冬木市は4月のなかばを迎えていた。
 三週間前まではあれほど弱々しかった太陽が、力強く熱と光を発散している。桜はすでに大半が散ってしまったが、ほかの木々は大きく枝を広げ、春を満喫している。2月に街を襲った怪事件の影も、冬の寒気とともにほぼ完全に拭い去られ、平穏な空気が冬木市を覆っていた。
 俺の通う穂群原学園においても、卒業と入学のあわただしさが去り、今は春めいた、少し弛緩した雰囲気が漂っている。ただし、卒業を控えた三年生だけは、進路相談や受験勉強が本格化して緩むどころではないのだが。
 で、その三年生の一員である俺は、受験も就職もよそに、今日もこうして土蔵に座り、

 ……あの赤い騎士の背中を追っている。

 アーチャー。聖杯戦争でまみえた凄腕の戦士に、俺は確かに魅了された。それは多分、サッカーを愛する少年が超一流のプレーヤーに憧れるのと似ているのだろう。信じられないような動きを可能とする鍛え上げられた身体。どんな敵と相対しようと突破口を開くであろう技量。オヤジに拾われたときから正義の味方を目指してきた俺にとって、あの強さはまさしく、俺の理想の具現だった。
 同時に俺は、俺の理想の果てをも知ることになった。アーチャーは、俺が夢みた理想の戦士は――俺自身のなれの果てでもあったのだ。

 英霊エミヤ。あらゆる人々に笑顔をもたらすため、衛宮士郎が世界と契約して力を得た姿。死後も自分の理想を追って戦いつづけたエミヤの願いは、しかし結局果たされることはなかった。100人を救うために10人の人間を殺す。霊長の抑止力として世界に組み込まれた彼は、その繰り返しを永遠に強いられる羽目になったのだ。
 無限に続く地獄の光景の果てにアーチャーの精神は磨耗し、やがて、正義の味方になることを誓ったかつての自分自身を憎悪するに至る。過去の自分を抹殺するために無数の時代をさまよい歩いた彼は、この冬木市で、ようやく俺にめぐり会った。

 郊外の森の中の城で、俺はあいつと対峙した。俺の理想を否定し憎悪するアーチャー。理想の果てを見せ付けられ、それでもなお自分の理想を押し通そうとする俺。二人の戦いは、俺の勝利で、終わった。
 俺の強さがあいつを上回ったわけではない。アーチャーの技は、今の俺が憧れ、目指している到達点なのだから。
 未熟な衛宮士郎オレが完璧なアーチャーオレに勝てたのは、アーチャー自身に迷いがあったからだと思う。かつての自分が目指した理想は、結局かなうことはないと思い知った理想は、養父からの借り物でしかなかった理想は――それでもなお、限りなく美しいものではなかったか、と。
 あいつがこの世界から完全に立ち去った今となっては、それも推測でしかないが。

 俺は理想を追いつづけることを選択し、あいつはそれに納得して去っていった。けれども、今でも迷うことはある。
 あれほどの強さを得ても、それでも俺の理想は達成されることはないのだろうか。俺が今歩んでいるのは、いずれアーチャーと同じ場所に至る道ではないのか、と。
 その迷いを打ち消してくれるのは、二人の少女の存在だ。

 一人は遠坂凛。俺と同じく穂群原学園に通う三年生。学園一の優等生で、俺もかつてはアイドルとして憧れ、廊下ですれ違うだけでちょっとどきどきしたものだった。……そう、かつては。
 実は超一流の魔術師であった彼女は、アーチャーのマスターとして聖杯戦争に参加し、成り行きで俺と共闘することになった。そして、普段の優等生っぷりがいかに擬態であったかを俺に思い知らせつつ最後まで戦い抜き、みごと勝者となったのである。
 共闘中、ろくに知識のない半人前の俺を見かねて、彼女は俺の魔術の師匠になってくれた。聖杯戦争が終わった後も彼女との師弟関係は続き、俺はひいこら言いながらなんとか授業についていっている。ときどき「物覚えが悪い」と罵倒されたり、たまにガンドが飛んできたりもするけど、まあそれなりに順調に、俺は一人前の魔術師への道を歩んでいる。……多分。

