず心臓に突き立ってしまう。いや、槍を心臓に届かせるため、現実が槍の軌道を勝手に修正してしまうのだ。結果、槍はまるで初めからそこに向けて放たれたが如く心臓に命中するのである。
 同じ現象をあの歌が引き起こすというなら、それは。

「効果範囲内の敵が戦意を無くすという結果を、そこに行き着くまでの過程を無視して必ず現実化してしまう、ということね」

 師匠が的確な解説を加えた。……って、ちょっと待て。それって凄い反則じゃないか。

「戦わなければならない理由がどんなにあっても、必ず戦う気を失ってしまうってことかよ、おい」

「いえ、さすがにそれは違います見習い殿。あらゆる敵から戦意を奪うことができるわけではありません」

 生真面目な顔にわずかに苦笑を浮かべて、マレクが否定する。我らもそこまで無敵だったわけではないのです、と前置きしてから、

「結果に行き着く過程がない場合、あるいは過程そのものの実現性が薄かった場合は、結果を引き起こすことはやはりできません。つまり、戦意を失う可能性のない者や低い者には、あの歌は大きな効果を発揮しないのです」

 彼はそう説明した。
 なるほど、宝具といえどもそこまで理不尽には出来ていないということか。そういえばランサーがセイバーに対して宝具を使ったときも、あいつはわざわざ槍の当たる間合いまで接近してから宝具を発動させていたっけ。槍が命中する可能性が0に等しい状況では、いかな因果逆転でも望む結果を引き起こすことはできないのだ。プリーストの宝具もそれと同じということか。
 ――でも待てよ。なんか引っかかるな。マレクの説明が本当ならば、コラールの影響をもろに受ける人間は、戦意が低かったり戦う理由を見失っているってことだ。ということは、つまり……

「……!」

 自分で出した結論に自分で驚きながら、俺は彼女のほうを見やった。先ほどの戦闘で、コラールに完全に無力化されていた騎士を。
 彼女は座ったまま、顔面を蒼白にしている。白磁のような肌の色とあいまって、今のセイバーは雪花石膏を削りだした彫刻のようだ。そして彼女のその反応は、俺の推測が的中していたことを意味した。
 すなわち――セイバーは、戦意を失うに足る理由を持っている、ということ。

「セイ、バー……」

 呆然と呟いてから、俺は慌てて首を振った。何を失望しているんだ俺は。当たり前のことじゃないか。セイバーが俺たちのサーヴァントとなったのは、別に俺たちのためではなく、あくまで聖杯を手に入れるためなのだ。この世界に残ったのも、単に俺たちの行く末に興味が出たからで、本来の目的を諦めたわけではない。
 今のセイバーが、俺たちのために命を掛けられるはずがない。そんなことを要求するほうが無茶ってもんだ。本来の目的を一時放棄してまで俺たちの戦いに付き合ってくれる彼女に感謝しこそすれ、責める筋合いなんて全くない。
 いや、むしろ、俺こそが彼女に謝らなければならない。俺は彼女を守れなかったのだから。

「その……ごめんな。考えてみれば、おまえには自分の目的があったんだ。だっていうのに俺は、おまえの目的とは何の関係もない戦場に立たせて、そのあげく死にそうな目に遭わせちまった。おまえが戦いたくなくなるのも当然だよな」

「そ、それは違いますシロウ!」

 それまで彫像のように微動だにしなかった少女が、弾かれたように立ち上がった。

「貴方たちの剣となるという誓いに嘘はない! 私は今でも命を賭ける覚悟を持っている!」

「でも、セイバー」

「私があのとき戦えなくなったのは、それとは別の理由です。お願いですシロウ、信じてください」

 今にも泣き出しそうな顔で、セイバーは必死に懇願してくる。いくら鈍い俺でも、彼女のその言葉を疑ってはいけないということくらいはすぐに理解できた。
 どういう返答をすればいいかわからず黙り込む俺に、セイバーはなおも言い募る。

「私が戦意を失ったのは、私の本来の目的が理由です。己の心にあった矛盾を、あの宝具に暴かれてしまった」

「矛盾?」

「はい。私はある目的を果たすために英霊になり、今まで聖杯を求めて戦いつづけていました。でも、私は心のどこかで、その目的を果たしたくないと思ってしまっていた……」

「……む」

 そこで俺も椅子から立ち上がり、彼女を見つめた。
 俺は彼女の目的の詳細を知らない。だから、彼女が何を悩んでいるのかも判らない。もし彼女がここでそれを話してくれるなら、力になってやることもできるかもしれないのだが。

