勝利を目前に控えたかに見えたフス派は――しかしここにきて、内部分裂を深刻化させていた。

 もともとフス派は一枚岩ではない。最初から二つの大きな流れがあった。一刻も早く教会との和解を成立させようとする穏健派と、教会を否定して全欧州にフス派の教えを広めようとする急進派である。二つの派閥はしばしば内輪もめを繰り返し、時には相手方の指導者を暗殺する事件をも引き起こした。
 それでもボヘミアという王国が危機に晒されている間は、分裂が表面化することはなかった。十字軍という強大な外敵に対しては、穏健派も急進派も貴族も農民も、一致団結して戦ったからである。
 しかし――
 一致団結して戦い抜き、勝ち続けたがために、フス派は無敵となった。無敵となったフス派は危機感を忘れ、それぞれの派閥が各自の思惑と打算に従い、ばらばらに行動を始めてしまったのだ。
 皮肉なことに、フス派が誇ったその強さは、フス派そのものを崩壊へと導く原因だったのである。

 そもそも貴族たちは、チェコの3分の1を占める教会領を奪取するためにフス派についた者が大半であり、その目的が達成された以上、戦争の継続は望んでいなかった。
 庶民にとっても、教会がかける重税がなくなることこそが、この戦争での最大の望みだった。であるというのに戦いによって国内は荒れ果て、孤児団を維持するために取り立てられる税は、かつて教会が搾取していたころよりさらに重くなっていく。
 これ以上孤児団に協力する理由を、彼らは見出せなくなっていたのである。

「人々は戦いを倦んでいる。そして、私もまた……」

 戦場跡に立ったマレクは、そう一人ごちた。彼の眼前には、完全に破壊し尽くされた農村。孤児団の別働隊が、ここで略奪行為を行っていったのだ。
 マレクとて自分の部隊の糧食を確保するために、何度も異国の村々から食料を奪ってはいた。心が痛まないわけではないが、当時の遠征軍の食料調達法はもっぱら現地での徴発であり、やむをえないことでもあった。
 しかしここを襲った別働隊は、食料どころか村の男たちの命まで奪い、女性に暴行を働いていったのだ。

「イスクラめ……!」

 別働隊を率いる隊長の名を忌まわしげに口にしてから、マレクは首を振った。常軌を逸した行為に手を染めているのは、いまや彼だけではない。
 経済封鎖によって不足する物資を補うため、教皇を和平のテーブルに引きずり出すために始まったはずの「華麗なる長征」。しかしあまりに勝利を繰り返したがゆえ、遠征に出る兵士たちの感覚は次第に麻痺し、略奪に精を出す者が現れていた。中には、総司令官の命令すら無視して勝手に遠国に遠征に出る部隊もいたほどである。孤児団はプロコプの制御を離れ、暴走し始めていたのだ。

 また、このころになると、勝利におごったフス派の幹部たちの中には、農民たちから地代を取り立てて自らの奢侈に充てる者が出てきた。カトリック教会の腐敗した聖職者とそっくり同じ真似を、フス派の中心人物たちが行い始めたのである。

 人々が勝利に慢心していく中、理想と現実との乖離は、もはや決定的になりつつあった。
 マレクはつぶやく。いったい自分は、何のために戦ってきたのだろう。

「それでも……私たちは武器を置くことはできない。せめて、カトリック教会がフス派の教えを認めるまでは」

 そう、もうすぐ講和は成立する。もはや打つ手のない教会は、フス派の存続を認めざるを得ないだろう。
 それは神の戦士たちが戦い抜き、ようやく手に入れた成果。ひとつの勝利に違いない。

 ああ、けれども――

 マレクは、13年前の記憶を思い出していた。
 市民たちが片目の司令官の周囲に押し寄せ、ビールを酌み交わし肩を組む。身分や貧富の区別なく、あらゆる人々が声を一つにして、ひとつの賛美歌を唱和している。
 例えようもないほど美しい、その光景。
 それを守るために、マレクは自らを剣として捧げようと誓った。

 ――あの誓約は、もう果たされることはない。
 少年の日に夢みた理想は、もう決して手の届かない、遠いユメになってしまった。



 そして。
 長い戦いの果て、フス戦争が終わるときがやってきた。
 しかしそれは――なんと悲惨な終幕であったことか。

 急進派の首領であるプロコプは、フス派の崩壊に心を痛め、一刻も早く和平を結ぼうと早い段階から各方面と交渉を進めてきた。しかし彼は自分の軍の暴走を止めることができず、それがために和平交渉をまとめることができなかったのである。
 神聖ローマ帝国皇帝ジグムントはプロコプとの交渉に見切りをつけ、プラハの穏健派に目を向けた。戦いに疲れ果てた穏健派も、皇帝の申し出に応じた。同時に穏健派は、和平への一番の障害は戦争を繰り返す急進派であると考え、プロコプらを切り捨てることをも視野に入れ始めていたのである。

 1434年。カトリック側からの多額の資金援助が決め手となり、穏健派は急進派の切り捨てを決断した。カトリックと連合を結んだ穏健派3万はプラハを強襲して占領。完全に不意を突かれた急進派はすぐには軍を編成できず、急遽かき集めた2万の兵士の装備を整えるために、国内の別の拠点に向かった。この動きを察知した穏健派はプラハを出撃し、リパニの丘で急進派を待ち構え――そしてついに、プロコプ率いる急進派の中心部隊を捕捉したのだ。