 もう一人はセイバー。白磁のような肌と金髪碧眼を持つ小柄な少女。彼女もまた、アーチャーと同じく英霊と呼ばれる存在だ。
 聖杯を得るために彼女は冬木市に現れ、俺と契約した。俺のサーヴァントとなって聖杯戦争に参加した彼女は、サーヴァントという立場を超えて、何度も俺たちの危機を救ってくれたのだ。
 その後いろいろあってセイバーは遠坂のサーヴァントとなり、戦いには勝ち抜いたものの、結局聖杯を手に入れることはできなかった。だが彼女は、俺たちの行く末を見届けたいという理由で、戦争が終わった今でもこの世界にとどまり、俺の剣術の師匠となってくれている。
 ちなみに――セイバーの授業も、遠坂と同じくわりと容赦がない。かなり容赦がない。もうなんていうか容赦がない。こちらの腕が上がれば上がるほど、彼女はますます力の差を見せつけて俺を叩きのめしてくれるのである。「シロウの上達が嬉しくて、つい加減ができなくなる」と涼しい顔をしてセイバーはのたまうのだが、ありゃあ半分くらい趣味が混じってるぞ。

 ま、それはともかくとして。

 すべてを独力で解決しようとしたアーチャーと違い、俺には二人の師がついている。ともに戦ってくれる人たちがいる。だから俺は、あいつと同じ未来を迎えはしない……はず、だ。

「ま、未来うんぬん以前に、俺の力があいつを上回らなきゃ話にならないんだけど」

 かくして俺は、いまだに赤い騎士の背中を追い続けているわけである。とりあえずは、あいつと同じ技くらいは使えるようになっておきたいのだ。それに、二人の少女にいつまでも師事を続けるというのも、なんだか悔しいし。

「さて、遠坂たちがくる前に……もういっちょ、試してみるか」

 俺は、傍らに置いてあった鉄の棒を拾い上げた。
 遠坂とセイバーがこの家を訪ねてくるのは、桜たちと同じで、たいてい夕餉の時間になる。ウチの居間でみんなして食事をとったあと、腹ごなしも兼ねてセイバーと剣術の訓練をし、休憩後に遠坂の魔術講義を受ける、というのが、この二ヶ月間ほどの俺の生活パターンだ。よって、学校から帰宅した直後は、少しだけだが暇な時間がある。
 その時間は普通、学校の宿題を片付けたり、日用品の買い出しに行くことで潰れるのが常なのだが、予定が入らないこともわりとある。そうやって空いた時間を、俺はこの3日間というもの、とある魔術の習得のために使っていた。

「――同調、開始」

 俺の魔術回路と鉄の棒を「繋げる」ために、集中を始める。
 遠坂に弟子入りしたおかげで、以前に比べればはるかにスムーズに魔術回路を作動させることができるようになった。だがそれ以外のこと、たとえば自分以外のものにパスを通すなどといった作業は、やはりそれほど滑らかにはいかない。
 それでも、2秒ほどで鉄の棒に俺のパスが行き渡る。

「――同調、装填」

 土蔵の中にある、適当な的――とりあえずあの古雑誌の束がいいか、近くに貴重品もないし――に狙いを定める。ここから射法八節にのっとって気力を高めてやればわりと命中率は高まるのだが、実戦においてはそんな余裕はない。俺は物見だけを定めると、パスを通じて鉄に魔力を流し込んだ。

「――全工程完了。是、射抜く一矢」

 と同時、鉄の棒は俺の手を離れてまっしぐらに飛翔し、

「……あ」

 目標から2メートル右にすっ飛んでいくと、修理途中のビデオデッキに直撃してくれやがりました。
 ……ガッデム。
 跳ね返って地面に落ちた鉄の棒と、もうどの電器店に頼んでも無意味なほどにひしゃげたビデオデッキを交互に眺めて、俺は深く嘆息した。また失敗である。