「セイバー。お前の目的って、なんなんだ?」

 だから俺は、単刀直入にそう尋ねた。問われたセイバーも反射的に答えかける。

「……それは、私が滅ぼした……」

 そこまで言いかけて、しかしセイバーは俺と凛を見つめ返し、唇を結んでしまった。

「いいえ。貴方たちが耳を傾けるべき話ではありません。貴方たちは、私のような過去の遺物に足を囚われていてはならないのです」

「ちょっと待てセイバー、何を言ってるんだ」

「それにシロウ。貴方は、何があろうと自分の理想を最後まで貫ける人だ。私にとって貴方は眩しすぎる。そんな貴方に、私の愚かな迷いを聞かせたくはない」

「セイバー……!」

 頑なに拒みつづけるセイバーに、ついに俺は我慢がならなくなった。
 なんでだよ。どうしておまえがそこまで自分を卑下する必要があるんだ。おまえみたいな強く気高い騎士が、なんで自分のことを過去の遺物だなんて形容するんだ。そんなのはあまりに不当じゃないか。
 こちらから視線をそらすセイバーを振り向かせようと、俺は彼女の肩に手を伸ばす。――と。

「セイバー、少し休憩しなさい」

 俺の手がセイバーを捕まえる直前、遠坂が水入りを宣言した。

「……マスター?」

「あなたに悩みがあるのなら、わたしはあなたと一緒に解決策を考えたい。でも、こんな普通でない状況下で、無理やりあなたの過去を聞き出そうとは思わないわ」

 椅子に座ったまま、凛はセイバーを見つめている。自分の師匠のあまりに真摯な表情に、俺もそれ以上口出しすることができなくなった。

「プリーストの宝具についてはまたあとで考えるわ。30分ほど休憩時間を取るから、今は自分の心を整理することに務めなさい、セイバー」

「……凛、申し訳ない」

「気にしないでいいってば。さ、顔でも洗ってきなさい」

「はい」

 うなずくと、彼女はうつむいたまま部屋を出て行った。遠坂の指示どおり、洗面所に行くつもりなのだろう。この宿は風呂とトイレが個室に備えられているわけではないので、一階にあるものを全員が共同で使う。洗面所を使うためには一階に降りなければならなかった。
 セイバーが扉の向こうに消えてから、俺は立ったままで自分の師匠を見おろした。こちらの視線に何を感じたのか、彼女は口をへの字に曲げる。

「なによ。そんなにセイバーの過去を知りたかったわけ?」

「そうじゃないけど。でも、あいつの目的を知らないままだと、あいつの悩みも解消できないじゃないか」

「そりゃそうだけど、仕方ないじゃない。セイバーの過去については、あの娘に語る決意ができたときに聞いてくれって頼まれちゃったんだから」

「……頼まれた? 誰にさ」

「なんでもない。こっちの話。とにかく、あの娘から無理やり聞きだすのは駄目」

 そのままぶすっと黙りこくる師匠。いや、ぜんぜん話が見えないんだけど。もしかして俺だけ蚊帳の外なのか。

「しょげる事はありませんぞ見習い殿。私も同じく蚊帳の外ですから」

 と。さっきから立ちっぱなしで放置されていた歩兵が、そんなことをぼやいてきた。
 ――そういえば、この人もいたんだっけ。いや、忘れていたわけではないのだが、セイバーのことで手一杯で、彼にまで気を回す余裕がなかったのだ。
 俺以上に事情の分かっていないマレクだったが、しかし彼はすぐに気を取り直すと、悔恨の表情を浮かべた。

「……私の不注意でしたな。まさかこんな展開になるとは」

 自分の一言が、結果的にセイバーを追い詰めてしまったことに責任を感じているらしい。彼は、俺と遠坂に向かって頭を下げてきた。

「申し訳ありません。あなたたちの間にあれほど深い信頼関係があることを知らず、不用意なことを言ってしまいました」

 その言葉に、俺の師匠が首を横に振る。

「あなたが気にすることはないわ。いずれプリーストの宝具のことは議題に挙げなければならなかったんだし。それに、あなたがわたしたちの事情を知らないのも仕方のないことだもの。使い魔と家族同然に過ごす魔術師なんて、普通はいないしね」

 遠坂の言葉は本当である。一般的な意味での使い魔とは、自分の部屋に閉じこもって研究を続ける魔術師が、どうしても必要な材料や外界の情報を仕入れるために作り上げる、自らの分身のことなのだ。
 魔術師の予備の身体としての使い魔、護衛としての使い魔など、いろいろと種類はあるが、つまるところ魔術師にとって、使い魔とは道具に過ぎないのである。使い魔と一緒に俺の家に押しかけて団欒を楽しんだり、使い魔に料理の仕方を教え込んだり、使い魔とともに街に遊びに出かけたり、使い魔によって引き起こされるエンゲル係数の上昇を嘆いたりなどという真似をしているのは、世界でもただ一人、俺の師匠くらいのものだろう。多分。

「そう言っていただけると気が休まります、魔術師殿」

 遠坂の心遣いに感謝するように、マレクは微笑を浮かべた。

「いや、あなたたちのプロフィールについては私も一通り記憶していたのですが、なにしろトゥーレ協会の調査は杜撰もいいところで。あなたたちの関係はもちろん、あなたや見習い殿の戦闘能力についてもずいぶんといい加減な内容でしたし、それに」