 かくして、二つの軍は激突した。かつて肩を並べて戦った孤児団同士が、お互いに刃を向け殺し合いを始めたのである。

 戦いは、数と装備で劣るにもかかわらず、終始プロコプ率いる急進派の有利に進んだ。穏健派とカトリックの連合軍は何度も攻め寄せたが、急進派は確実に反撃を加えて押し返す。
 やがて優位を確信したプロコプは、車砦から出て追撃に移ることを命じた。退却する敵を掃討しようと、急進派が進撃を始める。
 悲劇はそこで起きた。

「将軍! 後方から、大砲による攻撃を受けています!」

「なんやて!? 馬鹿な、後ろには味方しか居らんというのに――」

 マレクの悲鳴に背後を振り返った総司令官は、信じられないものを見た。車砦に残った味方の兵たちが、こちらに向けて攻撃を始めている。
 裏切りであった。そして、その兵士たちを指揮しているのは――

「チャペック! おまえが!?」

 車砦に残る兵士たちを陣頭で指揮していたのは、プロコプの親友であり右腕でもあったチャペック将軍だった。彼は皇帝の甘言に乗り、貴族の地位と引き換えに、長年ともに戦ってきた仲間たちを差し出したのだ。
 前後から挟撃される形となった急進派は、為す術もなかった。ピーシャラチに撃たれ、大砲に吹き飛ばされて、見る見るうちにその数を減らしていく。辛酸を極めた戦いは、裏切り者たちの勝利で終わろうとしていた。

 泥沼の乱戦の中、右腕を撃ち抜かれて倒れたマレクは、必死に顔を上げ、敬愛すべき総司令官の姿を探していた。
 彼を逃がさなければ。13年間もこの国のために戦い続けてきたプロコプの最期が、こんな戦場であっていいはずがない。

「どこにいますか、プロコプ!? あなたはこんなところで死んではいけない。あなたは頑張りつづけたんだ。ならば、その努力に見合うだけの幸せを手に入れなくてはならない!」

 味方の死体を掻き分け、マレクは戦場をさまよった。ちぎれかけた右腕を引きずり、傷だらけの身体に鞭打って。
 そしてやっと彼の視界の中に、小柄な司令官の金色の髪が写った。

「プロコプ! さあ、脱出しましょう――」

 駆け寄ったマレクは言葉を失った。地面に座り込んだプロコプの瞳は、もはや完全に光を失っていたのだ。目立った外傷は胸に空いた弾丸の穴だけだというのに、その一発が、マレクがもっとも敬愛する人の命を奪っていた。
 彼は呆然として、プロコプの遺骸の前にひざまずいた。

「……戦いが終わったら、プラハの我が家に招待すると約束したでしょう。あなたにはまだ、私の妹が作った手料理を食べてもらっていない。私が作ったものなんかより、あれは何倍も美味しくて――」

 最後まで言い終える前に、マレクは前のめりに倒れた。近寄ってきた敵の兵士が、彼の背中を切り裂いたのだ。
 急進派の兵士たちの報復を恐れていた穏健派とカトリックの連合軍は、徹底的な残党狩りを行った。戦う力のない負傷者も、降伏を願い出た部隊も、全員が皆殺しにされた。
 生き残ることができたのは、奇跡的に撤退に成功した、イスクラ率いる部隊だけだった。



 この戦いから2年が経過した1436年、ようやく和平交渉はまとまった。老境に達し、気力の尽きた皇帝ジグムントは、フス派に対して大幅な譲歩を行った。フス派の聖職者がプラハの大司教に選任されることを承認したのだ。カトリック教会からの抗議も無視して、皇帝はフス派と和平条約を結んだ。もはや誰にとっても、これ以上の戦乱は好ましくなかったのである。

 こうして、長い戦争はようやく終わりを見た。フス派の教義は、カトリックとの並立性であるとはいえ、ボヘミアの公式の教えとして認められたのだ。

 しかし戦乱の傷跡は深く、その復興には多大なる時間を要した。戦う意義を失った孤児団の兵士たちは、一部は野盗となって国内を荒らし、一部は傭兵となって国外に出ていった。
 カトリック教会はチェコ内における所領のほとんどを失った。しかしそれは結局は貴族たちの所有地となり、経済封鎖や重税によって打撃を受けた農民には何ら帰するものはなかった。

 そして――

「万人は等しく兄弟姉妹である」

 急進派が掲げ、プロコプが守り、マレクが夢みた理想は、フス派自身の内部分裂によって地に墜ちた。
 孤児団の物語は、リパニにおける「兄弟殺し」という汚名とともに、その幕を閉じたのである。





管理人の感想

 ううーん、もはや何も言うことなく面白いなぁ。なんか毎回言ってるような気がするけど。読んでて羨ましくなるくらいです。
 ようやく過去編と現代編(勝手に命名)が繋がってきて、マレクが登場し、イスクラが登場して。司令官プロコプは小柄で金髪、って……おいおい、これで期待できないってほうがどうかしてるような気がするんですけど。

 続きが物凄く楽しみ。
 戦闘シーンは緊迫感たっぷりでレベル高いし、かと思えばその後のほのぼのシーンのマレクがセイバーをからかうところで笑う。
 でも第八話になってみれば、そのマレクがああも無残な最期を迎えていることを知ってしんみりくるしさ。

 >「……戦いが終わったら、プラハの我が家に招待すると約束したでしょう。あなたにはまだ、私の妹が作った手料理を食べてもらっていない。私が作ったものなんかより、あれは何倍も美味しくて――」

 私的に今回の最高のセリフ。彼の妹が作ったシチューはどんな味だったのかと……ああもう!
 というわけで、読んだ人ならわかると思うけど、この作品はとても良いものです。これからも期待してます。早く続きください。


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