 4日前の遠坂の授業で、手を触れずに物を動かす魔術、いわゆる「念動」を習ったとき、俺はふと、アーチャーの使っていた技を思い出した。教会の地下でキャスターを串刺しにした、無数の宝具を飛ばす奥義。
 未来の俺が使っていたあの技は、念動魔術の応用ではないか。そう思いついた次の日には、俺は鉄の棒を飛ばす実験を始めていた。強化の魔術の延長みたいなものだし、無数の宝具は今は無理でも、一本の棒くらいなら、と考えて。
 残念ながら俺の読みは甘かったらしく、この3日間は失敗続きだったが。

「こいつが使えれば、セイバーにぜんぜん歯が立たない俺でも、多少は戦力になるのになあ」

「ま、無理でしょ。あんた、剣を創り出す以外のことにかけてはからっきし才能ないもの。念動なんかに手を出したって、うまく行くわけないでしょうに」

「だってアーチャーの奴は、呪文も唱えずに何本も剣を飛ばしてたんだぞ。なら、俺にだって少しは才能あるはずなのに」

「あいつが飛ばしてたのは、自分で投影した剣だけでしょ?」

「あれ、そうだっけ? でも、自分で創り出した剣とそれ以外のものとじゃ、何か違うのか?」

「…………」

「…………」

 ひとしきり沈黙、したのち。
 周囲の空気が帯電したかのように緊張感をはらむに至って、俺はようやく、自分の失敗に気づいた。
 師匠に無断で魔術の練習をしたり、師匠から教わったことをちゃんと覚えていなかったり。
 そして何より、そういったミスを、あの師匠に悟られてしまったという失態に、だ。
 ぎぎぎ、と、油の切れた歯車のような軋み音を立てつつ、俺はゆっくりと首を動かし、

「……と、遠坂……?」

 土蔵の入り口を振り返る。
 そこには果たして――いつのまにか、仁王立ちのあくまが。

「衛宮くん」

 彼女はにっこりと、満面の笑顔を浮かべて。死ナす目線で俺をなで斬りにした。

「二つほど確かめておきたいんだけど」

「……はい、なんでしょうか師匠」

 引きつった声が俺の口から漏れる。頭の中ではいくつもの対応法が浮かんでは消えた。泣いて謝る、土下座して謝る、セイバーに泣きつく。
 ……だめだ、多分どれも無駄に終わる。俺はただ、固唾を飲んで師匠の詰問を待つしかなかった。

「まず一つ。なんでわたしに無断で魔術の修練なんかしてるの」

「その、遠坂、このところ忙しそうだったし。こんなことで手を煩わせるのも悪いかな、って思ってさ」

「ふうん。まあ、それはいいわ」

 と言いつつ、師匠の視線は依然冷たい。見ているだけで逃げ出したくなるほどだ。噂に聞く魔眼とやらでも、これほどの破壊力は持ってはいないだろう。
 彼女はその魔物じみた瞳を細めて、ゆっくりと口を開いた。

「じゃあ、次だけど。あなた、ちょうど一週間前の授業の内容、覚えてる?」

「ああ、うん、その」

 声を振り絞ってそれだけつぶやき、俺は必死で頭を回転させた。
 ええと、先週の火曜日はたしか術者が創造したものとそうでないものの違いについて学んだような、でも投影したものだけじゃなく人造精霊とかホムンクルスとかいろんなものの特徴を一気に聞かされたので細かいところは覚えてないし、ああでも今詳細に思い出さなければ俺を待つのは死の運命のみだ衛宮士郎なんとかしろー!

「2時間もかけて教えたのに、もう忘れちゃった――というわけかしら?」

「いや、忘れてはいない! 忘れたわけじゃない!」

「覚えてたのなら、この修練がぜんぶ無駄だってこともわかるはずなんだけど?」

「ああ、うう……」

 もはや言い逃れできないことを悟って、俺は覚悟を決めた。
 ごめん天国のオヤジ、俺は天寿をまっとうできないかもしれない。もしそっちに行くことになったら、そのときはよろしく――
 俺が諦めたことを見て取ったか、師匠の笑みがさらに深まる。鬼も逃げだす極上の笑顔だ。そのまま彼女は右手の指をすっとこちらに伸ばし、