 そこで彼は、何かを思い出すように虚空を見上げた。

「騎士殿のことは、正体不明だが大して格の高くない英霊だ、としか書かれていませんでした。あれほど華麗で猛烈で正確な動きのできる戦士に対してそんな評価を下すとは、奴らの目はよほど節穴なのでしょう」

 先ほどの戦闘を思い出しているらしいマレクの顔には、憧れと尊敬と畏れの念が入り混じっていた。
 俺も彼の思いは理解できる。たとえばアーチャーの強さは、凡人が壮絶な努力の果てに手に入れたものであり、充分に人外の粋に達してはいる。しかしそれはあくまで理解の範囲内に収まる強さだ。
 一方でセイバーの強さは、俺の理解の範疇をはるかに超えていた。
 なにをどうやればあの動きができるのか想像もつかない。想像できないということはすなわち、人がどう努力したところで決してあの域には届かないということだ。
 人という領域を隔絶した強さ。それがセイバーの持つ力だった。ならば彼女は、よほど強力な理想を託された存在に違いない。
 ……そういう存在に家事を手伝わせてる俺たちって、やっぱり相当非常識なんだろうなあ。

「そういえばあのハゲも、セイバーのことを格が低いとかなんとか言ってたわね」

 失礼な話よねまったく、などと、まるで自分自身を馬鹿にされたかのように腹を立てている遠坂。普通の魔術師ならば自分の使い魔を貶められたことを怒るのだろうけど、彼女の場合は単に、親しい身内を不当に低く評価されたのが気に食わないんだろう。他人に対してはわりと冷淡だが、身近な人にはやたらと情が厚いのが、俺の師匠なのだ。

「あの娘ほど有名な英霊なんて、そうはいないってのに」

「やはりそうでしたか。さぞや世界各地で物語として語り継がれ、老若男女に親しまれている人なんでしょうな」

 そして、不機嫌な遠坂を恐れもせず、マレクがうんうんと相槌を打つ。その相槌に乗せられて、次の瞬間、俺の師匠が口を滑らせた。

「もちろんよ。あなただってさっき言ってたじゃない、姉から子守唄代わりにさんざん聞かされたって」

「……ほう?」

「……あ」

 しまった、と口に手を当てたときにはもう遅い。マレクは興味深げにきらりと目を光らせていた。

「ちょ、今のなし! 聞かなかったことにして!」

 慌てふためきながら椅子から立ち上がり、マレクに詰め寄る俺の師匠。いや、それは無理な要求だろう。俺だってしっかり聞いてしまったし。そうか、セイバーってチェコにも伝承が伝わるほどの英雄だったんだな。
 なんてことをぼんやり考えてると、師匠の矛先が俺にも向かってきた。

「あんたも! 今のは忘れなさい! 普段の物覚えの悪さをここぞとばかり発揮しなさい、ほら!」

「いや、発揮しなさいって、あのな」

「うるさいわね、いつもわたしの授業の内容を教えた端から忘れていってるんだから、今日だってそうするくらい簡単なことでしょ!?」

 うわあ、なんかもう言ってることが無茶苦茶だ。なんでそこまで狼狽するんだよ遠坂。いやその前に、最初からセイバーの正体を知ってたのかおまえ。
 しかし俺がそんなツッコミを入れる前に、師匠はこちらの襟首を掴んできた。そして耳元で、さっさと忘れろとか聞かなかったことにしろとか怒鳴りつけてくる。自分のうっかりぶりへの恥ずかしさも手伝って、どうやら完全に暴走してしまったらしい。
 こうなった師匠は、とてもではないが俺一人の力では止められない。普段ならセイバーが助けてくれるんだけど、今の彼女にそんな仕事をさせるのはあまりに酷だ。となると、援軍を求められる相手は一人。

「おーい、マレク」

 視線で歩兵に救難信号を送ってみる。しかし彼はなぜか、髭に手を当てて考え込んでいた。こちらの要請に気付いてくれる様子はない。
 やがて彼は、両手で俺の肩を掴む遠坂と、彼女の両手に首を振り回されている俺を一瞥して、

「私も顔を洗ってきます。少ししたら戻ってきますので」

 と言い残し、部屋を出て行ってしまった。
 ……いや、あのさ。俺を見捨てて逃げ出すってのはどうなんだよ、人として。
 がくんがくんと首を揺らされながら、人情紙風船なんて古い言葉が脳裏をよぎり、俺はなんとなく泣きたくなった。





管理人の感想

 まあ……もはや面白いとかなんとか、そういうわかりきった感想は不要でしょう。でも言っとく。今回も面白い。
 マレクというオリキャラも非常に魅力的ですし、かといって原作キャラが彼の影に入っているなんてこと全くないですし。つーか、ほんとにこの作品のセイバーは良く食べますねぇ。

 で、今回のメインであるセイバーですが……悩んでますね。これにどう士郎が応えていくのか、やはりセイバリアンの私としては気になるところなんですよ。
 ……っていうか、ほんと面白いよ、どうしよう。他にもほんとはいっぱい感想ありますよ。書ききれないけど。
 とりあえず、俺も負けてらんねぇー!


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