「ったく、相変わらずどこか抜けてるんだから。これじゃあ心配だわ」

「……へ?」

「ま、あんたの物覚えの悪さは後回しよ。もっと大事な話があるから。士郎、夕食を食べたあとで相談があるから、とっとと居間まで来なさい」

 伸ばしたままの指でこちらの額をぺしんとはたくと、遠坂は急激に怒りを静めてしまった。呆然とする俺をよそに、すたすたと土蔵を出て行く。
 ……なんか知らんが、助かったようだ。幸運にも、学園のアイドルにガンドを叩き込まれて寝込む事態だけは免れた。そんな事をかなり本気で恐れなければならない現状そのものが不幸なような気もするが、まあそっちは今さら気にしても始まらないし。
 三分の喜びと七分の諦観を噛み締めながら、俺も土蔵を出ようとすると、

「今夜はみっちりと授業の復習をしてあげるから、覚悟しなさいよ? 衛宮くん」

 にゅっと首だけ土蔵に戻して、あくまがそう釘を刺した。
 俺は十分の諦観を胸に、のろのろと足を引きずって土蔵を出たのであった。





「セイバーが、危ない……!?」

 夕食が終わり、桜と藤ねえが帰った後。
 普段ならすぐにセイバーの授業が始まるのだが、本日は3人とも居間にとどまって、遠坂の大事な話とやらを聞くことになった。そして彼女の話題は、予想以上に深刻なものだったのである。

「危ないったって、今だって平然と茶菓子を食べてるじゃないか。さっきも遠慮なくご飯を3杯お代わりしたし、いたって普通の」

「シロウ。なんとなくそれは小馬鹿にされているように聞こえるのですが」

 ちょっぴりお冠の様子で、それでも手元から饅頭を放さないセイバーさん。いや、やっぱりどう見ても健康そのものとしか思えないぞ。顔色もいいし。

「セイバーは普通の人間じゃないでしょうが。今はわたしの使い魔だけど、もともとはサーヴァントなのよ」

 遠坂もジト目で突っ込んでくる。う、悪かったよ。でも「このへっぽこ魔術師め」と言わんばかりの視線はやめてくれ。自覚はあるんだから。
 それはともかく、師匠の今の一言で、セイバーが危ないという言葉の意味はわかった。彼女は英霊。現界するだけでも大量の魔力を消費する存在なのだ。

「……魔力のやりくりがつかないのか、遠坂」

「そういうことよ、士郎」

 いささか疲れの混じった表情で、遠坂はうなずいた。
 セイバーを限界させるための魔力は、今は遠坂がすべてまかなっている。人並み外れたキャパシティを誇る彼女ではあるが、さすがに聖杯の力も借りずに英霊を手元に置き続けるのは無理があったらしい。

「とにかく予想以上の大喰らいなのよ、彼女。今のままだと、10分も全力戦闘を続ければ現界できなくなっちゃうでしょうね」

「全力戦闘って……聖杯戦争も終わったのに、戦闘なんかする必要ないだろ」

「別に戦闘だけに限った話じゃないわ。当たり前の人間ができる範囲のことを超えて活動しようとすれば、セイバーはすぐにへたばっちゃうのよ。それじゃ彼女に残ってもらった意味がないでしょう?」

 俺は首をかしげた。自分の意見を素直に口にしてみる。

「意味がないって、別にいいじゃないか、そのままでも」

「よくない!」
「よくありません!」

 二人の怒声が見事にハモった。

「使い魔に食っちゃ寝させる魔術師がどこの世界にいるのよ!? セイバーにはその全能力を発揮して、わたしにたてつこうとする奴らを片付けてもらわなきゃならないんだからね!」

「私はシロウの剣になると誓った身、貴方に降りかかる危難を退けるためにここにいる! その私が、剣を振るえないでどうします!」

 俺の鼓膜を二重奏で叩く、少女二人の捲し立て声。さすがマスターとその使い魔、パスのつながりは伊達ではないらしく、まるで同調したかのようにぴったりと息が合っている。ただそのわりには、二人の言葉の内容が噛み合っていない気もするが。
 とにかくこのまま放っておくと、怒鳴り疲れるまで二人の合唱はやみそうにない。それに、何かの拍子にセイバーが現界を解かれて消えてしまうのも困る。彼女はもうすでに、俺たち家族の一員なのだから。
 話を進めるために、俺は二人をさえぎって声をあげた。

「ええと、なにか解決策はないのか?」

 そう水を向けてみると、遠坂がむうっと黙り込む。その表情を伺うに、頭の中の計算式とにらめっこでもしているのだろう。やがて彼女は静かに口を開いた。

「わたしの魔力量そのものを増やすのは難しいわね。アレなんて正直焼け石に水だし、無理に回数を増やすわけにもいかないし」

「アレ……って?」

 きょとんとして呟くと、それくらい察しなさいこの馬鹿セイバーの前なのよ!? てな感じのプレッシャーが、ウチの師匠から漂ってくる。おかげでようやく俺も遠坂の言葉の意味を理解できた。そして赤面した。アレってあれかよ、おい。本当に魔力補充してたのか、あれで。

「大丈夫ですか、二人とも? 顔が赤いようですが」

「いやなんでもない!」

 ぶんぶん手を振って、この危険な話題を強引に断ち切る。いくらなんでもセイバーに知られるわけにはいかない。

「それで、他に方法はないのか、遠坂?」

「んー。今のわたしが知る限りの技術じゃ、ちょっとどうしようもないわね」

「じゃあ本当に、何の手もないってことか?」

「だから、今のわたしが知る限りの、と前置きしたじゃない。必要な知識を持っていないなら、他の誰かに教えを請えばいいのよ」

 にっこりと笑うと、遠坂は右手の人差し指をぴんと立てた。説明モードに入ったときの仕草だ。

「父の知人の中に、召喚術に詳しい魔術師がいるの。父が死んでからは親交は途絶えてたけど、三日ほど前にその人に連絡がついたのよね。で、事情を説明したら、何とかできるかもしれないと返答があったのよ」

「へ? そうなのか?」

 俺はいささか拍子抜けした。真剣に悩んだのが馬鹿みたいじゃないか。すでに解決策を見つけてあるなら、最初からそう言ってくれればいいのに。

「だったら、俺に相談を持ち掛けなくてもよかったじゃないか」

「いえ、これは士郎にも関係のある話なの」

 そこで遠坂は真剣な表情を浮かべた。

「魔術の基本は等価交換よ。人様の技術をただで教えてもらえるほど甘くはないわ。その魔術師はね、わたしたちに技術を伝授する代償として、聖杯戦争の記録を求めているの」

「聖杯戦争の、記録?」

「そう」

 うなずいた遠坂が、本格的な解説を始める。それによると、あの聖杯戦争は、その過程だけを見ても非常に興味深い魔術実験だったのだそうだ。なにしろ人の手の届かない英霊という存在が7騎、その総力をかけてぶつかるのである。聖杯を降ろすという結果のみならず、戦争そのものの記録も貴重な研究資料となり得るのだ。

「そういうわけで、魔術協会やら聖堂教会といった組織から、フリーの魔術師に至るまで。いろいろな連中が聖杯戦争の経過をモニターしていたのよ」

「見張られていたのか、俺たち」

「その表現は正確ではないわね。聖杯戦争の行方を左右しかねない行為は教会から禁じられているから、参加者に誤解を与えたり、参加者の集中力を乱すような手段で視るのは不可能なの」

 いまだ魔術に詳しくない俺にも分かるように言えば、双眼鏡で見張るのは駄目で、せいぜい望遠鏡で遠くから眺める程度のことしかできない、のだそうだ。そしてそのようなやり方では、どうしても得られる情報には限界がある。結局、一参加者が体験したことをそのまま聞いたほうが、情報量は多いということだった。

「だから、聖杯戦争の勝者の体験談を、彼は報酬として求めている。わたしとセイバー、そして士郎のね」

「え? 俺も?」

 その指名は意外だった。たしかに俺も参加者の一人だけれど、魔術の知識に関してはからっきしだ。俺の話なんか聞いたところで、何の参考にもならないと思うのだが。

「……あんた、散々あれだけ戦っといて能天気なものね。士郎自身が自覚していなくても、一流の魔術師にとってみれば、あなたが体験したことそのものが知識の宝庫なの。少しでも多くの話を聞きたいと思うのは当然でしょうが」

 う。だから遠坂、俺がへっぽこ魔術師であることを言外で述べないでほしい。自覚はあるんだってば。
 まあ、それはともかく、大体の事情は分かった。セイバーの魔力消費を抑える方法を見つけるために、俺たちはその魔術師に会いに行く。相手は知識を与える代償として、聖杯戦争の体験談を俺たちから聞こうとしている。
 なんだ、簡単じゃないか。

「よし、ならさっそく、その魔術師に会いに行こう」

「あら? 乗り気なのね衛宮くん。協力してくれるの?」

 なぜかそこで、遠坂はいたずらっぽい笑みを浮かべた。俺は内心でいぶかしみながらも、首肯する。

「当然だろ。遠坂とセイバーのためじゃないか。いくらでも協力するぞ」

「本当に? いくらでも協力してくれるのね?」

 遠坂がますます笑みを深めてくる。それを目の当たりにして、俺の理性が警告を発した。
 あれはあくまのわらいだ。気をつけろ、彼女は何か企んでいるぞ。

「……えーと、遠坂?」

「わたしたちと一緒にその魔術師に会いに行ってくれるのね? 約束よ?」

「ああ、その……もちろん」

 理性からの警告も空しく、遠坂の勢いに圧されて、俺が思わず承諾してしまうと。
 彼女は突然俺とセイバーの肩に手を置いて、高らかに宣言した。

「というわけで、わたしたち3人はチェコに行くことに決定しました!」

「……へ?」

「日時はゴールデンウィークね。各自その日の予定を空け、荷物等の準備を整えておくこと。パスポートやホテルなどの手配はわたしがするから感謝なさい」

 勝手に話を進めていく師匠に、俺は悲鳴混じりの抗議の声をあげた。

「ちょ、ちょっと待て遠坂!」

「はいそこの士郎、どもってないでそのへんの紙にメモをとる。忘れたら大変でしょ」

「いやメモよりも先に、なんでチェコなんだよ?」

 というか、なんでいきなり海外なんだよ。
 わりと切実な俺の問いかけに、しかし遠坂はあっさりと断言した。

「その魔術師がチェコに滞在してるからよ。当然でしょう?」

「当然っておまえ」

「ちなみにこれは決定事項だから、キャンセルは不可。反論は却下。逃亡は銃殺よ」

 なにやら物騒な単語を吐くと、「さて、今日の授業の準備をしなきゃね」という呟きとともに、遠坂嬢は軽やかな足取りで居間を出て行ってしまった。置いてけぼりを食らった俺は、俺同様に呆然としているセイバーと顔を見合わせる。

「セイバー、チェコ行きの話は聞いていたのか?」

「いえ、まさか現地に乗り込むとまでは……電話でかたがつく話なのだと思い込んでいました」

 要するに彼女も置いてけぼりだったのか。遠坂、周囲にろくな説明もなく突っ走るのは間違いなくおまえの悪癖だぞ。いいかげん治せ。
 扉の向こうにむなしい忠告をしつつ、俺は聖杯戦争以降ジェットコースターじみてきた自分の運命を呪った。
 ――ゴッド、せめて俺に選択肢を。





管理人の感想

 うーむ、唐突にチェコ行きですね。というか、第一話の内容からしてとても期待できる内容ですね。ところでやっぱり聖杯絡みなんですかね。
 ちょっと調べてみましたけどプラハと聖杯は――と、まあいろんな予想は自分の中だけに留めとこう。
 第二話は雰囲気的にほのぼのな感じがしますね。特に微妙にかみ合ってないセイバーと凛が私的にお気に入り。ていうか、やっぱセイバー。
 アーチャーの背中を追って鍛錬を重ねる士郎が、チェコに行ってどんな成長を遂げるか、楽しみです。すごく期待してますので頑張ってください。

 ところでアーチャーがキャスターを貫いたっていうのは教会地下の話でしょうか? だとしたらあの時にはナインライブズは使ってないと思ったんですが……はて。


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